4:終生の相棒と一生の相棒
ダイアゴン横丁。緑の炎が燃え盛る暖炉に足を踏み入れ、そう叫ぶとフォークで内蔵をかき混ぜられたような激しい不快感とともに目的の場所の暖炉から吐き出される。やはり何度やっても慣れはしない。
次に吐き出される人の邪魔にならないように暖炉の端の方に凭れて立ちくらみのようなものが治まるのをじっと待つ。空井慧人だったときから慣れ親しんだこの不快感はどうやらケイト・アンタレス・ブラックになった今でも付き纏うらしい。切実にやめていただきたい。
次第に大人しくなってきた視界にうんざりしながら目を開けるとそこにはいつの間に居たのか、少し心配そうな表情をした片割れの綺麗な顔が鼻先すぐの所にあったので思わず小さく叫んでしまった。我が弟ながら本当に顔面がいいな。
「びっくりした……」
「いや、それ俺のセリフだから」
急に叫ぶな、と少し目を細めたシリウスだったがもう大丈夫か?と心配してくれるあたり優しいと思うんだ。大丈夫、と返し先に来ていた両親の元に駆け寄り、挨拶をしてから二人だけでマダムマルキンの洋服店に向かう。ダイアゴン横丁は何度も来ていて慣れたものなので迷う心配はない。因みにレギュラスは一人でお留守番だ。見送りのときには一緒に行きたそうな顔をしていたが、まあ、クリーチャー達もいるし問題は無いだろう。
道すがら後でアイス食べたいな、なんて話をしながら目的の店にたどり着くと、今日も元気なマダムが出迎えてくれたので大人しく採寸されることにする。
「ケイト身長いくつだった」
「148cm、シリウスは?」
「よし勝った148.3cm」
「は〜?大して変わらんだろ」
採寸が終わりシリウスとワゴンで買ったアイス__迷っていたらストロベリー味をおすすめされたので俺はそれにした__を食べながら教科書だとか鍋だとか魔法薬の材料だとか、かさばるものを調達してくれている両親を待つ。
やっぱりイギリス__というより日本からみた海外__のアイスってすごいこう、なんて言うか、味が濃いんだよな。三十路の体だったら確実に胃もたれを起こしそうなそれを味わっているとシリウスがじっと此方を見ていたので少しだけ分けてやる。するとシリウスも自分のアイスを少しくれた。こっちはチョコチップがザクザク入ったミルクチョコレート味だ。これもまた胃もたれしそうだけど美味しい。まだ歳若く凭れにくい胃腸に喜びを覚えつつ食べ進めていたら遠くの方に両親の姿を見つけたので、下品にならない程度に素早く食べ切る。
シリウスはペットをみたいらしいが俺は興味がなかったのでシリウスを母上に任せて父上と本屋にに入った。気になった本を数冊買ってもらいホクホクした気持ちで合流場所であるオリバンダーの店に向かう。本屋では一瞬闇の魔術の棚に気を引かれたが父上の前であったし気付かないふりをした。ホグワーツに行ったら大体は読めるだろう。
あれ、そういえばシリウスを母上に任せてしまったけど喧嘩してないかな。流石に人前では喧嘩してないと思いたい。
少し疲れて歩幅が狭くなってきた俺に合わせてゆっくり歩いてくれる父上に感謝しつつ足を動かしていると、ふと視界の端に映ったものに既視感を覚えて立ち止まる。まさか、そんなはずは。
「どうした。……あぁ、あれが気になるのか」
本以外に興味を示す俺が珍しかったのかおおよそ魔法族は使わないであろう"それ"を気前よく買ってくれた父上に驚きながらもお礼を言い、表情を切り替えた。アイスのワゴンの前で別れてから結構時間がかかってしまったのでシリウスの杖選びはもう終わっているだろうか。
片割れが待つであろうオリバンダーの店はすぐそこである。
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オリバンダーの店の大きな扉を押し開けたら、案の定シリウスは既に中にいた。
「おお!これはこれはオリオンさん。あなたが杖を選びに来たときが懐かしいですな!おや、そちらも息子さんですかな」
