一年で一度だけの大切な日をふたりで過ごせることが嬉しい。欲を云えば、丸一日が良かったけれど。
わたしが苦しくならないようにと、息継ぎのタイミングをくれながらの接吻に、少しの物足りなさを感じている自分に驚いた。すっかりわたしの細胞には彼というひとが染み込んでいるようだ。
彼の唇に甘く噛み付いてみれば、意外そうにまたたいた蒼の双眸がいっそう熱を持つ。
盗み見た時計の短針は11≠指していて、もう少しで今日――彼の誕生日が終わってしまうことを示していた。
予約していたレストランで待ち合わせて食事をとり、そのまま彼の家へと来た。お風呂に入って、さぁ贈答品を、と準備していたのに、流れるような所作で膝裏と背中に彼の腕が回って今に至る。
しん、と静まり返った部屋は凪いだ湖面を思わせた。
吐息を分け合う音と、衣擦れの音が漣のように広がって沈黙を押し流しつつあった。
彼から借りたシルクのパジャマの釦を片手で器用に外していきながら、背中をするりとのぼっていった熱い手が戸惑うように揺れている。
「ん?」
「あ……えっと、後ろじゃなくて前、の方に」
「……前? 嗚呼、これか」
背から脇を通り、探していたものに触れた彼の指が金具をそっと撫でている。わたしにバレないように表情を取り繕ってはいるけれど、安堵しているのが判って頬を緩めてしまった。
「ふふ」
「……んだよ」
拗ねた声色と気恥ずかしそうに眇められた目元が可愛らしい。
「ちょっと安心したというか……手際良く外されたらどうしようって。過去の女性に嫉妬しても仕方ないって、判ってはいるんですけど……」
変えようのないものに抱いてしまう感情ほど、重くて煩わしいことはない。聞き分けが良い振りをするのは簡単だけれど、いざその場面になれば過去へと爪を立ててしまいたくなる。
「どうにも出来ねぇくらい、頭ん中俺でいっぱいってことだろ? 他の男が入る隙も無いくらい」
「中也さん、心広すぎません?」
燻らせて後ろ向きな感情も、彼はすべて抱きしめてしまう。
「手前が俺の全部を好きだ、つってくれたみたいに、俺だって手前の全部が好きだからな」
「……中也さんがモテる理由が判った気がする」
「誰にだって懐広げてる訳じゃねぇよ」
金具の上にあった彼の指に力が入った。カチリ、と外される音がする。ただ触れているだけではなかった。解錠の仕方をきっと確かめていたのだろう。
「ナマエが俺の唯一だ」
ちゅ、と彼の唇が金具のあった肌の上へと恭しく落とされた。まるで心臓に誓うみたいに。
太陽がこの世のすべてを見通しているというのなら、今だけは月の影に隠れていたい。このひとときの思い出は、ふたりだけの物であってほしい。
彼の生まれた日、紡がれた命の螺旋に口付けを贈る。
「中也さん、誕生日おめでとう。わたしと出会ってくれて、本当にありがとう」
彼の誕生日なのに、わたしばかりが貰っている気がする。
星降る夜の中で、しとやかにまじわる互いのぬくもりに心をゆだねた。
誰よりもあなたの幸せを、願っている。