14.掬い損ねた形見の子

 戻ってきて、万次郎を救って。コレはもう安心して生きていけるなと思ったら──オレが戻ってくる少し前に、ずっと親切にしてくれた綺麗な人が死んでいたらしい。
 まァ、彼女はオレが戻る前でも死んでいたが。どうやら今回も逃げられなかった様だ。

 ならば、と春千夜と握手をしてみても何も起こらなかった。春千夜はあの人を救いたいと思っていないからか、それとも。理由は何であれ、もう既にオレには使えない能力であることに変わりはない。
 そうして、道で会った骨のありそうな少年にタイムリープ能力を譲ったのが、少し前の話で。

 こうしてレンだけは・・・生きていて、ここまで会いに来ると分かっていれば。そうであるならば、あの少年に譲らず、手元に残しておいても良かったのかもしれない。
 あの人と似た顔で笑うレンに譲るか、そうでなくともトリガーくらいにはなったかもしれないのだから。それもこれも、今となってはどうにもできない話ではあるのだが。

 そんなことを考えつつも、どう見てもこだわりのカスタムをしてあるバイクを見ながら話をすれば、想像以上に乗ってきた。どうやらセンパイから貰って・・・、自分の趣味でカスタムを施したモノらしい。
 黒く塗装されたHONDAのワルキューレ。族車にしては珍しく荷物を入れるつもりらしいサイドパニアも、躯体と同じ黒一色──なのかと思えば、その背面には銀糸の羽が刺繍されている。革のサイドパニアへの刺繍を手作業でやったというからには、随分なこだわりが伺えた。
 マフラーを外していないことだけは「珍しいな」とは言ったが、自分でやったという躯体の塗装は綺麗なモノだった。細々と施されたカスタムと大胆な塗装がされている中でも、ワルキューレが持つアメリカンバイクの良さは失われていないのだ。コイツさては、アメリカンバイク好きだな?

 そんなこんなで、かつては近所のクソガキだった子供とアメリカンバイクの話で盛り上がっていれば──丁度話が途切れたタイミングで、纏う空気が変わった。

「真一郎君ってさ、オカルトとか信じるタイプ?」

 ──刹那、喉から漏れそうになる空気をどうにかして呑み込む。その話題をわざわざ、久しぶりに会っただけのオレに言う意図に思い当たってしまったからだ。
 いや、オレのタイムリープがレンに知られているとは思っていないが。それでも、個人的に心当たりがありすぎる。

 咄嗟に下手な誤魔化し方をして、コレはバレたかと思ったら、案の定。察しの良いレンは何かを堪える様に俯いて目を瞑り、パッと顔を上げて、まだおふくろさんが生きていたときにもよく見た瞳をしていた。間違いなく、オミやオレが口で負かされる直前にしていた好戦的な目だ。

 曰く、起こるはずのない未来を何故か知っている。
 曰く、気がついたら過去に戻っている。

 その口調自体はただのオカルト的な噂話をしている雰囲気だったが、その目はそう・・は言っていなかった。オレが信じない知らないはずがないだろう、言外にそう言われたのだ。
 これ以上動揺を悟られないように、いつの間に付けていたのかすらも覚えていない煙草の煙を深く吸って。申し訳程度に、レンの居ない方に向けてゆっくりと吐く。

 ──元々、オレもよく知るレンではないクソガキが、ずっと何かに足掻いていることは知っていたのだ。うっかりで口を滑らせたクソガキに理由を話して、その能力を譲ってくれと言ったら「いくらシンイチロー君でもソレはダメだ」と言われて。
 どうにかしてワケを聞き出せば「絶対に死なせたくない人が居る」と言っていたのだが、ソイツに限って考えれば、それは万次郎ではなかったはずで。もっと言えば、姉弟の様に育ったという、当時はどこにいるかすらも分からなかったこのアメリカンバイク好きのことに違いなかったワケで。
 ソイツにとっては絶対に譲れないことだったからか、他にも似たような人がいることは聞いたとだけ教えてもらって。結局は違う奴から奪って、万次郎を助けた。

 ソレをよりにもよって、助けられた側であるはずのレンが知っていると。アイツが直接能力を譲ったのか、巡り巡ってレンの手に渡ったのか。
 どちらにしても、レンは誰を助けたくてわざわざ──と、そこで考えることをやめた。レンが助けたい人など一人しか思い浮かばなかったし、どう背後関係を邪推しても救いがなかったからだ。

「……何で、そう思ったんだ?」
「真一郎君だろ。過去に戻って、マイキーの怪我をなかったことにしたのって」
「まさか」
「……私が戻ったときに、私の知らないところで変わってたのはマイキーだけだ。どう考えてもマイキーの近くにいて、マイキーに心を砕いていた人にしかできないことだろ」

