人型の標的ターゲットに向かって、ひたすらに銃を連射する。まずは頭から。トリガーを引けば手から腕、肩、そして体全体に衝撃が覆いかぶさってくる。反復練習のお陰かスピードは上がってきているが、命中率がまだ安定しない。
 弾倉が空になり、いざ撃ち終わって標的を見てみると、ほぼ全ての弾が数センチ左にずれていた。
「何でずれるんだろう。構えが悪いのかな。ただ単に照準を合わせるのが下手なのか……」
 硝煙の臭いが鼻をつく。自己分析をしつつ、次の弾倉を手早くセットしてグリップを握り直す。連射は一旦やめて、初心に戻って一発ずつ丁寧に狙ってみた方がいいか、と構えたとき、後方からコンコンと断りを入れるように壁を叩敲する音が聞こえた。
「やってんな」
「中也さん! お疲れ様です。すみません、気付かなくて」
「いいよ。丁度撃ってる最中だったんで、終わるまで見てた」
 振り返ると腕を組んで、疲労を感じさせない穏やかな表情をした中也さんが壁に凭れて立っていた。
 彼は時々こうして忙しい時間の隙を縫って、狙撃練習を見に来てくれる。最初は申し訳ない気持ちが勝っていたが、褒めたりアドバイスしたりしてくれる部下思いのこの上司の来訪を、いつしか心待ちにするようになっていた。
 組織の一柱である彼の強さに魅せられた者は多い。格の違いから委縮してしまうこともあったけれど、たまに吐き出す彼の愚痴を聞いていると、そんな遠巻きにしなくていい、と云ってもらえているようで嬉しいと感じていた。
「で、調子は?」
「駄目です」
「ぶはっ」
「笑いごとじゃないですよ! なんでか左にずれるんですよね。銃を変えて日が浅いのもあるでしょうけど」
「前はマカロフ使ってたんだっけか」
「そうです。グロック17の方が軽いですし、弾数多いのでこっちにしてみようかと思って」
「んー、そうさなぁ……ずれてはいるが、これなら間違いなく即死だろ」
「いやでもド真ん中狙いたいじゃないですか。もしもっと逸れて蟀谷を掠っただけ、とかなら反撃食らいますし」
「ま、手前の云う通り一撃必殺に越したこたァねぇな。とりあえず撃ってみろ」
 彼が親指で人型の標的を指し示す。彼は戦闘で銃自体は使用しない。弾に重力を纏わせるので、彼自身が拳銃のようなものだろう。それでも銃の扱いや撃ち方にも精通しているあたり流石と云える。
 両手でグリップし、再度標的の頭の真ん中に描かれている小さい丸印へ照準を合わせる。心臓も同様だ。仕留め損ねれば『死』に繋がる。自分だけじゃなく、それは味方にも飛び火する。深く息を吐いて、トリガーを引いた。
 銃声が静寂を蹴散らしたと同時、標的に穴が開く。やはり左にずれている。圧倒的な暴力の音が空気を震わせる。音の輪郭が消えないうちに、彼から鋭く端的に指示が飛んだ。
「もう一発頭に撃て。そんで心臓に一発」
 トリガーを引く指にぐっと力を込める。当たれ。当たれ。続けざまに二発撃つ。だが、念じるも虚しく弾は真ん中より左を貫通していた。
「利き手に力入れすぎだ。あと多分、人差し指」
「指、ですか?」
「それと体勢だな」
 人差し指の何が問題なのだろうか。ところどころ傷だらけで豆の出来ている自分の手を繁々と眺めていると、徐に彼が背後に立った。
「え、あの」
「肘はもう少し曲げろ」
 今までも指導は受けてきたが、今回はいつになく近い。背後に立たれたのは初めてだった。彼の手が、構えている私の肘の力を抜くように触れるのはいつも通りだ。
「は、はい」
「利き足は、半歩下げる。そう。腰はそんなに落とさなくていい」
