「なァ」
 パソコンとの睨めっこは背後から伸びてきた彼の手が私の目元に蓋をしたことにより、強制終了されてしまった。
 もう少しで終わるから、と彼を待たせていることに罪悪感をいだきながらも、キーボードを叩いていた私の指はやむおえず動きを止める。
「ま、まだ終わってないんですが」
「根詰めすぎだ」
「せめてキリのいいところまで」
「判った」
 視界を覆われているからだろう、鋭敏になった聴覚が拾い上げた彼の"判った"には、仕事の続きを許可する響きは皆無だった。だからこそ、厭な予感がした。まるで心臓が冷や汗をかくかのような。
「っ、!」
 目元を覆われたまま顎を掴まれ、上向かされたかと思えば即座に口を塞がれる。隙間から捩じ込まれた舌が、慄いて逃げ惑う私の舌を追い掛け捕まえる。狭い口内での鬼ごっこに勝ち目はない。
「ん、ふ」
 口の中すべてを平らげるよう丹念になぞられ、息継ぎの猶予すら剥奪される。全身が熱い。視界は閉ざされたままで、絡む水音がやけに大きく聞こえる。
 彼は私の弱いところを的確については、抵抗する気力をじょじょに削いでいった。
「は、っ」
 待っての言葉すら丸呑みされ、僅かの酸素に縋るように息をするも、段々と意識がふやけてきた。
 頭の片隅へと必死に繋ぎ止めている山積した仕事を完全に放り出すまで、彼の猛攻は止まらない気がした。
 無理だ。とうとう全身から力が抜けて椅子から落ちそうになったとき、彼がようやく接吻をやめて、くたくたになった私の躰を支えた。
「これじゃあもう、仕事どころじゃねぇだろ? 今日は帰るぞ」
「キリのいいところまで、したかったのに……」
「手前はそうやってすぐのめり込んじまうだろ。少し手抜くくらいがちょうどいいんだよ」
「だからって……こんなやり方……」
「俺ァ、云い付け守ってちゃんと待ってたんだぜ? こうでもしなきゃ、手前の視界から俺はいつまでも弾かれたままだろうが」
 力を振り絞って座り直し、椅子の背もたれに頭を預けて酸素を取り込んでいると、彼の方へ椅子を回転させられる。目の前にいる蒼い目を持つ獅子が不遜に微笑んだ。
 そうして、先程まで目元を覆っていた手が、すり、と頬を撫でる。
「……こんだけ隈作っといて、心配すんなっつう方が無理だろ」
 親指が疲労の蓄積した目の下をすべる。
 理不尽だとか横暴だとか例えそう感じたとて、影では必ず彼のやさしさがはためいているのだから、結局私は敵わないし絆されてしまうのだろう。