「出所祝いに好きな物作りますよ」と言って買い出しのためのスーパーに寄り、途中で長兄が寄りたがったレンタルビデオ屋にも寄って。珍しくも荷物を分担して持ってくれた二人に少しだけ笑った。どうも、久々に顔を合わせた妹の世話を焼きたくて仕方がないらしい。
そうして。途中で長兄から出た「もう歩きたくねえ」との鶴の一声で、バスを乗り継いでタワマンまで帰ってきた。先に作っておいた6号サイズのモンブランを冷蔵庫から出し、一切れずつ分切り分けていれば──背後から「なァー」なんて声がした。
「何」
「……家の中だと敬語取れンの面白すぎねえ?」
「え、それをわざわざ……?」
「ンなわけ」
背後から手元を覗き込み「つーかモンブランデカすぎな」とか「そんなにオレが恋しかったかー?」とか。おそらく本題ではなさそうなことを言う長兄には、特に否定もせずに「そうだからカトラリー出して」と言うだけに留めた。
何せ三人分にしてはモンブランがデカいことも、早く帰ってきてくれないかなと思っていたことだってその通りなのだ。正直、人気のない広い部屋で一人で寝起きすることは辛すぎた。
「……あ、本当に出してくれたンだ」
「なんか言ったー?」
「何も。ありがと兄ちゃん」
「……やっぱそっちの方が良いな」
「外では呼ばないから」
「そーいやその話しに来たんだったワ」
「先にモンブラン食べたーい」
「それはそう」
そうして、買ってきた食材やサイズの変わってしまった服類の仕分けをしていた次兄を呼んでモンブランを食べて。それはもう美味しそうに食べてくれる二人に笑って。6号モンブランの三分の二が綺麗になくなった辺りで口火を切ったのは長兄だった。
「ネンショーにも聞こえてきてたンだワ。オレらの舎弟名乗ってる一際頭がヤベー奴が居るって」
「言い方何とかならなかったの?」
「左衛門三郎つってるけど知り合い? みたいなこともすげえ聞かれたワケ」
「それはご迷惑を」
「……」
「……エ、終わり?」
続く言葉を待ってみても、モンブランに意識が戻ってしまったらしい長兄は喋らなかった。いや、丹精込めて作ったモンブランをお気に召してくれたらしいことは素直に嬉しいが。そこで話を止めるな。気になるだろうが。
どうしたものかと黙ってひたすらモンブランを食べていた次兄に視線で助けを求めれば、次のひと口を手前で止めて、一度兄に視線を向けて。「あー……」との声を零してカトラリーを置いた。──ちょっと待て、
「まずケーキ、めちゃくちゃ旨い。ありがとな」
「こちらこそ。そう言ってもらえて嬉しいよ」
「ンで、舎弟ってのはニッコニコの兄ちゃんが認めてたから、ネンショーに居たヤツらの中でもそうなってる」
「本当にありがとう」
「でも一瞬、パッと思い浮かぶ左衛門三郎と違うヤツか? みたいなことも思ったワケ。変な呼び方されてるし、何かオレらにゾッコンらしいし? ……まァ、話聞いてりゃ蓮だって分かったけど」
「まァ、ハイ。堕天使の話だったら間違いなく私だね」
「そ……れは、後で聞くワ」
「言っておくけど、私も別にかっこいいと思ってるわけじゃないから」
「ン゙ッ……! わーってるよ」
ノリで言っていた割に広まってしまった名前に思わずといった様子で吹き出しかけた兄二人は、揃ってこの名前をかっこいいとは思っていないのだろう。そりゃあ、そうだ。間違いなく二人のセンスではない。もちろん私のセンスでもないが。当然、言い出した半間もただのノリだった。
気を取り直すように何切れ目かを大きく切り分けた長兄と、自分の皿に残っていたものを食べ始めた次兄に倣う。やはり我ながら最高のできだ。
「で、色々聞きてえことはあるけど、まずオレらにゾッコンって何? ガチのヤツ? それともフリ?」
「フリ」
「フリかー……」
「ウン。二人も居ない六本木で暴れるンなら、その設定の方が戻りやすいかと思って。わざわざ陣地譲渡のためだけにボコされンのも怠いし」
「まァ……そうだな。じゃあ外では舎弟ポジで良いってこと?」
