「あれ、蓮ちゃん?」
「ウン、急に来てごめんね」
私立山荷葉女学院、その敷地内にある旧校舎。暗黙の了解から教師は誰も寄り付かず、学内を中心に勢力を拡大しているレディース──
いつも教室で見る通りの落ち着いた様子で。けれど、いつもは体育でもない限り結ぶことのないまっすぐな黒髪をざっくりとひとつに括って、おまけに薄く色付いたサングラスまでかけている。
噂に聞く彼女の
そうして。一年生であるにも関わらず、様になった品のある仕草で周囲をゆっくりと見回したクラスメイトは──ただ一言「半間のお姉さんって
「はーい」
「や、アンタじゃないのは知ってる。そもそも年下じゃん」
「んふ、違くて。お友達のお姉ちゃんならそろそろ来ると思うよって話。今呼んだから」
「そう? ありがとう」
──忘れもしない入学説明会の日、保護者も連れずに一人でツンと澄ましていた彼女は、多様な見た目の人が集う場でも一際目立っていた。しかし、決して悪目立ちをしていたわけではない。小学生ながらに隙もなく、品のある所作から良い意味で人目を惹いていたのだ。漠然と、綺麗な子だなと思ったことも覚えている。
綺麗な子の隙のない真顔は凄みすらもあったから、勝手に冷たい人なのかと思っていた。けれど、途中で親とはぐれて迷子になっていた私と、一緒になって迷ってくれるくらい優しい人だったのだ。
そんな、一度説明会のときに顔を合わせただけの彼女とお友達になりたかったから。それまで以上に頑張って勉強して、入学して。同じクラスにあの日の綺麗な人を見つけたときは思わず飛び上がって喜んだものだ。
そんな彼女はやはり、あの日の通りに優しかった。それでもクラスメイトとして少し過ごすうちに、私のことは本気でどうでもいいからこその優しさなのかとも分かるようになって。実は冷たい人なのだとも分かった。
要領が良くて、頭が良くて、顔も良くて。基本的には素直に感情を表現するのに、大事な本音だけは何も見えてこない人。それが、私がこの綺麗なクラスメイトに抱いた印象だった。
そんな冷たくも優しいクラスメイトは、放課後になる度に威圧感のある上級生に絡まれていた。それも、入学してからずっと。毎日の様に鬱陶し気に目を細めるその姿は、上級生を含めた誰よりも気高く見えて──正直、沼らないわけがなかったのだ。
「あ、」
「……あの人?」
「そう」
「へえ、ちょっと似てたんだ」
旧校舎特有の古さと、長年ここでされてきた喧嘩のせいで立て付けの悪い扉が引かれた耳障りな音がする。クラスメイトが「顔とか見てなかったな」と小さく呟いた声に「そういえばボコボコにしたんだっけ」と少し笑って。扉の方に視線をやれば、今し方呼び出したばかりのチームメイトが立ち尽くしていた。
いつまでそうしているのかと「せんぱーい、サブロー君がお呼びですよ」なんて笑い掛ければ、思わずといった様に一歩下がり、私の「早く来い」の視線に気付いて近寄って来る。
かつて彼女は、このクラスメイトにボコボコにされたらしい。けれど──まあ、その程度でビビって動けなくなってしまう様であれば、
「……
「さっき言ったでしょ? 私じゃないよ」
「そう……ですか」
「ウン」
私たちのやり取りを聞いて、小さく「代理?」と軽く首を傾げるその姿すら様になるのだから敵わない。「少し前に全員蹴落としてね」なんて笑えば、そんなことをした私が総長ではない理由に思い至ったのか、いつも先輩達に向けている様な鬱陶しそうな顔をされてしまったけれども。
そんな顔にすら見蕩れてしまうのだから──正直に言えばご褒美でしかない。そうだよ、私はその顔も正面から見たかったからこそ、わざわざしがらみも多いこの地位に着いたのだ。
痺れを切らして「あの」と声を上げた先輩に、お客人も切り替えたのだろう。それまでの教室でお喋りをしているときの様な空気を一気に霧散させ、「失礼。本題に入りますね」と言った様子には少し笑ってしまった。
ああ、やっぱり。その口調ってある種のスイッチなんだ、と。また少し彼女のことを知ることができた。
内心で少しだけ舞い上がっていれば、一瞬、代理だと言い切った私に彼女の視線が向いたから──少しだけ考えて、そのままの顔で小さく頷いたのだ。好きにして、と。
「私の意図を察した上で、わざわざ、無関係の
「ッ……はい」
──わざわざ『弟さん』って言うんだ。友達なのに。
「簡単に洩らされると困るんですよ。いくら勧誘に失敗したときのタゲチェン要員だとしても」
「……はい」
「困ること、知ってましたよね。わざわざ、人気のないところで声を掛けてきたンですから」
少しずつ言葉を区切り淡々と詰る堕天使様を相手に、体の後ろで組まれた先輩の手は少し震えてしまっている。この圧を一人で受ける先輩へは「可哀想に」とは思っても、元々こうなることを想定した上でゴーサインを出したことに変わりはない。
