──2003年初夏
記憶通り兄達は出所してきて、圭介は今も渋谷で元気に不良をしている、らしい。
そんな中で、私はこの春に狙っていた女子校への入学を果たし、無事中学生になった。一年早く中学生になっていた半間との仲も相変わらずだ。相変わらずたまに顔を合わせ、その度にタイマンを吹っ掛けられていた。
半間とのタイマンに関してはしばらく期間が開いた時期もあったものの。元から毎日の様に顔を合わせていたとか、そういうわけでもないのだ。相手は我らが長兄とどっこいどっこいの気分屋であるし、私からは会いに行くこともしなかったから。
しかも、結局はそれまで通りの頻度に戻ったのだ。あのときはたまたま気分が乗らなかったとか、そんなものだろう。
他で言えば、記憶通りに私の身長は次兄を少し越えるくらいまで伸びた。この年頃の男子に混ざっても見劣りしない長身と申し訳程度に潰した胸で、相変わらず性別を誤魔化しながら不良をやっている。これが案外似合うし、案外バレないモノらしい。
つまるところ、私が色々やった結果変わったのであろうこと以外、記憶にある最初と前回までの齟齬はない。ともすれば少なくとも、最初と前回では私の感知しないところで改変をしたはずのタイムリーパーが居たことは確実なわけで。順当に考えれば大きく変わっていたマイキーに近い人、ではあるのだろうけれども。
最初では六本木まで通っていた圭介は多分ない。可能性があるのは佐野家の誰かか春千夜か、それとも私の知らない誰かなのか。──でもまァ、状況と各々の性格を鑑みればほとんど確定しているとも言えよう。
とはいえ、圭介と遭遇してまた巻き込みかねない渋谷には足を運びたいわけでもないのだ。今のところはタイムリーパーについての推測以上の収穫も特にない。いつかは行かなければとも思うが、特に詳しく嗅ぎまわっているわけでもなし。どう足掻いても現状維持だった。
「そういや左衛門さァ、何か前より強くなった?」
「ン゙ッフ……半間が弱くなっただけじゃないですかね」
「あ? オレは元々強えしどんどん強くなってるっつの」
ふらりと顔を出した半間と軽くタイマンを張って。今日は半間より前に、そろそろ鬱陶しくなってきたチームをひとつ潰したからには、半間が飽きた頃には空腹で移動する気すら起きなくて。これまでもたまにこうなっていた私を、お決まりの様にサクッと肩に担ぎあげた半間の足で、これまでに開拓した中でも近くて旨い街中華まで輸送された。
それから、いつもの様にカウンターの隣に座り、揃って気の抜けた顔でラーメンを啜って。そんな中で聞こえてきたのが先の言葉だったから。
「何で?」
「何でも何も……兄貴が出所してからは色々聞いてるからですかね」
変なところに入りかけたネギを水で流しつつ「好きらしいんですよね。喧嘩仕込むの」と言っても、半間はどこか納得していない様子だ。何にそこまで引っ掛かっているのだろうか。
「……エ、オマエ
「は……?」
「初耳〜」
「い、や……いやいやいや」
兄貴とは、まァ、半間の言う通りに戸籍上間違いなく兄である次兄のことではあるが。確かに、私から半間に舎兄の話をした覚えもないが。
そもそも、不良がアニキと呼ぶのは基本的に舎兄のことだ。兄が不在になってすぐからは「灰谷兄弟の舎弟」として暴れていたのであるし、そう呼んでも何らおかしくはない──はずだ。おかしくないよな? まずい、もう何も分からない。
「え? 舎兄のことアニキって言いません?」
「ハ? オマエ
「舎弟なのは半間と会う前からですけど……ちょっと、どっかで噛み合ってねえなコレ」
箸を置き、手元でタイムのジェスチャーをして。「考えをまとめる時間をください」と言えば、箸をレンゲに持ち替えて半チャーハンに手を伸ばした半間からは「オレもー」なんて声が聞こえてくる。やはり、何処かで認識が違っている。
かつて、私が六本木で件のレディース相手に前後不覚になるまで暴れていたあの日。半間は私の話を聞いたから顔を出したのだと言っていた。