 声を落とし、愛機の話と同じくらい饒舌に話し始めた様子を見て頭を抱えてしまったことは仕方ないだろう。元々賢い子供だとは思っていたが、これは流石に想像以上だった。
 元より身内以外にそれほど興味がなさそうに見えていたとしても、ソレが他へ向いたらこうも正解が近くなるのか、みたいなアレだ。流石あの女傑の子供すぎる。

「圭介はこっちに入り浸ってた、エマも基本的に家に居なかったって聞いた。春千夜みたいな肝心なところでリアリストに化ける奴が、そんなオカルトじみた手段に縋るとは思えない。千咒は……まァ、子供だった」
「……爺ちゃんは」
「万作さんは違うだろ。後悔なんて山ほどありそうな大人だぞ。万が一タイムリープに縋ったとしても、孫一人だけ・・・・を助けるのはあの人らしくない。違う?」
「……現実的じゃねえなあ」
「真一郎君ってさ、嘘吐くとき目逸らすよな」
「そんなことは」
「考えごとをするときは無意識に煙草に手が伸びる。しかも、多少遠くても左手を使う……変わってねえな」
「………………あー、クソ」

 これはもう言い逃れできない。両手を上げ「参りました」と言えば、少し困った顔をしたレンは「別に、負かそうとしたワケじゃないんだけど……」と視線を床に向けた。

 正直、声を荒らげるでもなく、淡々とありえないを積み重ねていく考え方には舌を巻いた。しかも癖まで見抜いて詰められるとか。オレがこの歳の頃はこんなに落ち着いてなかったのだ。
 いや、レンが万次郎の怪我を知っていて、かつ明確にタイムリープの単語が出たからには、見たままの歳ではないのだろうけれども。それでも今のオレがこれをできるかと言われても微妙なラインで。

 とはいえ、わざわざこの話をオレにしたのだ。どうせ何かを知りたくて来たのだろう。そう当たりをつけ、「で?」と続きを促すことにした。

「何が知りてえんだ?」
「ンー……私の前任の確認と、タイムリープを握手でするための条件、あとは譲渡のやり方かな。譲渡されたときの感覚もできれば知りたい。ふわふわ〜とか、ぽかぽか〜みたいな感じで構わないよ」
「いや怖ァ!? めちゃくちゃ知ってンじゃねえか!!」

 正直に言って怖すぎる。わざわざ確認するまでもなく、優しい目をして話題に出した前任タイムリーパーについて「ほぼ答え分かってるだろソレ!」と頭を抱えれば、少しきょとんとしたあとでケラケラと笑う声が聞こえた。笑いごとじゃねえ。
 そもそもオレが何かを言うまでもなく、握手でのタイムリープに条件があることも、譲渡ができることも知っているらしいのだ。何だコイツ。マジで何だコイツ。

 そんなオレの混乱に気付いたのだろうか。少し困った顔に変え「色々調べてるうちに情報屋になってたンだよね。何でか分かんないンだけど」なんて、何がどうなったらそうなるのかと言いたくなる様な情報をブッ込まれる。

 ──まァでも、情報が集まる立場であるのならば。

「はー……だから色々知ってるってか」
「……ま、だいたいそういうこと。や、正直さァ、今日だって真一郎君がそうだって確証が欲しくて来ただけなんだよ。反応が見れたらそれで十分」
「エ、怖……」
「どうも堕天使らしいんでね。そりゃ多少は怖くないと」
「こんのクソガキ……オレだって黒龍の初代総長なんですけど???」
「ははっ! ソレは知ってるよ。ちゃんと」

 その後は、レンが知りたいと言っていたことを全てゲロったのだ。前任は多分、レンが思ってる奴で合ってる。トリガーの条件は意志を同じくする人、だと思う。譲渡された殺して奪ったときの感覚は──ナイフで全身を刺される感じ。
 最後の方では「小さな協力者って名前でオカ版にタイムリープのこと書いた?」「小さな……何?」「あ、やっぱいいや」みたいな、よく分からない会話もした。

 話を終え、そろそろ帰ると言ったレンがミラーシールドのヘルメットを被る。途中で「あ」と小さく上がった声には、視線だけでしか応えられなかった。何せ気力がごっそり吸い取られた気分なのだ。何で弟と同い年のガキに口で負けてンだろうな、オレ。

「真一郎君、これからしばらくは戸締りしっかりしなよ」
「怖っわ!? 何!? オレ襲われんの!?」
「襲われるっつか死ぬ」
「……エ、ソレどの立場で言ってるやつ? 情報屋? それともタイムリーパー?」
「どっちも。忠告はしたからな。ちゃんとやれよ。より良い未来のために」
「エ、ちょ……レンさん!?!?」
「じゃ、また会えるといいね」
「待って!?!?」


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