「それでお願い」
「ン」
モンブランから意識を戻した長兄から聞かれたことにひとつひとつ答えていって。それから「竜胆ー、あと何だっけ?」なんて声を聞きつつも、自分用に追加のモンブランを切り分けた。あと三切れ──いや、このペースであれば二切れか。ならばもう少し多めに確保しておこう。
「……暴れてたって何? つるんでたヤベー奴って誰? あと、あー……コレ聞いていいやつか……?」
「とりあえず聞くよ。ダメなやつだったらそれだけ答えないけど」
それまでのポンポンと質問が出てきていた様子から一転して、至極聞きづらそうに「……乳どうなってんの? 苦しくねえ?」と言われた言葉に──少しだけ笑ってしまった。気になるのはそこかという気持ちと、明らかにこちらを心配する意図で聞かれたらしいモノだったからだ。
最後の一言がなければいくら兄であっても無心で蹴り飛ばしていたところだが、まァ。あったので何ら構わない。聞けばどうも、昔に純然たる興味の元で胸元にサラシを巻いてみて、すこぶる苦しかった経験があるのだそう。流石、むちむち胸囲を自前で用意できる方のカリスマはやることが違う。
「一番暴れてたのはレディースに絡まれたときのやつかな。ボコってたらトびかけたっぽくて。ヤベー奴は多分、歌舞伎町の半間。顔も普通に知られてるからできるだけ会わないで欲しい」
「……は? 何でレディースと歌舞伎町の奴が出て来ンの」
「学校説明会で顔合わせてさ、そこからバレたっぽくてしつこく勧誘されたンだよね。半間は途中で乱入してきて……何か、気付いたら仲良くなってた」
「フーン……」
「胸は一応潰してるけど苦しくないよ」
「エッ、そんなモン……?」
「そもそもまだ小学生だし元々控えめだから苦しくなるほど潰す必要がない」
「一息じゃん。マジでごめん」
「んふ、良いよ」
──と、まァ。お世辞にも豊満とはいえない胸元に関しては正直、コンプレックスでも何でもないのだ。何せ胸元は毎回それほど育たない上に、母を思い出したところでそれほど大きい方ではなかった。いい加減諦めもつく。
むしろ最近では、喧嘩をするときに邪魔にならなくて良いのではないかとすら思える始末だった。当然馬鹿にされれば秒速でキレる自信はあるし、巨乳から繰り出される遠心力の乗ったパンチに憧れがないといえば嘘になるが──本当にその程度だ。
「あー、あと……この際だから聞くけど、何で旧姓使ってンだよ。普通に灰谷じゃダメなん?」
「…………」
「……エ、体型よりコッチが地雷だったりする?」
「や、どっから話そうか考えてるだけ」
「あ、そう……」
少し首を傾げ、大皿に残っていたモンブランを全て自分の皿に移した次兄を視界の端に移し、ほんの少しだけ頭を回す。待ってくれるつもりらしいことは素直にありがたい。全力で乗っからせてもらおう。
さて──いつの間にか灰谷の戸籍に入れてもらっていた事実を
あとは元々、中学は件の女子校に通うつもりでもあったから。不良としては誤魔化している性別を、名前のせいで無に帰すことのないようにしたかったのだ。
共学に入って、同じ学校の不良男子から噂が流れることを避けたかった。かといって、女子校に同じ名前の奴がいるなんて知られてしまったら元も子もないが。それはそれ、見た目で落差を付けてしまえばどうとでもなる。
とはいえ、前回までのことを全て打ち明けられるかといえば──当然無理に決まっている。
どう話すべきなのだろうか。下手に誤魔化した場合、この場では誤魔化されてくれるかもしれないけれど、後が怖くなる。つまりは上手く、穴のない様に誤魔化す必要があって──まァ、その辺りは適当でいいか。
「元々は中学で性別バレを防ぎたかったのと、二人でブイブイ言わせてた灰谷兄弟に途中から生えるのもな、って思ったから」
「……は? 二つ目は初めて聞いたンだけど」
「アレ? そうだっけ」
「そうなんだよな」
「ってか元々女子校行くつもりだったし。女子校に同じ名前の奴が居たらまずいだろ」