半間とつるみ始めて以降、堕天使なんて冗談みたいなあだ名が広まる前は、胡散臭くもカリスマ兄弟の舎弟を自称する一方で、間違いなく便利な情報屋として絡まれることばかりだったのだ。
だから当然、私が情報屋だと知っていた半間もそのクチであると──いや、コレ確認、していないな。
誰からどんな話を聞いて、歌舞伎町を根城にしていた小学生が、わざわざ六本木に来る程の興味を惹かれたのか。半間が単車を乗り回す様になった今ではそう遠くない距離でも、電車かバスか徒歩かチャリが基本の足となるあの時分では気軽に足が向く様な距離ではないのだ。
少なくとも──情報屋だとは知っていても、名前も、おそらくは顔だって知らなかった相手を闇雲に探しに来る距離ではない。そんな条件であれば私だって多少は躊躇する。
何なら二度目に顔を合わせたとき、明確に私と遊びぶために来たらしい半間の足はチャリだった。普通に怠そうにチャリに凭れて「オレ、バイク乗るワ」なんて言っていたことも覚えている。事実、その次からは誰から
加えて、半間が六本木に来た丁度その日、あの場所、あのタイミングで。どうして、探していたらしい私とドンピシャで会うことができたのか。どうしてそれが、正しく探している情報屋だと分かったのか。
誰かから私があの場で暴れている話を聞いたのか? 歌舞伎町に居たはずの半間が、リアルタイムで? そんなわけが──あァ、いや、そういうことか。クソ、もっと早くに気が付くべきだった。中学生になって以降も、変わらずに断り続けている勧誘の主ならばやりかねないのだ。
「まだ終わンなさそ?」
「あと二分ください。頭の中で戦犯殺すので」
「地味に長えー……先聞いていい?」
「……………………どうぞ」
「ばはっ♡ すげー嫌そうじゃん?」
「まァ……序文を後回しにされた気分ですからね」
それはもう楽しそうな顔で「そんなに?」と笑う半間には「さっさと殺してくれ」とだけ言って、追加で頼んでいた餃子に箸を伸ばした。どうせ今のままの不良としては死刑宣告に等しいものだ。何を聞かれるにしても食わないとやっていられない。クソ、上手く誤魔化せていると思ったばかりなのに。
「左衛門って元々バケモンみたいに強かったけどさァ、中学上がってからマジの人外になったじゃん」
「今も昔も変わらず人間ですよ」
「喧嘩中にどんどん人外化してくとこはあんま変わんねえと思うけど、基礎がしっかりしてきたっつーか、体幹だけでもねえっつーか」
「人外化って……まァ、ハイ。続けてください」
「サンカヨーってやっぱそんな感じなん?」
「………………ちょっと、首吊ってきて良いか」
「あ゙? 良いワケねーだろ頭沸いてンのか」
割と本気の舌打ちを零しつつも「死ぬならオレに負けてから死ねよ」と言った半間には、幸福感もクソもない似非アルカイックスマイルしか向けることができなかった。何故ならば、今の一言で言い訳は無駄だと察したから。
いや、別に明確に負けていないだけで、私の勝ちっぱなしというわけでもないのに結構キツいことを言われた気もするが。本題はその前だ。
半間の口から当然の様に出された『サンカヨー』とは、そのまま弊学のことである。正式名称を私立
私がその女子校に在籍している前提で話をしてきた半間は、少なくとも、私が女子校に問題なく入ることができると確信しているわけで。──やっぱ死んでやり直せねえかな。ソレが一番早いし確実だろ。
ダメ? と再び首を傾げても、最近になって私の考えもなんとなく分かるようになったらしい半間には、無言で首を横に振られてしまった。どうもダメらしい。そうですか。
さて、曰く『基礎がしっかりしてきた』とはつまり、喧嘩における体の動かし方の基礎のことだ。そこで当然の様に出された
まずもって
──が、しかし。その実情はイメージ通りのお嬢様校ではない。