何なら、先輩達が諸々を把握した上で有利に話を進めようとしていた時点で庇うつもりもなかった。この場合は自分達の力量を見誤った先輩達が悪い。ここはそういう世界だ。
何せ相手は、私が密かに崇拝しているクラスメイトだ。しかも、間違いなく個人で名の知れた不良なのだ。あの圧を正面から浴びる正当な権利を変わってくれるのであればともかく、無関係な時分のことを下手に仲裁して変に噛みつかれたくはない。
そもそも、当たり屋の理屈をそうと理解してなお圧で押す不良であるとは知った上で、好きにして良いとゴーサインを出したのは私であるし──ウン。やはり、何もない限りは特等席で静かに見物しておくに限るか。
「なのでまァ、今後のためにもお礼をしておくべきかな、と」
学校では「手っ取り早く敵意がないことを示す武装である」と教えられた敬語で、明確に敵意が込められた表情で冷たく言い放つ。それから、律儀にも教室でお喋りをするときの様にもう一度こちらを見たクラスメイトには両手を上げて頷いておいた。コレは喋らないといけなくなってしまったな。
「当時のメンバーなら好きにしていいよ」
「ふふ、本当に?」
「うん、必要そうなら他も呼ぼうか?」
「あはは! そうしてくれると嬉しいな。ありがと♡」
そう言ったクラスメイトは、初めて見る顔で嬉しそうに笑った。形容するのであれば悪辣、だろうか。
それでもやはり──どうしたって綺麗だったのだ。いや、何も顔だけではなく。
携帯で他を呼んでいる間にも、既にこの場に居る当時のメンバーだけを選んで蹴り飛ばし、ついでとばかりにポコポコと肩を外して行く姿は流石の慣れだとしか言い様がなく。こちらが何も言わずとも正確に選別できていることも、流石に情報屋の記憶力だと言えよう。急ぎの招集に応じて増えた先輩達を難なく相手にする姿だって、咄嗟の把握能力が高いことの証左でしかない。
便宜上立場が上になる上級生相手にも尊大で、この狭い花園でも例外なく徹底されるべきな礼儀もそこそこで。黙って見ているだけだとしても、ここには私という総長代理が居て。もれなく両肩が外されているとはいえ、間違いなく鍛えられている高等部の先輩も集っている。
そんな中で、この冷たくて優しいクラスメイトは圧倒的な力を持ってお礼参りを完遂してしまった。純粋な喧嘩の力も、我を押し通す力も、その気になれば一瞬で場を支配できるカリスマ性も。それら全てが彼女程の水準にある人はそうそう居ない。
噂に聞く二人のお兄さんであれば、もしかしたら彼女の上を行くのかもしれない。例の個人的にいけ好かない
「それじゃ……マジで怠いンで二度と周り巻き込まないでくださいね」
「……」
「返事」
「はい!!」
自分で返事を促したくせに、満足そうな顔を見せることもなく、心底どうでも良さそうに「良い返事をどうも」なんて言って。丁寧にも一人一人を正面から抱き抱えて、一度自分で外した肩を律儀にも嵌め治していく。
ああもう──もう、本当に! そういうところが優しく
ふと思い立って、肩を嵌め直しているクラスメイトの名前を呼べば、教室で聞くような気の抜けた声が返ってくる。外で不良をしているときの名前で呼び直すと、眉を寄せて「ア、待て。言わなくていい」なんて言葉も返ってきた。
言わんとすることは流石に分かるのだろう。何せ一度、聞こえないふりをされないようにクラスメイトとして呼び掛け、次にクラスメイトとしてではなく不良として声を掛け直したのだ。
「ウチの総長、なって♡」
「嫌でーす……」
「あとコレは全然関係ないんだけどさ、単車あげる」
「ハ?」
「高等部の人が総長にならなくても買ってくれるって。入手ルートは一応合法だよ」
「何で? 怖……」
「何かねー……ふふっ、貢ぎたいんだって。遠慮なく欲しいの言っちゃってよ」
「もしかしてサイコホラーの脚本志望だったりする? 良い思いさせて気付いたら術中でした……みたいな……」
「……ソレ、サブロー君にだけは言われたくないかな」
「……あは♡ 仰る通りで」
私も先輩も、チームの主力である高等部のメンバーを伸しに来た彼女へ抗わなかったのではなく、誰も抗えなかったのだ。彼女の言う様なサイコホラーらしさは少なかったとはいえ、間違いなく理不尽なパニック系スプラッタもかくやな場だった。そんな場で、レディースに属する程度には反骨精神の塊な人達が、揃いも揃って誰も理不尽に抗えなかったのだ。
何故ならばあのとき、この場での王は──間違いなくこの、悪辣な
以下創作キャラ
三条京香
クラスメイト兼レディース『
半間姉(捏造)
元巴琉兵梦副総長、現(不在の総長の)親衛隊長。名前はない。
両親の離婚以降は離れて暮らすようになった弟との仲は特別悪いわけではないが良くもない。長子だからという理由で弟を従わせる力はなかったとも言えるし、相手が半間だから仕方ないとも言える。
top|小説top