首領発案の慰労会。皆好き好きに飲んでいる中、いち早く出来上がってしまって右や左へメトロノームのようにゆらゆらしている彼女を別室へと連れて行ったのが、運の尽きだったのだろう。
畳の香りのする部屋には女将に頼んで布団を敷いてもらっていた。水を飲んで少し横になっていた方がいい、と思いコップを手渡すも彼女はじぃっと中也の顔を見詰めているだけで一向に受け取ろうとしない。「如何した? ほら」と手に握らせようとした時、彼女がほう、と艶めいた吐息を吐き出した。コップに注がれた水の表面がさざなみ立つ。雨雲のように沈黙が立ち込めていく。そしてもう一度溜息を吐くと、畳に手を付いて躰を中也の方にぐっと寄せてきた。
「私のこと、好きですか?」
ぽつり、と降り始めの一粒のような声だった。
「手前にはいつも助けられてっからなァ」
のらりくらりと交わすように中也がそう云えば、彼女は口を引き結んで蕩けている目元に不満を宿した。
「何だよ、今のじゃ不満だったか? ちゃんと好きだぜ。……俺ァ、いい部下に恵まれてる」
目元の不満が僅かにゆるむ。判りやすい奴だと思った。けれど不満は完全に霧散しない。中也の手から彼女が漸くコップを受け取った。やっと飲む気になったかよ、と思っていればお盆の上に返却される。疑問符を浮かべる間もなく、彼女の手が中也の手へ蔦のようにするりと絡みついてくる。こちらの様子を伺う目は、しっとりとした蜜で満たされていた。ひくり、喉が慄く。
「中也さんの手、大きいですね」
「ん? そりゃあ男だからな。大きさ違ぇだろ」
ぴたりと手を合わせてみる。こうして比べると華奢だ。指の長さも太さも手のひらの厚みも全然違う。この手で銃を使いこなしてんだもんな、と感慨に耽っては意識を懸命に逸らした。
離れていった手に気が済んだだろうか、と思うもまだ終わりではなかった。今度は首に巻き付く細腕。頬を擽る髪。さらに寄せられる躰。なんなら、これが一番鬼畜の所業に思えてならなかった。
「……おいおい、おねむかァ? でけぇ赤ちゃんだなァ」
「あかちゃんじゃ、ない」
「ははっ、そう怒るなよ。姫サン扱いをご所望で?」
巻き付く腕に力が込められる。指通りのいい髪を梳いたり頭を撫でたり、あやすように背中を叩いたりと、これ以上何もしないでくれと目を閉じながら彼女に願を掛けた。理性を振り切るつもりは毛頭ないが、限界はある。
余裕のある振りはちゃんと出来ているだろうか。顔にも出ていないといいが。澄まし顔で対応しているものの、内心は台風の如く荒れ狂っている。
「(ヤバイヤバイヤバイなんだこれ柔らかいしいい匂いするしとにかくヤベェ近付くんじゃねぇよ、んな目で俺を見ンな! 好きに決まってンだろうが人の気も知らねぇでコイツ…!! つか手を絡めるなあああ!! 抱き着くとか正気か!?)」
「中也さん……」
「……あ?」
「私ね、中也さんのこと……ほんとに、す――」
「……」
「……」
「……寝やがった……まじかコイツ……」
急に増した重みと耳元で聞こえる健やかで安心しきった寝息に、中也は全身からどっと力が抜けるのが判った。
これを棚ぼたと思うにはあまりにも後ろめたい。彼女の記憶にはきっと残らないだろうから。
結論。酔っ払いはものすごくタチが悪い。