8:瑠璃色の瞳にうつるのは
「婚約者……ですか」
ホグワーツに入学以来初めてのクリスマス休暇。数ヶ月居なかっただけでもう懐かしさを覚える自室で荷解きを終えて、課題を進めようと思った時に父から掛けられた言葉。要約すると「2日後に婚約者との顔合わせがあるから準備をしておくように」だ。言いたい事だけを言ってどこか__おそらく書斎だろう__に消えた父の背中を思い出しながら思考を飛ばす。
ブラック家の嫡男として婚約者云々の話はいつか来るだろうとは思っていた。しかしまさかもう来るとは。まだ12歳だぞ?日本だとようやく小学校を卒業する歳だ。どこぞの混血の魔女と仲良くなる前に相手を決めておこう、という事だろうか。俺は精神年齢的に__圧倒的に歳下の子にそういった感情を抱くことは無いだろうけど、なんて言うか、純血貴族も大変なんだな。
そういえば俺に婚約者の話が来たという事はシリウスにも来ているのだろうか。休暇が始まってすぐに友人(おそらくポッター)の家に行ったから、例え話が出ていても聞いていないだろう。聞いたとしてもシリウスなら蹴りそうだな。あはは。
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「パーティーで何度か顔を合わせているだろう。フォーリー家の御息女だ」
スラリと伸びた背筋にきめ細やかな白い肌。深みのあるブルーの瞳が印象的な、所謂""美人""。どこかで見たことがあると思ったがパーティーだったか。
「あとは若い者だけでごゆっくり」と、顔見知り程度のお嬢さんと2人きりにされてしまった。前世も含めてお見合いの経験は無かったが、本当にこういうのあるんだな。
父上から紹介されたのは由緒正しき聖28一族であるフォーリー家の長子。俺より1学年上のステラ・フォーリーだった。一族は主にスリザリンに組み分けされるが、稀にレイブンクローにも振り分けられるそうで。それもごく稀で1代に1人いるかどうか。そして目の前の彼女はレイブンクロー生であり__同年代のレイブンクローでもその異才さが際立つ人だ。とりあえずは改めて自己紹介だろうか。
「ケイト・アンタレス・ブラックです。パーティーと……確かホグワーツでも何度かお見かけしましたね」
「ステラ・フォーリー。声をかけてくださればよかったのに」
「熱心に読書をされていたら邪魔はできませんよ」
その後も趣味や得意分野、好きなお菓子など当たり障りのない会話を交わしているとステラ・フォーリーがおもむろに杖をひと振りし、少しぎょっとする。
「どうかされましたか」
「ああ、これは失礼を。父が心配性なものですから」
「あまりこういう話は聞かれたくないものでしょう」と眉を下げそう言われるとその通りなので言い返せなくなる。確かに少し前までは部屋の前に数人居たのだ。どちらかの親族だろうと気にしていなかったが、親族にすら聞かれたらまずい話でもするのだろうか。となると今掛けたのは防音魔法か。
「へえ、無言呪文で防音魔法ですか」
「正解。その口調も普段する様に崩していいし呼び方もステラで構わないよ」
「私も口調は崩すし、何よりフルネームは長いだろう」と言われ、はたと思考を止める。口調はともかく、俺は彼女に対してフルネームで呼びかけたことがあったか。そこまで考え、ひとつの可能性に思い当たる。まさか。
「開心術か」
「それも正解。ふむ、やっぱり勘はいいんだね……今度心の閉ざし方も教えてあげる」
「それはどうも」と思わず苦い顔をしてしまったのは仕方ないだろう。心の閉ざし方か。確か心を無にすると良いって本で読んだ。心を無にした後、保険も兼ねて重厚な扉を閉じるイメージのみを浮かべる。
「あれ、上手いじゃん」
「はは、人に見られたくない記憶くらいあるのでね」
「それはそうとステラ、本題に入りましょう。防音魔法を掛けてまでしたかった話は何?」
「ケイト、君人生は何周目?」
「は?」
「私はざっと4周目なのだけれど」
「は?」
ステラは今何と言った。人生は何周目かだって?俺は確かに人生2周目だが、魔法界では転生者が当たり前なのか?当たり前だから逆に__皆常識として知っている事だから文献が少なかったのか?しかしもしそうならば日常会話での話題にのぼるはずだ。それがないということは当たり前では無いということか。不味い、頭の回転が鈍くなってきた。
思考をまとめるために、紅茶を1口飲みお茶請けに手をつける。 このフィナンシェ美味しいな。作ったのはクリーチャーだろうか。流石我が家のハウスエルフだ。あっ、閉心術忘れてた。
「……とりあえず順を追って説明しようか」
「そうしていただけると助かりますね」
彼女が言うには、魔法族やマグルを問わず前世、或いはそれ以前の記憶を保持して生まれる赤子はそれなりに存在するらしい。しかし基本は幼少期に全て忘れ去られるという。
そしてごく稀に存在するのが青年期以降もそれらの記憶を保持し続ける者。で、ステラは人生4周目だと。なるほど、だから2年生にして既に高難易度の無言呪文が使えるのか。
元々フォーリー家は前世の記憶を青年期まで保持し続ける者__ステラは"観測者"と称した__が稀に生まれる家系だそうで。現在存命のフォーリー家ではステラしか居ないそうだが過去にはステラを含め数人居たという。
「でもそれも私の話。私はこの世界のフォーリーでしか生まれてこなかったけれど、何事にも例外はある。ケイトは違うのだろう」
「俺は……」
確かに前に生きていたのはこの世界じゃなかったしブラックでもなかった。なんなら人種や言語すらも違った。でもそれは__婚約者とはいえ、軽く口外してもいい事なのだろうか。彼女は信用に値するのだろうか。らしくもなく、ぐるぐると答えの出ない問いを脳内で回していると静かに口を開く魔女が1人。
「私は本家筋から外れたただの派系だから同じ世界にしか生まれ落ちないけれど、本家筋の人間はそうじゃない。生まれる度に世界は違うし__何なら行動次第で既に確定している未来も変えられる力を持つ。そうだね?」
「それは、」
「……簡単に信用してくれとは言わないけれど、数回転生したらなんとなく分かるんだ。あ、この人転生してるなっていうのが」
「アー、分かった分かった。君を信用しよう」
「分かったからその顔を辞めてくれ」と眉を下げる。この世界は顔の良い人が多いがステラもその例に漏れず、びっくりするほど顔が良いのだ。そして俺は美人の悲しそうな顔に弱い。まあ信用する理由としてはフォーリー家自体、例のあの人と無縁であり、ステラ本人もスリザリンではない上、そういった噂もそちら側に付くメリットも無い事の方が大きいが__それはそれ。顔がいいのは事実である。
「確かに俺の前世は違う世界だったし、人生も2周目だ。そしてこの話を振ったという事はそれについての情報をくれる、と見ていいんだな?」
「チョロい」
「聞こえてるからな」
「んん゙……そうだね、その認識で構わないよ」
「今話しておきたかったことは以上だよ」と杖を振る。おそらく防音呪文の反対呪文でも掛けたのだろう。つい先程知らされた理屈を鑑みても器用な人だと思う。
「……ではこれからは婚約者として、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
すっかり冷めてしまった紅茶に口を付けながら、お互いににこりと微笑んで。その日はお開きとなった。
「兄上にもついに婚約者ですか……」
「?心配しなくてもレギュラスにもすぐ話は来ると思うよ」
「そうじゃないです」
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2021.5.22