幼い頃、何度も正体を暴こうとした御伽噺のような存在。トナカイの鼻と同じ赤と雪のような白を身に纏ったその人をつかまえることも、自分の目で枕元に
これは幼い頃のリベンジなんだろうか。夢の中でうっすら目を開けたわたしは、ぼやけた視界に映る赤いであろう袖に向かって必死に小さな手を伸ばした。
「おや、起きていたのかい?」
「……え?」
夢と現実が入れ替わる、というよりも黒い線で描かれていた過去である夢の世界に、現在へ修正され色付いた世界がぴたりと重なった、と云った方がしっくりくる。わたしの小さくない右手は、僅かに目を見開いた太宰さんの腕をしっかと掴んでいた。
「あ、れ?」
「なんだ、寝ぼけて掴んだの」
「サンタさん、が贈呈品をくれる夢を見ていて、それで……って、これ、?」
金平糖みたいにころころと甘い含み笑いをした彼のしなやかな指が、簾みたく顔にかかっていた髪の毛をするりとのけてくれる。壁掛け時計の針が指し示す数字を見た。日付はとうに超えている。わたしの驚きの源泉――薄墨色の空間の中、枕元に置いてある美しく着飾られたその箱に目が釘付けになった。
「正夢になったね。それに、サンタクロースの正体も突き止めた」
ほんのひとつまみ振りかけた演出がバレてしまったのに、彼はどこか嬉しそうな声をしている。
すべての意味が合致した途端、靄がかった意識が晴れる。手をついて勢いよく躰を起こして彼を見れば、少しひんやりとした手がわたしの手を取って指先に接吻を落とした。真綿を彷彿とさせる柔らかい笑みが近付いてくる。
「あまり期待はしないでくれ。自信が無いんだ」
「貰えると思ってなかったので、そこは安心してもらっていいといいますか……」
「安心どころかそんな甲斐性なしだと思われていたことの方が余程ショックなのだけど」
目元を拭う仕草をして彼はあからさまに傷付いた顔をする。本人は犬が嫌いだと云うが、例えるなら子犬のそれである。うるうるとした瞳で見つめられてはいたたまれない。
「あ、えっと云い方を間違えました……こ、こうやって過ごす
「うんうん」
「そもそも恋人、が出来たのが初めてなので……」
「それで?」
「うぅ……も、もういいですか!?」
にこにこと促してくる笑顔に耐えきれず、顔を背けるとすかさず頬に接吻をされる。いつもならわたしの様子を伺いながら触れてくるのに、とおっかなびっくり振り向けば、先程よりも圧の強い笑顔に出迎えられた。
「だーめ。ちゃんと云ってもらわないと。私の心についたこの擦り傷を放っておいたら膿んでしまうかもしれないだろう?」
傷は浅いうちに塞いでおくに限る。ね? と云いいながら、握られていた自分の手に逃がさないとでもいうように彼の手がさらに絡む。起き抜けの体温が残るわたしの手といつから起きていたのか判らない彼の手の温度が混ざった。そのまま彼が覆いかぶさるように体重を掛けてくる。シーツと背中の間に差し込まれた手。見上げた彼の髪が水の中にいるみたいにゆっくりと舞った。
「ふふ、言葉が照れくさいのなら、行動で示してもらっても構わないよ」
同じ笑顔の筈なのに、乗せる感情が違うだけで別物に見える。色艶の付加された容貌は楽しげにわたしの心臓をつつ、となぞった。言葉か行動か、なんて選択肢は最初から一つしかない。
「……ほんとうは、すごく嬉しかったです」
「うん……」
「て、照れ隠しにあんな云い方しちゃいましたけど……ありがとう、太宰さん」
「それが、聞きたかったんだ」
じわりと滲んで染み込むような声音だった。五感すべてが彼でいっぱいになる。こつん、と合わさった額、シャンプーの匂い、満足したような息遣い、熱で甘く焦げた双眸。
花弁でも食むように唇を啄まれる。深くなる手前で離れてはまた触れてくる彼に、翻弄されっぱなしだ。
「だざ、いさん、」
「やはり言葉だけでは足りなかったみたいだ。きっとこれで、擦り傷もじき治る」
「……それならいいですけど」
言葉ひとつで人心を掌握してしまう彼の前で、迂闊な言葉選びは命取りだ。色々な意味で。不満たらたらなわたしに、彼は小さく笑みをこぼす。
起きたら一緒に朝食を食べて、少し落ち着いてからわたしも彼に贈呈品を渡そうと思っていた。こちらも何か捻ったほうがいいだろうか、と一瞬考えたけれど、捻ったとしても彼ならすぐに見破って、気付かない振りをしてくれそうだから、当初の予定通りそのまま手渡した方がいい、と結論を出した。
「私も楽しみにしているよ」
「考えてたこと顔に出てました?」
「出てた」
「中身ももしかして検討ついてたり……?」
「考えれば判るだろうけど、それはしたくない」
「……わたしも贈呈品開けるの楽しみです」
夜明けまではまだある。それじゃあ寝ようか、と彼が掛布団を被せながら額に唇を寄せる。遠くへ押しやったと思っていた眠気は、彼の鼓動を子守唄にすぐ訪れた。
しんしんと積もる雪と同じように、彼とわたしが紡ぐ時間も互いの心に刻まれていくんだろう。
幾つ季節が巡ろうと、それは風化することなく。
彼からの贈呈品であるマグカップと縁にかければ前脚を乗せているように見える黒猫のティースプーンは、ひとときの癒しをくれる存在として――仕事中は特にお世話になっている――常にわたしの傍に在る。