やったこともないウィリーで突撃したところまでは、まァ、とりあえずのところは良いのだ。想定通り誰も轢かずに済んだし、ウィリー自体も失敗しなかったし。初めてにしては様になっていたのではないだろうか。
それでも、その後に少し──調子に乗りすぎた。その場に居た二人共が明らかに喧嘩慣れしていないと見て、巻き込みかねない位置に居た二人を、見物料を取ると言ってまで逃がしたまでは悪くなかったはずだ。
それからは、いつも通りの喧嘩をして。そろそろ怖気付いてどこかへ行ったかなと思って確認してみれば、まさかの植え込みからじっと見られていた。結局のところ、いつまでも居なくならなかったのだ。
足元に置き去りにされた口の開いた鞄を見て、確かにこれでは帰れないよなと思ったことだってほとんど終盤のことで。鞄に気が付いた段階で適当なところに放り投げればよかったか。
──と、まァ。一応の意図はあったとはいえ、最後まで見られていたのであればただのヤバい奴にしか見えないことは自覚している。どう好意的に見ても半間や兄のことをとやかく言えた口ではない。
適当なところで解散を告げ、コレはやらかしたかなあと思いながらもヘルメットを外し。サングラスとマスクを付け直して。砂場に散らばった参考書を拾い集めながらも、どう逃げようかと考えていれば──「あの」なんて。少し高い、かつては数少ない穏やかな友達だった子の声が聞こえた。残念、逃げられなかったらしい。
愛想もクソもなく「……何か?」と聞けば、私よりも随分と小柄な女の子はガバッと頭を下げた。どうしたものか。流石に喧嘩を吹っかけられてもいない相手からカツアゲをする趣味はないのだが。
「見物料は流石に冗談で、」
「助けてくれてありがとうございました!」
「……アー、いえ。あなたに怪我がなくて何よりです」
傍目から見れば勝手に乱入して、好き勝手に暴れただけのアレを、正しく「助けた」と言っていいかというところに疑問符は浮かぶものの。まァそうだろうな、と思う気持ちもなくはない。
確かに、かつての世界線で仲良くしてくれていた友達は──橘日向はこういう子だった。
そこらの不良より余程情に厚く、恩を受ければ素直に礼が言える。かつてはそこそこに気合いを入れて隠していたはずの喫煙の跡にも目敏く気付いて、ポップコーンが好きなのだと言った適当な言い訳にも、内心は分からずとも誤魔化されてくれた。
さっぱりとしていて、明るくて。太陽みたいな子とはこういう子を指すのかと眩しくなった覚えもある。
「それで、さっきのなんですけど」
──まずい、全然話を聞いていなかった。『さっきの』とはつまり、助けてくれたのは良いがやりすぎだろうとか、そういうお小言だろうか。拳を握り込んだ姿に一瞬身構えて、次いで聞こえた「すごい綺麗な型でしたね!?」の言葉に力が抜けた。
あァ、ハイ。確かヒナちゃん、空手やってたっけな。握り拳は型を褒めるために力が入っただけらしい。
今回では間違いなく初対面であるからと、すっとぼけて「空手、やるんですか?」と聞けば、少しだけ恥ずかしそうな顔で「あそこまで綺麗にはできないですけどね」と言われてしまって。正直に言えばお手上げだった。元より、自分に向けられる純粋な好意はどうすれば良いのか分からないのだ。そこに利害関係の様な裏がなければ尚更で。
そのままズルズルと話をして、いつの間にかお互いをヒナちゃん、サブロー
生憎といつでも助けてあげられるわけではないンだけど、と、おそらくそんな下心もないのであろう言葉にどう返すか迷っていれば──公園の入り口からヒナちゃんの名前を呼びながら駆けてくる影があった。なるほど、かの神童はようやく再起動したらしい。少し時間がかかったのは頭を回していたからだろうか。
丁度手に持っていたチャート式の砂を払い落とし、中一でチャート式かよ、なんてことを思いつつ。しゃがみ込んでいた体勢から顔を上げれば──その頬には靴で擦れた砂の跡が残っていた。コレは重点的に蹴られていた服の下は結構な痣になっていそうだな。
「橘、オマエ……!」
「おっと、女の子に『オマエ』はモテませんよ」
「ぐ……」
「でもまァ、咄嗟に庇ったのはプラスになるのでは? 知りませんけど」
「知らねえのかよ……!」
「知るわけないじゃないですか」
とはいえ、今の段階で私が付けたわけでもない傷の手当てをする義理もないのだ。だからこそ申し訳程度に頬の砂を拭い、面倒なことを言われる前に適当に言葉尻を取ったわけで。頭も勘も良い稀咲が相手だ。それだけでまともに話をする気がないことは伝わるだろう。
──さて、稀咲も戻って来たことだ。特大の釣り針を示すことができたのであるし、あとはもう、いい感じに逃げるだけか。
「ではヒナちゃん、また絡まれない様に気を付けてくださいね」
「ちょ、っと待て……いつの間にそんなに仲良く……」
頭が痛いとばかりに眉間を抑えた稀咲の手は少しだけ震えていた。やはり喧嘩慣れしていないのだろう。いっそ初々しさすらも感じるその仕草を横目で眺めつつも、聞こえないフリをしてフルフェイスを被り直した。
それからは「次に変な奴が居たら無闇に関わらず、目を合わせず、近くの交番から制服を呼んでくるように」とだけ言って、その場から逃げおおせたのだ。
不良でもないヒナちゃんには連絡先を教えずに済み、稀咲にはとりあえずの存在を示すことができた。──ウン、当初渋谷に赴いた目的とは少しズレるとはいえ、コレも結構な収穫だろう。
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