3:庭の端までの逃避行
1970年11月3日火曜日。
朝日が昇る少し前、いつもより早く起きたらどうやらシリウスも早起きしたらしく、朝から顔を見合わせ笑った。
「あれ、シリウス早起きじゃん」
「ケイトもだろ」
「さてはワクワクしてそんなに寝れなかったな?」
「ケイトもだろ!昨日寝れないって遅くまで本読んでたの知ってるんだからな」
うわ、バレてる。
お互いに笑ってそんな会話をしながら、それぞれのベッド__最近身長が伸びてきて手狭になったから別々にされた__から降りる。今はベッドルーム兼自室は同室だけどそのうち一人部屋になるって確かクリーチャーが言ってた。それはそれで便利にはなるだろうけどそれと同時に寂しくなる。
髪を手櫛で軽く整え、パジャマを脱ぎそれぞれお気に入りの服を身に纏う。
シリウスは手持ちの中でも特に動きやすい黒のハーフパンツに黒のサスペンダー、襟に黒で刺繍の入った白シャツ。
俺は糊のきいたスラックスに革のベルト、白シャツに黒地に金の刺繍が入った細身のベスト。
いつも思うけどこの家すぐに成長してサイズの合わなくなる子供服にすごい金かけてるよな。すごい。さすが純血貴族。
身支度を整え、手櫛でなおりきらなかった寝癖を直し合い、父上が起きてきているであろうダイニングルームに向かう。レギュラスが起きてくるには早い時間であるし、母上は昨日体調を崩されていたので朝は起きてこられないかもしれない。
朝食の席に全員は揃わないが、今日の朝食は昨日クリーチャーに頼んでおいたオムライスのはずだ。それだけで年甲斐もなく__今は少年の体だからか情緒もそちらに引っ張られるらしい__心がぴょんぴょん跳ねてしまう。その事をシリウスに話すと軽く笑われてしまった。が、俺は普段から朝食のリクエストなどしたことがないシリウスも昨日、俺と同じようにリクエストをしていた事を知っている。今日も片割れが可愛い。どうしよう。どうもしない。
最近のシリウスはというと、純血主義を押し付けられる事に不満を持ち始めたらしくあらゆる所で親に反発して衝突している。それは態度だったり、言葉遣いだったり、目付きだったり。目付き悪くても最高に天使なんだよな。
ちなみに衝突するときは主にお互い癇癪持ちである母上との事が多い。酷い日は花瓶やら分厚い本やらが飛び交うのでレギュラスと一緒に退散することにしている。これはクリーチャーから聞いた話だが、親子喧嘩の限度を超えると父上が毎回なんとか収めてくれているようだ。
そういえば父上が声を荒らげた事ってあったか?記憶のある限りでは無いように思う。寡黙だし、落ち着いた印象があるし、何より子供達の前では努めて冷静でいるように心がけている、気がする。
今日だってほら、1人で凝った装飾が施されたマホガニーの長机につき、紅茶を片手に日刊予言者新聞を悠々と読む姿がとても様になっている。ふむ、この香りはウバだろうか。全く分からない。
「おはようございます、父上」
「父さん、おはよう」
「あぁ、おはよう2人とも」
今日は早かったんだな、ええまあ、とほのぼのした時間を過ごしているとそういえば2人宛に来ていたぞ、と白い封筒を渡される。
シリウスと顔を見合わせニヤッと笑うとそそくさとその封を開ける。入っていたのは案の定、夢にまでみた"ホグワーツ魔法魔術学校 入学許可証"であった。
そう、今日は俺とシリウスの11歳の誕生日である。
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スクイブじゃない。"入学許可証"の文字を見たとき、最初に浮かんだ感情は安堵だった。
決してスクイブを下に見ているわけではないが、パーティーであらゆる人に紹介された純血貴族の嫡男が実は魔法が使えませんでした、というのは笑い事では済まされない。
実際、シリウスと喧嘩して感情が昂ったときなんかは文字通り火花が散ることもあったので生活しているうちに多少心配は薄れていったが、世界的にも名の知れた魔法学校から"あなたは魔法使いです"と太鼓判を押されたらそりゃあ嬉しいしほっとするに決まってる。
手紙に目を通し、オムライスのおかげで元々良かった機嫌が最高潮に達したとき、無意識に花を出してしまい片割れから意外そうな表情を向けられたが咳払いをして誤魔化した。散らかしてごめんなクリーチャー、掃除ありがとう。
「そんなに心配だったのか」
