自分の躰にめり込んでいた鉛玉が鈍く煌めいた。摘出されたそれを指でつまんで眺めていると不思議な心地がした。この小さな塊が暴力を纏えば殺戮の武器と化す。今回で三度目だ。歴代の鉛玉たちは家に保管してある。自分の失態を忘れないために。
 ポートマフィア管轄下である病院の一室は、消毒液の匂いで満たされていた。白い天井、白いカーテン、窓からは月の光がシーツを照らしてより白さが際立っている。漂泊されたこの部屋で唯一、病衣の青だけが白雲で取り囲まれてしまった空みたいに浮かび上がっていた。
 カツン、と遠くから微かに音が聞こえた。なんの感情も込められていない淡々とした|跫音《あしおと》が近付いてくる。歩き方だけで私にはすぐさま誰のものなのか判った。
 手に持っていた鉛玉をさっと|抽斗《ひきだし》に入れ、掛布団を肩まで引き上げる。深呼吸をしてから目を閉じた。流石に三度目ともなると何を云われるのか怖かった。何も云われず目の前で落胆の溜め息でも吐かれようものなら、立ち直るのに時間がかかる。だから今まで誰にも気付かれたことのない、得意の狸寝入りでお説教を先延ばしにしようと思った。
 カツン。扉の前で跫音が止まる。極力音を立てないよう開かれた扉の気配、そうして、上司であり恋人でもある彼がこちらへ歩んで来る。近付くに連れ、院内に響いていた跫音がこもるような音に変わる。
 コツン。|寝台《ベッド》の前で止まった彼からは、失態を犯した私への怒気は感じられなかった。呆れも、だ。漣ひとつすら立っておらず怖いくらい凪いでいる。感情が全く読めない。するり、と恐らくは手袋を外したのだろう、衣擦れの音が鼓膜に届いた。腕が伸ばされる。躰に無駄な力が入らないよう呼吸することだけに集中した。
 彼の生身の手がわたしの頬を撫でた。そよ風が通り抜けたような力の無い触れ方。次いで頸動脈へあてがわれたぬくい手は、命を刻む鼓動を慥めるかのように暫くの間そこにあった。
「……厭な成長の仕方をしやがるな、手前は。何度俺の肝を冷やせば気が済む」
 一度目は死にかけてこっぴどく叱られた。二度目は一度目よりマシだったものの、傷は深かった。溜め息は吐かれなかったけれど、呆れを含んだまなざしを向けられたのち、喋っていると段々ヒートアップしてきたのかやっぱり叱られた。三度目は、重力で地面に沈んでしまうくらい叱られると思っていたのに。
 抑揚のない声が、私の上へ雪のように静かに降り積もる。
 掛布団をゆっくりとずらされる。心臓の真上。のしかかった重みが彼の頭であると理解するまで、そう時間はかからなかった。私の心臓の音を何度も拾っている彼の呼吸音が漂白された部屋に溶けていく。これほどまでに透きとおった憂懼ゆうくがあるだろうか。
 私は腕を上げて、鼓動に耳を澄ます彼の頭をそっと撫でた。
 驚いたように目を丸くした彼が頭を持ち上げる。瞬く間に撫でていた手をシーツへ押し付けられた。眼前に広がる彼の表情に初めて荒々しい波が立つ。やや乱暴にふさがれた口から吐息が漏れた。離れて、そしてまた口付けられる。
 彼はずっと私の命の手触りを慥めていた。頬に触れ、脈に安堵し、心臓の音を揺り籠にでもするように。張り詰めていた何かが決壊し、何度も貪るように重ねられる口付けに必死で応えるも、銃創が痛んで意識が削がれてしまう。それでも彼は手加減しない。ごめんなさい、と伝えることさえ拒絶するように絶え間ない熱が注がれる。二人の間を繋いでいた銀糸が途切れた。
「……俺は、三度も手前の手を掴み損ねた。状況がそれを許さねぇと判っちゃいるが、キツいことに変わりはねぇ」
 眉間にきつく刻まれた皺に反して、眦は矛盾であえぐ彼の心を表しているように下がりきっている。彼は強い。けれど『強い』から大丈夫である理由はない。傷付かない理由もない。
「私は、あなたの背を追い掛けるだけで精一杯で、まだまだ鍛錬が足りない。でもね中也さん、撃たれることは回避できないって判断したから、私今回は急所を自分で外したんだよ」
「嗚呼、判ってる。だから先刻云ったろ。厭な成長の仕方するって」
「寝たふりバレてました……?」
「俺が頭のっけた時に、心音が早まったからな」
「ええ……流石にそこまでは制御コントロール出来ないです……」
「んなこと、ほいほいされちゃたまんねぇよ」
 躰を起こそうとした私を制すように、顔の横に彼が腕をついた。もう片方の手が頭の下に差し込まれる。先程の荒々しい接吻キスとは打って変わって、私の傷に障らないようにと加減をしながら抱き締めてくれる。少しの苦渋と諦めの混じった声はざらついておらず、案外さらりとしていた。
「無茶すんな、つっても手前は聞きやしねぇんだろうな……怖がりの癖に、吹っ切れたらとことんやっちまう」
「……三度目の正直で、死ななかったんです。だからこの先も大丈夫って思ってます。こんな考え莫迦かもしれない。気休めかもしれない。でも死線を切り抜ける度に、以前までの自分とは違うって感じるんです。これくらいしないと、私はあなたに近付けない」
 彼の背に腕を回すと、抱き締める力が僅かに増した。
「窮地に追い込まれるほど開花するってか。のんびり待ってはやれねぇぞ。駆け上がって来い」
「はい」
 腕の力が緩んで彼と視線がかち合う。額と額が触れて、彼の前髪と私の前髪がじゃれつくように絡まる。どちらの心臓の音か判らないくらい鼓動が溶け合っていて、それが私に生を実感させたとき、目の奥がじわりと熱くなってみるみる目の際を潤していった。
「キツいのは、お互い様だな」
 生きなきゃならない、と思った。
 蟀谷こめかみを涙が次々に滑り落ちていく。震える私の瞼に彼が接吻をする。花弁についた水滴を掬いあげるような優しい接吻を、幾度も落とす。湿った嗚咽が病室に響いて無機質な均衡を崩した。
「その手を早く、俺に取らせてくれ」
 鉛玉は犯した失態ではなかった。彼と共にあるために、私が生き抜いた証だ。鈍い煌めきだとて、磨けば六等星になれるかもしれない。
 綱渡りのような危険と隣り合わせでも、その先で彼が待っているのなら、彼の心臓をしるべにどんな闇だって泳ぎ切ってみせる。