※叔父設定。生存if。


「叔父さん! 私、二十歳になったの!」
「おーそうか……そんで? プレゼント何が欲しいんだよ?」
「叔父さんを! 私に! ください!」
「却下」
 にべもなく突っぱねられた私の渾身の要求は、どこからともなく風を受けて渡り歩いてきた綿毛じゃなかろうかと思えるほどの、それはそれは軽い――しっしっ、と猫にするような動作で払い除けられてしまった。日課の自主トレが終わった頃合を見計らい、自室へ戻る途中の彼へ声をかければ、声を掛けて引き止めるという大義名分を私から即座に奪おうとする。まあ引き下がる気は毛頭ないのだけれど。
 物心ついてから私は、叔父である甚爾さんに熱烈片思いをしている。大人になれば懐かしくなるような、よくある子供の憧れが恋心に転じたものだとでも思ったのだろう。最初は満更でもない様子だったのに、私が一向に同じ年頃の男子を好きになる気配も、諦める素振りもないから若干焦ったのか、十六歳になったあたりから断りだしたのだ。もう手遅れですけどね。それに、熟成されたこの恋心、何年物だとお思いで?戦いにおいては先手先手で負け無しの彼は、私の筋金入りの恋心を見誤った。だから。
「あなたはもう負けている」
「はっ倒すぞ」
「叔父さんと結婚したい! するの! して!」
「オマエなぁ……こんな……オッサンのどこが良いってんだよ」
「今、自分でオッサンて言うの躊躇ったでしょ。大丈夫! 何歳になっても甚爾さんはかっこいいから!」
 簡単に諦められるのなら、とっくに私には彼に負けないぐらいの素敵な恋人がいるはずだし、初恋のお兄さんとして彼を良い思い出に出来ている。
 胸を張って言い切れば、彼は微妙な表情をしながら私の方へ手を伸ばし右耳を引っ張った。顔を寄せて、やや大きめの声で言い聞かせるように聞き飽きた言葉を繰り返す。私にはノーダメージだと言うのに。耳にタコも出来やしない。過去に何度彼が女の人とラブホに入る場面を目撃したと思っているのだ。
「趣味じゃねえ、って何度言や分かんだよ」
「叔父さん恋人いないじゃない。セフレはいるかもしれないけど。特別な人がいない限りは私到底諦めきれないの!」
「オマエの貞操観念どうなってんだ」
「叔父さんのせいで歪んだから責任取って!」
 自分で言うのもなんだが、顔もまあまあ可愛いし、胸だって割とある方だと思っている。お尻はもう少しキュッと上向きの方が彼好みだろうか。どうしようも無く好きで仕方ないこの気持ちを、私だって持て余している。心底私の事が嫌なら、もっとちゃんと突き放してほしいのに、彼はそうしない。だから期待してしまう。女性に対して優しいところがあるのも知っているから、私の事も『女性』として扱ってくれているのかもしれない、と。
「大体なあ……俺とオマエは叔父と姪だろうが」
「それがなに?」
「は?」
「え? それの何が問題なの……?」
「……ちょっ、と待て、三親等なの知ってるよな?」
「うん、知ってるけど……あれ? わたし、っむぐ」
 愛の前ではそんなもの何の障害にもならない、障害があればあるほど燃え上がる、だなんて思っちゃいない。大前提としてきちんと理解している。私を拒む理由の一つが三親等なのだとしたら。今私が考えたことが正しかったとしたならば。もしかしたら風向きが完全に変わるかもしれない。一縷の望みとばかりに言葉を続けようとした私の口は、後ろから近付いてきた誰かによって塞がれてしまった。
「ナマエちゃん」
「な、直哉さん?」
 口を覆う手をベリベリと剥がせば、にこやかな笑みを携えた直哉さんがいた。大方私たちを見掛けてちょっかいでもかけにきた、といったところだろう。嫌な予感しかなく、慌てて彼の腕から抜け出そうともがくも、離すつもりはないようだ。次に降ってくるであろう台詞は容易に想像できた。本気なのか冗談なのか、ことある事に言ってくるからだ。
「俺となら結婚できるで」
「却下」
「なんでなん? 甚爾くんより俺の方が優しいで」
「直哉さん、性格がうんこだもん」
「……」
「ぶっ、はは‼ 違ぇねぇな。俺もソイツはお勧め出来ねぇ」
 女性に対しての扱いが甚爾さんとはまるで正反対の直哉さんのことは、嫌いではないが、決して好きではなかった。甚爾さんは女性にだらしがない一面はあるけれど、直哉さんのようにこっぴどい扱いは絶対にしない。何を持って優しいなどとのたまうのか。お腹に回っていた腕を抓れば、「痛いなあ、もう」と大袈裟な反応を示して離れていく。
 このタイミングで現れたのは偶然か、わざとなのか判別がつかない。胡乱な目で直哉さんを見遣れば、彼の怪しい笑みが深くなる。徹底的に邪魔をしたいわけでもないらしいから、益々分からなくなった。
「伝えたところで、甚爾くんの反応なんて変わらへんよ」
「あ? 何の話だよ?」
「むしろ知ってて君のこと、拒んでるかもしらんやん」
「……わざわざ意地悪しにいらしたんですね。それにさっきうんこって言ったの根に持ってるし……」
 つまるところこの人は、人の嫌なところをつついて反応を楽しみたいだけなのだ。構っていられない、と甚爾さんの方へ顔を向けようとしたが、直哉さんの手がそうはさせなかった。向き直させられた私の眼前には直哉さんの顔が迫る。
「キスの一つくらい、減らんやろ?」
「……なにすっ! ちょ、わっ!」
 強い力に痛みを覚える。気付けば私は甚爾さんの腕の中にいた。
「そない怖い顔せんでもええやろ。甚爾くん、ナマエちゃんのこと何とも思ってへんのに」
「……失せろ。でなきゃボコボコにすんぞ」
「くくっ、ほんま君ら見てると飽きひんなあ。良い暇つぶしになったわ、ほんなら」
 保たれていた各々の領域を掻き回すだけ掻き回して、直哉さんはひらひらと手を振って行ってしまった。暇つぶしで人を玩具にするな。何も言わない甚爾さんの顔を見るのが怖い。抱き締められているこの状況を、もう少しだけ堪能しても怒られないだろうか。何も言わず、互いに動かずにいる。先程直哉さんに遮られた続きをどう切り出すか考え始めたとき、私を包んでいたぬくもりが離れたかと思うと、甚爾さんが服の袖で私の口元をゴシゴシと拭い出した。
「え、あ、……未遂なので、大丈夫、です……」
「……で、アイツが言ってたのは何の話だよ?」
「その……私ね、お父さんとは血が繋がってないの」
「今なんつった?」
「やっぱり……私叔父さんには伝えてたと思ったんだけど、言ってなかったんだね」
 彼の驚き顔を見るに、私の予想は当たっていたようだ。私の父――甚爾さんの兄である甚壱さんと血縁関係がないことは一部の者しか知らなかった。私は母の連れ子なのだ。直哉さんに伝えた記憶は全くないのだが、一体どこで嗅ぎつけたのやら。私が中学生の時に直哉さんがわざわざ確認しにきたことがある。それを吹聴しなかったのがせめてもの救いだろう。最初から諸手を挙げて大歓迎とはいかなかったし、禪院家の中でも派閥というものがある。私たちを良く思わない人達からすれば格好の的だ。もう一つの救い、もとい幸運だったのは、私の持つ術式が強かった事。完全実力主義とは言っても術式ありきのこの世界だ。ただ、甚爾さんは特別であり、強さが別格だからか誰も文句を言う者はいない。