朝食を食べ終え、るんるん気分で部屋まで帰る途中でシリウスは言った。なんだ、誤魔化せてなかったじゃん。
「そりゃあね、シリウスだけに入学許可証が来たらどうしようとか考えてた」
「ケイトも普段から花やら火花やらポンポン出してんのにな」
「誰もそれに対して魔法を使ってる、だなんて教えてくれなかったからね」
そういうもんか、と今回はあちらが折れてくれた。魔法が当たり前に存在する世界では、魔法自体をよく知らずとも、不思議な事が起こったらだいたい魔法だという事を感覚的に理解する人が多いらしい__と、本で読んだ__が生憎俺の前世で魔法なんてものは御伽噺の中にしかなかった。だからか激昂したときに火花が散っても、それが一瞬だった為に目の錯覚かなにかだと思い込んでいたし、モノが残る花についてもポルターガイスト的なものの可能性も捨てきれていなかった。つまるところ自分が起こした現象を微塵も信じていなかったのだ。
でも、そうか。火花がシリウスにも見えていたのなら確かにそれは俺自身の目の錯覚という可能性は除外される。そうか、ふふふ。
「母上とレギュラスが起きるまで何してる?」
「庭の端のでっかい木に登ってみるのはどうだ?ケイトは登ったことないだろ」
「いいね、賛成」
昂ったままなかなか降りてこない感情のままに2人で競争するように庭へと駆け出す。
母上とレギュラスが起きてくるまであと数時間。
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ケイト・アンタレス・ブラックは神童である。
本人がどう思ってるかは知らないが、関わる周りの大人たちは皆口を揃えてそう言った。し、最近ようやくローティーンの仲間入りを果たした俺でもたまに本当に双子なのかどうか勘ぐってしまう。
数年前まではこの話題で何度も喧嘩をした。ふとしたときに疑問をぶつけてみれば俺より少し薄いグレーの瞳に驚愕と動揺の色を浮かべて一度目を伏せる。まつげ長いな、とか場違いな事を考えるほどに画になるその仕草はケイトの顔周りに散った火花で全てが掻き消される。
ケイトは昔から落ち着いた性格だったし、物事を1歩引いて冷静に見ている印象が強かった。兄弟喧嘩をするのは大抵先の理由で、それ以外は何かあったらだいたい向こうが折れる。先の理由でなぜ火花を飛ばすほど激昂するのかが不思議なくらい普段は年齢にそぐわない所謂"大人の対応"だ。その反応自体に腹が立って喧嘩をふっかける事もあったがそれも軽くいなされる。
最近は俺も大人になったから滅多に喧嘩はふっかけないがそれでも周りの大人たちに何を言われても困った顔で受け流すその態度が癇に障るときはある。自分の事ではないにしろ少しは態度に出せばいいのに。俺らの歳の子供が少し失礼な態度をとったところで気にする大人は少ないだろう。外面を気にする両親は家に帰ってから叱りつけるだろうが。なるほど、それを気にしているのか。
これは俺自身の記憶にないのでハウスエルフ達から聞いた話だが、2歳の時点で自邸のクソみたいに広い書庫にある大人が読むような小難しい本を片っ端から読み込んでいたらしい。発達に多少の個人差は存在するがこれには流石に違和感を覚える。2歳といえばぐちゃぐちゃのアルファベットを書いただけで褒められる年齢だろう。
だからなのか、今朝の手紙で無意識に大量の花を飛ばすほど喜んでいたことには大層驚いた。
年相応に感情の起伏を表に出すタイプではなかったこともあるが、昔に喧嘩したときに猛烈な勢いで飛び散る火花だとか嬉しい時にたまに散らす花だとかでケイトが魔力を持っていることは明白だったからだ。そもそも"由緒正しきブラック家"の長男がスクイブな訳が無いだろうという安直な考えもあった。
……ああ、なるほど。だから手紙ひとつであそこまで喜ぶくらいには関わる人間のほぼ全員から向けられるそのプレッシャーに追い込まれていたのか。ここ数日珍しく上の空だったのもその為だろう。何はともあれケイトの心配事がひとつ減った事に安堵する。
年相応の表情をして危なげなく木を登っていく片割れに気をつけろよなどと言い、昔に比べると少し筋肉の着いた様子を黒髪の少年は満足気に眺めていた。
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服のセンスがないのは許してほしい
2020.7.15(2021.9.20再編)