一緒に入った寝台、沈んでいく夕日の切れ端みたいな薄いオレンジ色の光に輪郭を縁どられながら、彼が座って本を読んでいる。文章を追う目、顔の筋肉の微かな動き。今は緊迫した展開でも繰り広げられているんだろうか。
読みたい本があるから眠かったら先に寝てていい、と云った彼の横顔を飽きもせず眺めていたら、いつの間にかうとうとしていた。
眠りの波打ち際で意識が遊んでいる。
「寝付けねぇのか?」
うつ伏せになって自分の腕を枕にしていたわたしの頭を彼が撫でる。彼に撫でられると心地がよくて、喉を鳴らす猫の気持ちが判る気がした。手の温度に甘えていれば「寒ィか? それとも暑ィか?」と重ねて気遣われる。
「……わからない」
「んじゃあ、とりあえず被っとけ。暑くなったら蹴っ飛ばしてもいいからよ」
「まるっきり子ども扱いしてる……」
「不満か?」
「ううん……すき」
柔らかくて沁みいるような沈黙があること、嬉しさを真っ先に共有したくなること、うつくしくて奇麗でやさしい言葉を贈りたくなること。『すき』の二文字では到底足りないのに、伝えたいことは山ほどあっても結局この二文字に集約されてしまうのが悔しい。
何かを――自分の命すら惜しんだこともなかった。使うべきときが来たなら、手放さなければならない。
けれど今は、彼との時間だけは過ぎ去ることが惜しいと思う。
淡雪みたいな、泡沫みたいな、実像を持たない幸福。融解した心と心。
寝る準備をし始めた彼の手から栞を抜き取る。
「続き読んでていいよ。わたし、中也が紙をめくるときの音もすきだから」
ぼんやりと部屋を包む、薄まった夕日の色が彼の蒼に溶け込んでゆらめいた。海が浮かんでいるみたいで、その目が瞬くたびに今にも落ちてきそうだった。
抜き取った栞には見覚えがあって、手の中でくるりと回せば、薄い和紙越しに数種類の花々がぎこちなく佇んでいた。
「……中也これ、わたしが初めて押し花したときのだよね? どんな感じにするか聞いて、花束みたいなのがいいって。でも上手く出来なかったやつ。ずっと使ってくれてたなんて知らなかった……ねぇ、今ならもっと上手にできるから、」
「見つかったら絶対作り直すって云うと思ったから、こっそり使ってたんだよ。俺はこれがいい。世界に一つだけの、初めて俺のために誂えられた花なんだ」
栞を持つわたしの手を、彼の手がそっと握った。
「手前だって俺が贈った初めて≠大切にしてくれてるじゃねぇかよ。気持ち判ンだろ?」
「わかるけど……! ほんと中也ってそういうとこある……ずるい」
彼と重ねる日々で構成された日常に、大切じゃないものなんてひとつもない。けれどその中からわたしがより大切にするものを見抜いて、反論を封じてしまうのだ。彼は言葉でだって接吻をする。
お世辞にも出来がいいとは云えない栞を本に挟んでサイドテーブルに置き、電気を消して彼が躰を寄せてくる。肌に馴染む暗闇がすっと瞼の上を滑った。
「おやすみ、ナマエ」
「おやすみなさい、中也」
思い出を押し花みたいに出来たらいい。それを栞にして褪せないよう時間に差し込めたらいい。
彼とわたししか知らない場所で、誰にも侵すことの出来ない聖域で、互いの想いがずっとずっと咲き続けていますように。