太陽と月。頼れるわたしの同期二人は、そんな対照的な表現がぴったりと当てはまる。灰原は言わずもがな太陽だ。ニカッと大口を開けて朗々と笑う様は、隅々にまで光をくれる眩しさを持っているから、見ているこちらまで笑顔になってしまう。
対して七海は月。滅多に表情が柔らかくなることは無いけれど、いつもちゃんと灰原や私のことを見ていてくれる。その存在感を声を大にして主張することはなくとも、淡い光のような七海の優しさはいつだって感じている。大体が灰原と私が一緒になってふざけたり、たまにヘマをしてしまったりするのだが、決まって七海が渋々といった表情でフォローをしてくれるのだ。
わたしはそんな二人のことが大好きであり、心から尊敬している。恥ずかしいので伝えたことはないけれど。でも何かの折に伝えたいとは思っている。
待ち合わせの時間までは、まだもう少し余裕があった。共有スペースの壁にかけてある時計を見ながら、わたしは指で前髪を梳いてみる。窓から見える空には、白い雲がまだらに浮かんでおり、気持ちよさそうな天気なのだと教えてくれる。
今日は久しぶりに親友と遊びに行く日なのだ。白いシフォンブラウスに、お気に入りである杏色のコンビネゾンを合わせて、気分は上々なのだが、気がかりというか、納得行かない点がひとつだけあった。
「うーん……どうしても縦になっちゃうな……」
腰周りをぐるりと一周している、コンビネゾン付属のリボン。何回リボン結びをしても縦になってしまうのだ。せっかく可愛い格好をしているのに、なんとなく締りがない。左右を入れ替えてみても、若干やり方を変えてみても上手くいかなくて、待ち合わせまでの余裕の時間を食い潰してしまっていた。
「あれ……? 今日は出掛けるって言ってなかった?」
「灰原……それが、その……かくかくしかじかで……」
リボン結びに悪戦苦闘しているわたしの後ろから声を掛けてきたのは、キョトンとした表情をしている灰原だった。ここで時間を消費している理由を簡単に説明すれば、彼はパッと閃いたように、くりくりした大きな瞳を瞬かせる。
「僕がやってみるよ!」
言うが早いか、灰原はわたしの前に回り込み、地面に膝を着いた。そうして、迷いのない手つきで、縦に結ばれた若干不細工なリボンの片方を引っ張り解いていく。
大きな子犬。そんな矛盾した言葉で表してしまいたくなる彼は、割とパーソナルスペースが狭い。彼には確か妹がいるのだったか、といつかの記憶を手繰った。わたしのこともきっと、手のかかる妹のように感じているのかもしれない。でなければ、こんなにもあっさりと距離をつめて、恥じる素振りを見せることなく、視線を低く出来るだろうか。リボン結びをしている位置を思えば、何も思わない方が難しい。お互いにそういった感情を抱いてはいないが、ふとした瞬間に性を感じてしまうのは不可抗力だった。
「出来た! けど……うーん、縦になっちゃうな……」
「やっぱり縦になるよね! なんでだろ……」
「よし! もう一回!」
つい先程のわたし同様に、再度リボン結びを試みる灰原のつむじを見ながら、世話焼きだなあと思わず口元に笑みが浮かぶ。わたしよりも躍起になっているからだ。出来るまで何度でも挑戦しようという気概は、体術の稽古の時にも現れている。何もこういったところで発揮しなくてもいいのに。
何事に対しても全力で臨むところは彼の良いところであり、見習うべきところでもある。わたしには、手抜きをして妥協点を見つけてしまう癖があった。一緒にいると、底抜けの明るさに引っ張りあげられるし、彼が大丈夫!と力強く肯定してくれれば、何でも出来る気がしてくるから不思議である。
結んで解いてを繰り返している灰原を観察していると、やや刺すようなチクリとした視線を感じたためゆっくり顔を上げる。と、色素の薄い金色が視界に入った。
「七海」
