9.オレが分かンねえところで共鳴しないでくれない?

 手紙に書かれていた通りに迎えに来てくれた可愛い妹は、道を挟んで向こう側のガードレールに緩く腰掛けていた。オレよりも少し遅れて蓮に気付いた竜胆に少し笑って。その高すぎるテンションが鬱陶しくなったから、ついつい手が出てしまう。

 でもまァ、このテンションも仕方がないのだろう。竜胆も可愛がっていた妹からの手紙は、その全てがオレ宛だったのだ。手紙自体は何度か届けられたのにも関わらず、だ。
 手紙の中で竜胆の兄貴・・・・・への言伝はあったが──オレを介しての言葉と直接届けられる言葉ではどうしても温度が違ってくる。蓮はそれを、どう考えても分かった上でやっているのだから可愛いタチが悪いのだ。

 横断歩道も何もない道をサクッと渡って、大好きな兄ちゃん達との感動の再会をしようと腕を広げれば──その頭が、バッと下げられた。困惑もそのままに竜胆の方に視線を投げてしまったが、竜胆も竜胆で「オレに聞かないで」とでも言いた気な表情をしている。少し会わない間に何があったのか。

「灰谷の兄貴! お勤めご苦労様です!」
「エッ……開口一番がソレ?」
「……新手の嫌がらせかー?」

 綺麗に90度に折っていた腰をなんでもないことの様に戻した蓮には、不満げな感情を隠しもせずに「それは流石に失礼では?」と眉を顰められてしまった。聞けば曰く、ネンショーに入る前の竜胆が観ていた任侠ドラマの出所シーンを再現したのだとか。
 チラりと竜胆の方を見れば、眉間を揉みながら「そんなシーンあったっけ……?」と必死に思い出しているらしかった。「ありましたよ、多分」と蓮が言ったからには──まァ、あったのだろう。少なくとも、蓮の中では。

 とはいえ、互いの朧気な記憶しかアテにならない話の決着は、帰りにレンタルビデオ屋にでも寄って決めればいい。そんなことよりも。

 ざっと蓮の全身を見れば、オレらがネンショーに入る前に考えた通りの格好をしていた。顔を隠すために下ろされた前髪と、薄い色合いのサングラスと黒いマスク。服だって上手く女の骨格を隠す着方をしている。そんな姿に、オレらのアイデア全部使ってンじゃん、と少なからず嬉しくなってしまったのは秘密だ。
 ならばと特に指定はしていなかった足元を見れば、どう見てもただの安全靴だった。どうせ鉄板でも仕込んでいるのだろう。
 つまりは、まァ、ハイヒールとか厚底を履いているワケでもない。それでもどうも、目線が高くなっているような気がする。──いや、それどころか。

「……なあ、もしかして今竜胆よりタッパある?」
「多分? おかげさまで心行くまで食べさせていただいているので」
「エ、嘘……」

 そういえば確か、竜胆はよく蓮のことをチビだと言っていたか。そんな竜胆が少しショックを受けている様子ではあるが、まァ、正直に言うとどうでもよかったのだ。
 渋い顔をする竜胆と普段通りの蓮に「ちょっと並べ」と声をかけ、若干猫背気味な蓮の背を立たせて。じっと見比べ──よし、オレよりは低いな。

「どうです?」
「竜胆の方が低いなー」
「兄ちゃん何でそういう言い方すンの?」
「事実だろー? つーかさっさと帰ろうぜ」
「オレ兄ちゃんのそういうとこ嫌い」
「……牛乳飲んでよく寝れば伸びますよ」
「オレ蓮のそういうとこも嫌い」
「あ、外ではサブローでお願いします」
「あー……ハイハイ」





 徒歩でネンショーまで来たらしい蓮を一番歩道側に置き、塀に沿って歩く中で、竜胆が「そういえば」と声を上げた。ようやくおチビに身長を抜かされていた事実から立ち直ったらしい。

「サブローさあ、オレらがいない間も楽しくやってたんだって?」
「ええ、それなりに」
「噂聞いてマジビビったンだけど」
「あー……一応、あくまでも舎弟として立ち回ったのでお気になさらず。今でも六本木は灰谷兄弟のシマですよ」
「そういうことじゃねえんだよな……」

 全然伝わっていないことに思わず半笑いになってしまったオレの言葉に一度首を傾げ、あァ、と首の位置を戻した蓮の言葉を待つ。曰く「あとのことは好きにしていただいて構いません」と。
 ──分かっていたことではあるが、やっぱどっかでズレてンだよな。そう思って反対側を見遣れば、同じ様に微妙な表情をしている竜胆が見えた。

「言われなくても好きにするっつの。ソレじゃねーよ」
「エ、ならどれです?」
「暴れてたって何? ヤベー奴とつるんでるって何……?」
「しかも手紙にはなーんも書いてねえしなー?」

 「大好きなアニキ・・・に報告もなしかー?」と肩を組んだオレと、ぶすくれた顔で「結構心配したンだけど」と言った竜胆と。そんなオレらの責めるような視線に、サングラスの奥の目元はぱちぱちと瞬きをして。それから、小さく「そっちか」と呟いた後、少し気まずそうに首筋を触った。

「勝手に黒塗りにされたり届かなくなったりするのは嫌だったので、すみません」
「そ、れは……オレらも耐えらンねーな……」
「でしょう?」
「……ま、帰って全部ゲロるならソレで構わねーよ」
「わあ、蘭の兄貴怖ーい」
「んふふ、思ってねえクセに」

 そう言って記憶よりも随分と伸びた髪を丁寧に梳けば、スっと目を細めて「何でバレたんですか?」なんてことを言うから。もっと雑にぐしゃぐしゃと撫で回しておいた。オレが相手だったらハナから隠すつもりもねえくせに、よく言う。

「……本ッ当にかわいーね。オマエ」
「うげえー……相変わらず怖いですね。蘭の兄貴は」
「……え、何? 今の会話で何かそうなるところあった?」
「ねーよ」
「特にないですね」
「マジで何!? これ分かンねえオレがおかしいの!?」


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