入試は間違いなく頭の出来と性別で判断されるものではあるが、そこに家柄や生徒の人格は加味されない。故に、所謂半グレどころではない厳つい家の子女も居るには居る。私の様な不良だってかなり居る。半間と会ったときに私がボコっていたレディースだって、校内では公然の秘密とも言える存在なのだ。校外ではただのいちレディースチームでしかないが。
そんな前提を元に入学直後から徹底的に叩き込まれるのは「いかに強かに生きていくか」を体現した教育だった。言葉遣いや歩き方に始まり、お茶やお花の作法、複数の武の心得、あとは楽器の演奏とか。
つまるところ、自分を如何に鍛え、如何にして
強く、気高く、美しく。自律し、洗練された人間として高みを目指す──意訳をすれば、何をするにも自己責任で、悪さをする場合は後始末をきっちりとし、己の力で成り上がれ。それが我らがサンカヨーの教育方針だった。清楚な人だとか、自由奔放だとか。そんな花言葉のある山荷葉の名を冠するくらいなのだから当然とも言えよう。
ここで言う『悪さ』とは──まァ、不良が山ほど居るこの時代においては、明記されずとも察しろというわけで。
つまりは、喧嘩や未成年の飲酒喫煙、無免許運転エトセトラ。それらも教師を含めた大人に証拠を押さえられず、他人から利用されない様にすれば何をやっても良い。学校を無闇にサボらず、定期テストで良い点を取って、大人の前で品行方正であればだいたいが許される。当然、同窓へのイジメ以外は、ではあるけれども。
それはそれでどうなのかとも思うことでも、それこそが我が校が誇る
──だからまァ、なんというか。前置きは長くなってしまったが、中学生としての勉強もそこそこに叩き込まれているものの中に各種武道もあるからには、当然喧嘩も強くなるというもので。
だからこそ私は、前回と同じくこの学校を選んだし、選んで良かったとすら思っている。校風を存分に使って、ある程度のびのびとやれているのだ。
とはいえ、学校で叩き込まれた他の所作も、校外ではうっかり出てしまわないように気も使っていた。座るときは脚を流さず、歩くときも肩で風を切って。下品とまでは行かずとも、間違っても上品な印象を受ける所作は封印していたのだ。面倒とすらも思わなくなってしまう程に刷り込まれたテーブルマナーだって完全に無視していた。
それもこれも、見る人が見たら立ち振る舞いだけで分かる出身校から、芋づる式に性別が知られることを危惧したからであって。──まァ、半間には気付かれていたらしいのだが。コレは何処から気付かれたのかを半間本人に聞いて確定していない以上、何とも言えないか。
「ヴーン……」
「バイクの真似? にしては全然似てねえけど」
「なわけねえだろ。もし真似するとしてももっと寄せるっつの」
「えー、今度でいいからやれよ」
「……気が向いたら練習しておきますね」
「…………なァ、もしかしてコレ聞かねえ方が良かった?」
「いや……むしろ諸々気付いてたのを早めに教えてくれてありがとうございます、なんですよね」
「や、別に早めでも何でもねえけど」
「ン゙〜……そうですか……」
「だから似てねえって」
最後の方で小さく聞こえてきた言葉については、まァ、どうせ後で聞くのだ。ひとまず考えないことにした。
行儀悪くも机に片肘を付いて「ついでにこちらからも聞いていいですか」と聞けば、隣に座る男からは「ドーゾ」なんて快い答えが返ってきた。学校についての明言はしていないけれど、そこは私の態度でなんとなく分かったらしい。当然だろう。どうせそこまでバレているのであればと、今日までそれなりに良い関係でいてくれたマブ相手に嘘を重ねる気も起きなかったのだから。
「聞きたいことは二つです。まず一つ、最初に会ったとき、私の話を聞いたのは件のお相手からですか?」
「お、正解ー。つーかその口調で私って言うと胡散臭さアガるじゃん」
「一人称は普通に素なんですよね……まァいいや、知り合いでも?」
「オマエが馬乗りになってボコってたヤツ」
「うわー……何かすみません」
