今は亡き想い人の夢を見ているのだろう、眠りながらハラハラと涙を流す彼女の眦に人差し指を這わせた。
誰の前でも決して気を許すことのなかった彼女が、こうして俺の目の前で寝顔を晒している。俺と彼女にしか判らない透明な時間の堆積。築いてきた信用と信頼は、これから先だって絶対に手放さない。
好きだと告げたことは無かった。
彼女と知り合った頃、彼女の隣にはもう大切な人がいて、まさか自分が彼女を好きになるだなんて、思いもしなかった。秘密と呼べる程、俺の想いはちゃんと平静を装えていればいいけれど。
龍頭抗争。
血を血で洗う熾烈を極めたあの地獄のさなかで、そいつは命を落としてしまった。それも彼女と俺の目の前で。ごとん、と無慈悲に首が落ちた音を今でも覚えている。
彼女の鼓膜には一生消えない傷のように、その音がこびりついているんだろう。
彼女の心の傷は癒えてきているのか、そもそも癒えることなどあるんだろうか。答えは否。
傷口はずっと膿んでいて、塞がったと思っても何かの拍子に瘡蓋が剥がれてしまう。そいつの代わりになる心算は毛頭ないけれど、空いた穴を少しでも埋められたなら。
「……傲慢、か」
俺を選んでくれ、なんて云える筈もない。
あの日から彼女の涙は終わりを知らない。頻度は少なくなってきているものの、寝ている間、こうしてずっと泣いていることを知っているのは俺だけだ。
眦にたまった悲痛な珠に口付ける。俺の唇を濡らしては、容赦なく心を抉ってくる。
弱っている彼女に付け入る欲深さがあれば。
もう泣くな、と云える非情さがあれば。
「大事なモンは忘れなくていいんだ。……手前が心から笑ってくれりゃあ、それでいい」
枯れ落ちるのを待つだけの花だった彼女を、俺が支えたかった。
たとえ想いを返してもらえなくても。それでも俺は、彼女の傍に居続けたい。