「本当だ! 七海ー! 良いところに!」
仏頂面で立っている視線の送り主の名前を呼ぶと、灰原も即座に反応を返す。良いところに、という言葉を聞いて嫌な予感でもしたのか、七海は体の向きを変えたのだ。嫌な予感だなんて失礼しちゃう。そう思い、引き止めるように彼へと声を掛けた。
「あ、何でどっか行こうとするの! ハウス!」
「私は犬ではありませんよ……それにどうして君たちが私の戻る場所なんです?」
「灰原もわたしも七海のこと大好きだし、七海もわたし達のこと大好きでしょ?」
「……ハァ」
七海の吐いた盛大な溜息に、灰原と顔を見合わせ頬を膨らませながら「ひどい!」と憤慨すると、彼の眉間の皺が三割増になってしまって、たまらず二人で吹き出した。
長い人差し指と親指で眉間を摘んでいる七海に、灰原が選手交代の声掛けをする。何がなんだか、と怪訝そうな彼にも簡潔に説明すると、「そんなことですか」と一言零して、スっと体勢を低くしたため、わたしは一瞬頭が真っ白になった。
「こういうのは、コツがあるんですよ。いいですか、よく見ているように」
灰原がしてくれたように、七海も地面に膝を着いてリボンを手に取る。灰原の場合は妹、だが七海は、わたしのことを何だと思っているのだろうか。まさか、だった。パーソナルスペースの広い彼がわざわざ膝を折ってまで、面倒みの良さを顕示するとは思わなかったのだ。
灰原とは違う形のつむじが微かに揺れていることに、心臓の鼓動がいつもより速い。
冷静沈着という言葉が似合う七海は、共闘も、サポートもとても上手かった。灰原やわたしに合わせて戦闘スタイルを都度調整しては、絶妙に合いの手を入れてくれるから自然と馴染む。
それとなく一歩引いて見守ってくれているのが、背中からじんわりと伝わってきては、わたしの心を奮起させる。
しゅるり、しゅるりと七海によってリボンが段々と形を帯びていく。灰原もわたしも食い入るようにその手さばきを見つめながら、出来上がりを今か今かと心待ちにしていた。
「さあ、出来ましたよ」
「すごい! 七海天才!」
「僕のとは大違いだ……七海って器用なんだね!」
「これくらい出来なくてどうする」
「ぐっ」
「うっ」
「身だしなみに気を遣う、という意識を持っていること自体は良いことです」
ぐうの音も出ないわたし達にフォローの言葉をくれるのだからやっぱり優しい。
綺麗なリボン結びにわたしはとても嬉しくなってしまって、体から溢れ出ている喜びをどうにか伝えたくて、目の前の二人の手をそれぞれ握った。
「二人とも、本当にありがとう!」
「え、いや、僕は……ほら七海が」
「一生懸命してくれたことが嬉しかったし、七海だって、面倒くさそうにしてたけどやってくれたし」
「……ついでです」
自分で服を選んで、二人に仕上げのおめかしでもしてもらったみたいだ。自分でやっただけでは、ここまでテンションも上がらないし、何よりも今日の自分は可愛いと思えることが嬉しくて、心が弾んで仕方がない。
椅子に置いていたショルダーバッグを手に取ると、再度お礼を伝えて、わたしは待ち合わせ場所へと鼻歌交じりに向かったのだった。
リボンを結ぶために跪いた形になった二人に、お腹のあたりがそわそわとして、心臓からいつもと違う鼓動音がしたのは内緒である。
彼らに向けている「大好き」の感情は、友愛だと信じて疑わなかったし、きっと彼らも同じなのだと思っていた。性の違いというものを感じ取ったあの一幕が、これから先の三人の関係性を変化させる端緒だったのだと、わたしはのちに知ることになる。
「ナマエってさ、何だか放っておけないんだよね。七海だってそうでしょ?」
「……否定はしません」
「僕、負けるつもりないから」
「赤い顔で言われても、言葉に重みがないな」
「もう! 七海だって照れてたの必死で隠してたくせに!」
「……うるさいですよ」