毎日が飛ぶように過ぎる。これは決して比喩でも何でもなくて、朝早くから夜遅くまで仕事に明け暮れていれば当然の結果だろう。社畜生活は今日で丸三年だ。
 最寄り駅のスーパーでお弁当を二つ買う。そう言えば冷蔵庫の中、ビールが無かったような。お酒コーナーへも足を伸ばして、缶ビールを数本買い物カゴに入れてお会計を済ませた。駅から家までは徒歩十分ほどだ。明日することを考えていればあっという間にアパートの前に着いてしまった。寝ても醒めても仕事のことが頭から離れない。少しは脳を休めなければと思うのに、これはもうれっきとしたワーカホリックである。
「ただいまー疲れた……」
 帰ってきて早々愚痴を零す私へと、部屋でテレビを見ていた彼が一瞥を寄越した。
「奇遇だな俺も疲れてんだよ。特別にマッサージさせてやる」
 全く疲労の色が見えない彼は、口角を緩く上げて、切れ長の目を僅かにたわませた。労いの言葉を期待していたわけじゃない。むしろ言われたら言われたで、何か裏があると疑ってしまうのだからどうしようもなかった。
 相変わらず鬼だなと思いながらも、私は「はいはい」と返事をしながら手を洗い、最近買った肌触りの良いラグの上に座っている彼の横へと移動した。丸テーブルに、買ってきたお弁当と缶ビールを置けば、彼の表情に明かりが灯ったようにご機嫌になる。腕っぷしが強く、どちらかと言うと強面の彼が、ご飯を見て機嫌を良くする様を見ると、思わず可愛いなあと思ってしまった。
 ご飯を食べて、今日のことを色々話して、それで、あれ……? 気付けば私は、胡座をかいた彼の足の上に座らせられ一緒にテレビを見ていた。途中の記憶が曖昧なのは、眠かったからだろう。今もうとうととしながら、彼の左手の親指と人差し指の間にあるツボを揉んでいる。一本一本の指が太くて長い、そして所々タコが出来て固くなっている。彼の右手はがっちりと私のお腹のあたりをホールドしていた。
 バラエティ番組が終わり、ニュースが流れ始める。一定のスピードで喋るアナウンサーの声がいよいよ子守唄のように聞こえてきて、瞼が途端に重くなってきた。彼の腕から私のお腹を伝ってくる熱が微睡みに拍車をかけていく。
 マッサージ、ちゃんとしてあげられなかったなあ、今度の休みに肩もみでもしよう、と眠りに沈もうとする意識の狭間で埋め合わせを考えるのは癖と言っても過言ではない。何回埋め合わせをしてきただろうか。
 私の生活の中心は二つに占められていた。一つは紛れもなく仕事であり、そしてもう一つは、口では意地悪なことを言っていても、甘やかす時にはさりげなく甘やかしてくれる彼の存在だ。
 ツボを揉んでいた私の手から力が抜けて、地面へだらりと落ちる。お腹にあてられていた熱が、今度は左胸全体に移ったのを最後に、私の意識は眠りの最下層へ落ちていった。
 彼が何とも言えない表情でごちていたのを、私は知らない。
「ったく、オマエ働き過ぎなんだよ。ちったあ休め……抱きたくても抱けねえだろうが……」