8.手の届かない硝子玉

 ──2002年 秋

 それなりに着込んだはずの服を容赦なく貫通する薄ら寒さに眉を顰め、コレはもっと着込んできた方が良かったのかもしれない、みたいなことを考えて。時折小さく身を震わせながらも、大人しくガードレールに凭れて人を待っていた。事前に聞いていた時間はもう過ぎている。
 とはいえ、どうせ何かしらのトラブルでもあったのだと思えるくらいには待ち人を信用しているのだ。確実にひと暴れしてから出てくるのだろうということくらい、容易に察しが付く。

 もういっそこの場でスクワットでもするか? なんて。冷静に考えれば、道で急にスクワットを始めるサングラスにマスクの人間は通報待ったナシだ。だからこそ、不審者一直線の思考を抑えて小さく足踏みをするだけに留めているわけで。
 早く来い早く来い、私が本格的に不審者と化す前に早く来い。そう念じながらも柵の奥を睨み付けていれば、少し伸びた坊主頭が二つ、じゃれながら外に出てきた。

 その姿を認めた瞬間、無意識に乾いた笑いが零れてしまう。途端に自分の中にあるめんどくさい感情に気付いて、つい数秒前とは違う笑いが漏れてしまった。どうにも纏まらない感情ではあるけれど、多分、自嘲のソレだ。
 前提として、待ち人二人には私が取り入った以上に可愛がってもらっている自覚はある。そんなに? とも思うほどに猫可愛がりされた記憶もある。
 それでも、彼らは二人だけでも十分楽しそうなのだ。兄は元々、二人だけで世界が完結していた。そこを土足で踏み荒らす無駄に事情の入り組んだ妹なんて、どう考えても邪魔でしかないだろうに。よくもまァ。纏まらないながらも、元々分かっていたことだからかスコンと納得することができてしまった。

 ──そんな事実はさておくとして。私のこれからの衣食住とそれなりに平穏なメンタルのためにも、勝手に寂しくなってしまった感情は気にしないことにすると決めているのだ。私が黙ってさえいれば、誰にも何も分からない。
 しかも一応、毎回彼らよりも先に死んではいても、私は人生三回目なわけで。一度ゆっくりと目を閉じ、深呼吸をすれば切り替えはできる。大丈夫、最初でも少しは思ったことであるし、前回でも思ったことだ。疎外感なんて今更だろう。しかもどうでもいい。

 知らぬ間に俯いていた頭をゆるりと持ち上げれば、少し遠くで、目元に手で影を作った次兄がこちらを見ていた。緩く手を振ると、途端に「やっぱそうじゃん!!」と嬉しそうな顔をして、隣で可笑しそうに笑う長兄の肩をバシバシと叩いている。
 私が居なくても楽しそうだと思っても、私が居ても変わらずに楽しそうに見えるのだ。ならばもう、それで良かった。

 ──あ、兄貴殴られてる。流石に叩きすぎたのか。


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