先程弟さんの杖を選び終えたところです、なんて言いながら店主のオリバンダーさんであろう髭を蓄えた老人は俺の事をじっくり観察する。仕事上必要なことなのは分かっているし、ぶっちゃけパーティーでは毎度の事であるから慣れてはいるがやはり人から観察されるのは居心地のいいものでは無い。
観察が終わったのか杖腕を、と言われたので一瞬迷う。空井慧人は左利きだったがケイト・ブラックは右も使えたのだ。
「どちらも使えるんですけどどうしたら、」
「なるほど。ではどちらも測りましょう」
たまに居るんだろうな、と思う程の手際の良さで腕の長さを測ってからしばらく考え込んだと思ったら奥に引っ込んでいった。少しして沢山の箱を持ってきた老人は杖をひとつ取りだし振るように促す。
「ユニコーンの尾毛にのイチイの木、26cm、少ししなる」
「あっ、」
持った途端に背筋に冷たいものが走った。これは紛れもなく悪寒。恐る恐るオリバンダーさんを見るとすぐに杖を取り上げられる。
「次はドラゴンの心臓の琴線にヤマナラシ、28cm、戦いに向いている」
「うわっ」
これはダメだ。持とうとしたら手が弾かれてしまった。
「ふむ、ドラゴンの心臓の琴線にサクラの木、30cm、自制心の強い者には従順」
これはいける。杖を受け取った左手で振ったらこれまでに何度か飛ばしてきた色とりどりの花が舞い散る。期待を込めて右手で持つとその途端にシリウスの背後にあった窓が大きな音を立てて割れた。なんでだ。空井慧人は許されたのだろうか。シリウスマジでごめん。
「不死鳥の羽根に黒クルミの木、32cm、馴染みやすい」
「ユニコーンの尾毛にハナミズキ、22cm、比較的しなやか」
「ユニコーンの尾毛にイチイの木、36cm、脆くて頑固」
「ドラゴンの心臓の琴線にマホガニー、28cm、よくしなる」
これもだめか、などと呟いたオリバンダーさんはまたも奥に引っ込む。右手が良くても左手がだめ、また逆も然りでかなりの時間を要しているように思う。マホガニーの杖って確かジェームズ・ポッターもだったよな、と思いつつ店内を見回すと窓の近くから退散したシリウスの背後にあったホコリを被った箱に目が行く。
杖がないけどできるだろうか。少しだけ好奇心が湧いて箱に向かって手を伸ばし、小さく"アクシオ"と唱える。
「うおっ?!」
oh…成功してしまった。小気味いい音を立てて掌に収まったその箱が、顔のすぐ側を勢いよく飛んで行ったシリウスに何度もごめん、とジェスチャーで謝り体の向きを変えるとすぐ背後にオリバンダーさんがいたので飛び上がって驚いた。
「いやはや驚いた。それはセストラルの尾、月桂樹、23cm、最初の持ち主の意思に従順。確か芯材にセストラルの尾を使った杖は今のこの店ではそれだけでしたな。」
振ってみてくだされ、と微笑みながら言ったオリバンダーの言葉通りに象形文字のようなものが彫られたその杖を振ってみると、手元が温かくなった後に少し埃っぽかった店の空気が一瞬にして綺麗なものに変わった。今度こそ、と持ち替えて振ると最初に割った窓ガラスが綺麗さっぱり元通りになった。なるほど、これが、俺の杖。
「決まりですな。どちらの腕も使える魔法使いは杖選びに苦戦する事が多いのですが決まってよかった。」
未だにこやかに微笑むオリバンダーさんにお礼を言い、父上に代金を払ってもらって店を出る。
シリウスに長かったな、と言われたがそれ以上に自分の杖を手に入れた事が嬉しすぎて、文字通りぴょんぴょん跳ねながら暖炉をくぐったら着地に失敗して暖炉前の床に顔面から突っ込んだ。床といえどふかふかだったので傷は作らなかったがそれでも痛い。主に心が。
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イギリスでの長さの単位はヤード・ポンド法ですがいまいちよく分からなかったので(馬鹿)メートル法表記です。
2020.7.19(2021.2.17再編)