適当な理屈を付けて一通り説明すれば、長兄はこちらをじっと見つめたままに押し黙ってしまい、次兄も呆れた顔でモンブランをつつき始めてしまった。
とはいえ、だ。長兄の謎の不穏な空気を察し、少し悪い顔で「スカート、履くよ」なんて笑えば次兄の方が「マジか」と弾かれたように顔を上げた。──まァ、ウン、片方の意識を逸らせただけ重畳だろう。動機は不純すぎるけれども。
「兄ちゃん! カメラ買おうぜ!!」
「買うな買うな」
「……ははっ、一眼なら確かどっかにあるぞー」
「エ、何であんの?」
「あー……昔は竜胆の成長記録撮ってたからなァ……」
「兄ちゃんそれ初耳なんだけど」
「あァ、そういえばアルバムもあったね。中は見てないけど」
「何だ、蓮は知ってた?」
「ハ? 知らねえのオレだけ??」
微妙に不穏な空気になりかけたティータイムも無事に通り過ぎ。こっそり前回までの記憶も駆使して探した場所に、目当てのものは鎮座していた。つまり、次兄の成長記録アルバムである。
「ウーワ、マジであるじゃん」
「あ、この兄貴可愛い」
「何で頭から転んでる写真でその感想が出るンだよ。ほぼスケキヨだろ」
「逆に聞くけど可愛くないと思う?」
「我ながらスゲー可愛いと思う」
「そういうことだよ」
途中で「アレどこ置いたっけなー」と自室に戻ってしまった長兄を抜いた下二人で「確かに昔の蓮と似てンな」とか「エ、そう?」みたいなことをやいのやいの言いつつ、分厚いアルバムを捲っていく。どこを見ても、傷害致死でパクられた今からは考えられないくらいに可愛い写真ばかりだ。
やや間抜けなショットが多いのは──まァ、全く写真に写っていない撮り手の趣味だろう。兄ちゃん、こういうの好きそうだし。
「兄ちゃん趣味分かりやす……」
「はは! 同じこと思った」
「ちょ、急に可愛いこと言わないで」
「は? 急にキモいこと言わないで」
「はァ? 何もキモくねえだろ。兄貴が妹可愛がって何が悪ィんだよ」
「ハイハイ」
そんなどうでもいいことで笑いつつ。厚みからしてまだまだ先は長いぞと次を捲った先──そこにはまっさらなページが広がっていた。
困惑のままに「え、急に終わった」と声を漏らせば、隣からは「飽きたンだろ」と呆れを含んだ声が返ってくる。なるほど、ありそう。流石は長兄検定準一級の次兄か。基本的に準一級で頭打ちになる検定でそこまで行ける猛者は格が違うな。
──と、まァ、飽き性の兄に揃って笑っていれば、パシャリとシャッターを切った音が聞こえて。顔を上げれば、そこに居たのは案の定とも言うべき人だった。つまりはしてやったりという顔でくふくふと笑う長兄だ。我らが長兄が楽しそうでなによりか。
「兄ちゃんカメラ使えそう?」
「おー。ホコリ被ってたし説明書もねえしで何も分かんねえけどな」
「それヤバくね?」
「触ってればなんとかなるだろ」
「雑かよ」
その後は長兄の気が済むまでひたすら写真を撮られて、そろそろ鬱陶しくなってきたらしい次兄から盾にされて、盾にし返して。唐突に飽きたらしい長兄からカメラを借りて、渋る二人を写真に収めた。「兄ちゃん一人だけ写真がないのは嫌」だと言えば、まァ、チョロかったのだ。
揃ってケラケラと笑いつつもフィルムを使い切って、追加で買いに行こうかと意識を外に向ければ──さっきまで明るかったはずの外が真っ暗だった。どうも、時間を忘れるほど夢中になってしまっていたらしい。
「……ヤバ、飯の準備してない」
「食材使うのは明日で良くね? 足遅いの買ってきたんだし、明日はオレも暇だし一緒にやろうぜ」
「え……それは……良いの?」
「良い良い。蓮がやる前はオレも作ってたんだからさ、そんなに気にすんなよ。なあ兄ちゃん」
「そーね。今日はモンブランも作ってもらってたし、蓮もゆっくり休めって」
「そ……っか」
小間使いもできない妹に用はない──というよりも、本気で私を休ませようとしている兄達に眉が下がった。そういえば昔は火も触らせてもらえなかったし、彼らなりに大切にしてくれているのだろう。