「オマエな……! そういう大事なことは言っとけよ!」
「伝えたと思ってたし、きっかけが無かったんだから仕方ないじゃない! 改めて叔父と姪だってさっき言われたから、もしかしてって思ったの!」
「……はぁ……今までの俺の我慢は意味なかったってわけだ」
「我慢……?」
 彼の指が顎に掛けられ、ぐいっと上を向かされる。今更私の了承も、建前も何も要らないだろう、とでも言うように彼の唇が重ねられる。こんな形で私の仮説が正しかったと証明されるなんて。
「美人だと思ってたら、なるほど連れ子ねぇ……どうりで父親と似てねぇはずだ」
「いま、キ、……! び……⁉」
「明日の予定は?」
「な、にもない、です……、ってうわっ」

 流れるような動作でキスをされた上、今まで容姿を褒められたこともないのに、さらっと美人だと言われ、驚きが重なりすぎて上手く言葉にならない。頭の整理をしようにも、追い討ちをかけるように彼が私を横抱きにした。

「じゃあ遠慮なくいただくか」
「ど、どこ行くの?」
「俺の部屋」
「え! 待って、お願い待って! いきなり⁉ 嘘でしょ今日は無理! 上下違う下着だし、ほら…女の子には色々と準備というものが……」
「下着なんてすぐ取っ払うだろうが」
「身も蓋もない!」
 急激な風向きの変化に心が追いつかない。我慢していた、という言葉の意味は、彼も私を好きだと言うこと?血の繋がりを覆すことは絶対に出来ないから、本当に血が繋がっていたとしたらならば、私は彼をとうの昔に諦めていた。もしかしたら彼も私と同じで葛藤してくれていたのだろうか。
「俺と結婚するんだろ?」
「…! する!」
「あーあ、思いっ切りぶん殴られるだろうな」

 血縁関係がないなら結婚は可能。幼い頃に本で得たその知識だけが私をつき動かしていた。諦めずにとことんぶつかって行って良かった。だって今日私が彼に声をかけなければ有り得なかった展開だもの。こんなにも嬉しい誕生日プレゼントは、後にも先にもきっとない。明日の私の体が心配だけれど、その心配が出来ることさえ幸せだと思った。
 どこか楽しげな彼の表情に、心の中で再度宣言する。
 だから言ったでしょう、あなたはもう負けている、って。彼が初めて負けた相手はきっと私だけだ。