棚に飾っていた硝子瓶を見ている彼の横顔は忙しい。目を丸くしてから、ひとしきり瓶を色んな角度から見て、今度は夏を弾いて煌めく海を遠くから眺めているかのように目を細めている。
「これ、この前海行った時のやつか?」
「そうです。せっかくだからと思って、貝殻拾って帰って来たんです。砂も少し」
「熱心に何かしてると思ったら、これの為だったのか」
「仕事のついでに寄っただけでしたけど、あれもわたしにとっては貴重な逢瀬デートの時間なので」
「あんまあっちこっち連れてってやれねぇが、お前がこうして思い出を形にしてくれンのは、何か嬉しいな」
 彼がわたしにくれる感情や言葉は色とりどりのシーグラスみたいだ。角の無い丸みを帯びたそれらはわたしのどこも傷つけない。
 わたしの部屋に何かが増えると彼は必ず気付く。それが二人にまつわる物であれば尚更だ。わたしの謎の行動から瞬時に推測して紐づけてしまう。
 瓶を棚に戻した彼は、パイナップルを食べているわたしの元へ来ると正面に腰掛けた。店先で堂々たる面持ちで売られていたそれを、食べやすいようにとカットしてくれたのはもちろん彼だ。
「美味いか?」
「うん。中也さんも食べます?」
「否、いい。酸っぱそうだし」
「そこまで酸っぱくないですよ」
 フォークに刺したパイナップルを口元に差し出してみる。じぃ、と最初は嫌そうに見詰めていたが、一向に引こうとしないので、パイナップルとわたしを交互に見た後、観念したようにかぶりついた。
「……そこまでじゃねぇな」
「でしょう?」
「つか、何でパイナップルなんだよ」
「お肉の後に食べると消化を助けてくれるらしいです」
「成程な」
 お昼ご飯の焼肉を消化するために助けを求めたが、食べ過ぎたのか舌がピリピリする。
 お皿にはカットしたものがあと五切れ残っている。食べ切ってしまいたいけれどその前に小休止しよう、と口を半開きにして舌を空気に触れさせていたら、前触れもなく口を塞がれた。ぱくりと酸素ごと奪われる。
 思わず椅子から腰を浮かせて後退しようとするわたしの後頭部を、すかさず彼によって固定されてしまう。彼の舌がわたしの舌にペタリと触れる。舌先が浅瀬で遊ぶように絡んでくる。それから仕上げとばかりに軽く吸われ、わたしは腰から力が抜けてしまった。
「っは、ちゅうや、さん、どうし」
「お前……他の奴の前でその顔すんなよ」
「し、しません!」
「ったく、煽るなっての」
 鼻を抓まれてわたしが呻くと、憮然とした表情を崩して彼が笑う。唐突な接吻の余韻に翻弄されながら、意識をぼうっとさせているわたしを見て彼が口を開いた。
「次の休み……もうちっと先になるだろうが、どこ行きたい?」
「また、海に行きたいです。わたしの水着姿で悩殺します」
「悩殺って、お前、煽るなって云った傍から……これ以上夢中になれってか。随分と強欲だな?」
「お互い様でしょう?」
「ははっ、違ぇねぇ」
 押しては引いていく波打ち際に足跡を付けたい。波に攫われて消えていくと判っていても、見えない線で少しでも多く思い出を描きたい。
 砂に足が沈む感触を覚えていたい。彼とわたしの足を比べて、その差に心臓をふるわせたい。
 嬉しいをたくさん感じて、心に貯めて辛いときに取り出して抱き締めたい。
 彼の目に湛えられた海がゆらりと波を作る。そのゆらめきがわたしに手を伸ばしてくる。
 貴方から与えられる酸素だけを糧に、生きていけたらいいのに。