口の端に付いた米粒を親指で拭い取り、ニヤァと笑った半間に「アレ、姉貴」と言われたからには──まァ、即行でカウンターチェアを回して頭を下げることしかできなかったわけだが。最早何で頭を下げたのかも分からない。完全に反射での行動だ。
無言で後頭部に手が乗った辺り、正直に言うと死神手ずからの罰も覚悟した。直後に「ま、ソレは気にすんなよ。どーでもいいし」との声が聞こえてきて霧散した程度のものだったのだけれども。
「そもそもオレが女殴る奴は許せねーみたいな奴だと思ってンの? オマエに散々吹っ掛けてンのに? しかも結局はキャットファイトでしかねえし」
「や……相手が身内だったら分かんねえなって……」
「ア? 自分の姉貴のこと好きなやつなんて居ねえっつの」
「そんなモン……?」
「そんなモン。テメェが勝てるかも分かんねえからって小学生の弟生け贄にする奴だぞ」
「そんなモンか……」
総じてそれはそれでどうなのかとも思うようなことを吐いた口に苦笑いを零しつつ。まァ、私のことを女だと認識した上で喧嘩を吹っ掛けて来ている以上、半間が言った様な類いではないこともなんとなく分かったのだ。口ぶりからして、少なくとも気付かれたのは直近ではなかったのであるし。
「ンで、二つ目は?」
「……いつ、どこで気付かれたのかな、と」
「あー……割と早い段階で察しちゃいたな」
「………………そッスか」
もう考えることすらめんどくせえな、と思って、とりあえずの替え玉を頼んだ。やはり食わないとやっていられない。
そんな私の様子を見て爆笑しながら口を開いた半間曰く、明確に違和感を覚えたのは昔に手を握られたときだそう。はて──実験のときだろうか。マジで早いな。それからも結構会ってンだろ。
「ヒョロっちいクセに手は柔らけえンだなって」
「分厚い革手袋でもするかな」
「あー、ってなったのは最初に肩に担いだとき。だから……いつだっけ?」
「……半間がしばらく来なかった時期?」
「だいたいその辺? やっぱ細えし、レディースの特服着てた姉貴から話聞いたし、
「マジであの女……」
「ひゃは♡ マジでバレたくなかったんだなー?」
「だって色々めんどくさいじゃないですかァ……!!」
顔を顰め「顔
半間とて私の顔については天使面であるという認識のままであるらしい。女がそこそこにデカい顔をしていることに、良い感情を抱かなさそうな知り合いだって居そうだ。
次いで「まァでも、だからどうって話でもねえし」なんてあっけらかんと言い放った半間には「こんなところで聞いてきた以上そうなんでしょうね」としか言えなかった。半間本人に私をどうこうしたい意思があるのであれば、今日までの間で行動に移されているはずなのだ。その辺りの線引きへの信頼はしている。半間がその気であれば、喧嘩でも他でも、相手の意思を確認する間もなく手が出る人間だということはよく知っているのだから。
よくよく聞けば、学校についても単に弊学の内情について気になっただけであるらしい。まァ──ウン、理解はできる。ただでさえお嬢様校に行ったはずの姉に、間違いなく半間が面白そうだと思う不良の話を聞かされて。しかも当時から一緒には住んでいないらしいその姉は、特服姿でソイツに殴られていたのだ。どこを取っても気になる要素しかない。
「筋トレメニュー組み直すか……くびれ消せっかな……」
「どっちでも良いんじゃね? ぶっちゃけ担がなきゃ分かんねえし」
「担げないくらいの増量か……キツイな……」
「おーおーやめとけ。つーか、運んでやってンだからそこは感謝しろよ」
「それは普通に感謝してますよ。いつも輸送ありがとうございます」
「ウワ……素直に感謝されるのも気持ち悪ィな……」
「ハ? 表出ろよ」
「や、先にその替え玉食い終われって」
「半間のド正論きめえ〜……」
「ア? さっさと食って表出ろや」
「替え玉残ってるんでしばらく無理でーす」
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