少し考えて、小さく「今日は休ませてもらおうかな」と言えば、ニッと笑った
「あは! そんなに?」
「当たり前だろ! 兄ちゃんには手紙書くくせにオレには一通もないのマジで何だったンだよ!」
「あー……途中で腱鞘炎になりかけてさ」
「エ、」
「ごめん、流石に冗談」
「もうオマエマジで何!?!?」
ギャンギャン騒ぎつつも「でもそれでこそ蓮だ……」と半泣きになっている次兄に、そんなことで確認するなとドン引きしつつ。ソファから向けられる長兄からの楽しそうな視線から逃げて。
デリバリーのチラシはどこに置いてあったかとキョロキョロとしていれば──「コレ?」と声が掛かった。どうもソファから手を伸ばして取ってくれたらしい。
「ありがとう……なんだけど、コレはピザかな……」
「どっちも頼めばいーじゃん。オマエらどうせ食うだろ」
「それはそう。何か欲しいのある?」
「あー……マルゲリータとトロがあれば良いワ」
「ん。兄貴は? 何食べる?」
「ペパロニ。寿司は持ってこさせるけど欲しいのある?」
「ハマチとエンガワ」
「チョイス微妙かよ」
「何でだよ美味しいだろ」
次兄が『持ってこさせる』と言った通り、寿司は灰谷兄弟心酔仲間の舎弟の一人が持ってきた。確か、兄も居ない六本木で伸した記憶がある。
そんな人の声が「蓮は中に居て」と言われた通りに、先に正規のデリバリーで届いていたピザをリビングで開けていれば、玄関の方から聞こえたのだ。そういうことかと笑ってしまったのも仕方がないだろう。出所直後にも関わらず、灰谷兄弟の影響力は健在らしい。
「お、酒あンじゃん」
「あー……何か出所祝いだって。お勤めご苦労様ですって言って渡された」
「もうソレ蓮から聞いたワ」
「それな」
──まァ、つまりは、うろ覚えで取った私の行動は舎弟として間違っていなかったということで。当然の顔をして「蓮も好きなの選べー」とサワーとビールとジュースの缶が山ほど入ったビニール袋を差し出してくる長兄に笑って。私まだ小学生なんだけどな、なんてことを思いつつも選ばせてもらう。心酔対象でもない舎弟仲間のためにわざわざどうもの感情で、ありがたくオレンジジュースを貰うことにした。
別に、酒自体は飲めないわけでも嫌いなわけでもないが、ある程度体ができるまでは控えるに超したことはない。法律もそう言っているし──と、まァ。本音を言えば、今は気分ではないだけなのだが。
そうしてペパロニに手を伸ばしつつ、桃のサワーを煽っていた次兄が「あ、」と声を上げた。チョイスが微妙なのはお互い様だろうが、と思ったことは内緒だ。桃のサワーはピザには合わな──いや、合うのか? 後で飲んでみるか。
「蓮も墨入れねえ? オレらと揃いのやつ」
「お揃いの墨?」
「揃いっつか三人で一つのやつ」
「……???」
「…………あー、処理落ちしたな」
「だから言ったろ兄ちゃん。いくら蓮でもオンナノコに墨はハードル高えって」
「ン……まァ、そうだな」
処理落ちしたのは、何もオンナノコだから刺青に抵抗があるというわけではなく。散漫な思考のままに処理落ちしていれば、長兄が「蓮は入れたくなったらでいーよ」と言った声で丸く収まって。結局、デザインの紙だけを貰うことになった。
蜘蛛と蠍を半身ずつ入れるらしい兄のデザインを見て、その間に背骨の如く走る、蠍の真ん中と──尾骶骨辺りで、蜘蛛と蠍に護られる様に生える羽根のデザインを見た。そういえば昔は背骨だけだったな、なんて。二人だけで世界が完結していた兄弟の間に入ることに勝手に引け目を感じ、ずっと入れる勇気の出ないままに死んでいた昔を思い出す。今回は私の要素も多分に盛り込んでくれたらしい。
そこまで考えて、途中で曇ってしまった顔はきっと──少なくとも、気まずそうな顔でこちらを見やる
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