 ほぼゼロ距離で聞く彼の声の破壊力に鼓膜が溶けてしまいそうになる。声に温度がある。緩急のある低い声からは色香でも漂ってきそうだった。
 私が理解しやすいようにだろう、ややゆっくりめに紡がれる言葉が雫のように首筋を伝い、思わず肩を竦めてしまう。
「照準はもうちょい上だ。……ちょっと銃から手離せるか?」
 云われた通りに離した私の利き手を、手の甲側からするりと彼の手が包み込む。
「指の先でトリガー引いてるから、指の腹で引くようにしてみろ」
 自身の台詞を追うようにして、彼の親指が私の人差し指の先をごく軽く撫でた。口頭で理解出来なかったときは、仕方ない、と云う顔をした彼が足や腰に触れて教えてくれたことはある。その時は何ともなかった筈なのに、どうして今こんなにも恥ずかしいのか判らない。
 指導は終わったと云わんばかりに、彼は私から離れて先刻凭れていた壁に体を預けた。
 判然としない熱が体のすみずみにまで広がっていく。鳩尾のあたりがこそばゆくて、喉の奥に云いようのない感情が堆積し、気道を塞いでしまいそうだった。
 故障して動作が停止したロボットのようになっていた私は、やっとの思いで体を動かす。彼が割いてくれた時間は余すことなく有効活用したかった。
 原因不明のエラーで心が落ち着かない。けれど今は全ての疑問をなげうって、目の前の課題に集中するべきだ。
 彼から貰った花丸を集めて繋げて、花冠でも作ってみたい。頑張っている証として、心にそっと置いておきたい。
 手、肘、腰、足、そして指。構えを修正して、照準を合わせる。指先は神経が集まっているから、感じやすいのだと云う。特に人差し指は五指の中でも一番感覚が鋭いらしい。トリガーを引くたびに、今日のことをきっと思い出すのだろう。
 指の腹で、引く。頭、それから心臓。逸る呼吸を落ち着けて、標的を見る。貫通している箇所は――。
「わ! 中也さん見て! 当たった! ほら、真ん中!」
 勢いよく振り返り、嬉々として彼の元へ駆け寄った。
「上出来だな」
 的の真ん中に当たっただけなのに、鬼の首を取ったように喜んだことを後悔し始めた私の頭を、彼は破顔しながら撫で回す。
「顔赤ぇけど、熱でもあんのか?」
「な、ないです!」
「……くくっ」
 ムキになって否定した私を見て、彼が噴き出した。顔が赤くなる理由を作った張本人に、悪びれる様子は見られない。
「先刻から私で遊んでるでしょう中也さん……! あ、あんな指導の仕方も……不用意に近付くの禁止です!」
 憧れの人なら同性だって緊張すると云うのに、異性なら尚更である。
 不完全燃焼を起こす前に発散した方がいいと悟った私は、再び標的の前に立つ。今このときだけは八つ当たりを正当化することにした。先程の感触を思いだしながらトリガーに指をかける。

パァン! パァン! パァン!
「不用意じゃねぇよ、態とだ」

 銃声に重なって、ぶっきらぼうな声が聞こえた気がした。
「中也さん、今なにか仰いました?」
「何も云ってねぇけど? 俺のことはいいからどんどん撃て。掴んだコツ忘れねぇように叩き込めよ」
 無理やり『気のせい』で事実を捻じ伏せられる。私が彼の声を聴き間違えることは無いのだけど、堂々と惚けるところを見るに、追及したら藪蛇になるかもしれない。
 残り九発。撃てば撃つほど、指の腹にトリガーが馴染んで、彼の教えを忘れることが出来なくなる。
 一秒あったかな。世界でいちばん短くて、もどかしい布越しの、親指と人差し指の小さな逢瀬。

「嗚ー呼、ついつい構いたくなっちまうんだよなァ」
 銃声という分厚い音の箱に入れられた彼の本音は、私の耳に届くこと無く仕舞われた。