渋谷で打算塗れのお節介を焼いてから数日後の新聞で、真一郎君の名前を見つけたことを思い出して。ゆっくりと、細く息を吐いた。
タイムリーパーの立場からも言っていると伝えたはずの忠告を、本気にしなかったのか。或いは、本気にした上でこうなったのか。──正直、どちらでも構わないとすら思えてしまう。そんな自分に少しだけ、ほんの少しだけ嫌気がさした。
今更自力でどうにかできることではないが、流石に。昔馴染みが別の昔馴染みのせいで死んでいるのに、興味がないとまで言い切ってしまうのは人としてどうかと思う。
知っていたのに全力で止めに行かなかったことだってそうだ。流石の私とて真一郎君の命日は覚えていたし、突撃して止めることだって、不可能ではなかったのだから。
まァ、だからと言って、特別どうにかする気もないのだが。元より、真一郎君が生き残ってしまうと、『未来を知っている』というただ一つのアドバンテージが立ち消えてしまう。
そもそもの話、全てを救うことなど全知全能の神ですら不可能なのだ。失敗続きのポンコツタイムリーパーにできることではない。
「あ、蓮ー! 今から浴衣見に行くんだけど一緒に、」
「ごめんパス」
「エッ」
「……なあ、やっぱ昔のこと怒ってンの?」
「あー……今言われて思い出した。置いてかれたのはちょっと怒ってるけど、今日はそうじゃないよ」
六本木のタワーマンション、その一室にて。当然私もついて買い物に行くのだと思っていたらしい次兄の驚く声を流し聞き、揃いであるらしい墨を入れることを断ってからというもの、時折見せる様になった難しい顔の長兄を見て。それから、小さく「授業の予習、残っててさ」なんて言って笑った。
まァ、予習をすれば授業が途端につまらなくなって寝かけしまう
ダメ押しとして「似合いそうな浴衣選んできてよ。私のために」と後半を強調して言えば、仕方ないなとばかりに息を吐いた長兄の手が頭に乗った。どうやら今回も誤魔化されることにしてくれたらしい。ありがたいものだ。
「エ、兄ちゃんマジ……?」
「可愛い妹から可愛くオネダリされたら仕方ねえだろー?」
「おっと、そうきたか」
別に『可愛くオネダリ』をしたつもりは微塵もなかったのだが。だとしても、我らが長兄が「やれ」と言うならば──このシチュエーションでの返事はYESかハイしかないわけで。
意を得たりとひとつ頷いて、両手を顎の下でそっと握り。私より目線の低い次兄に合わせ、少ししゃがんで上目遣いになる。
「ンじゃ、私にとびきり似合いそうなかっこいいスタイリング、よろしくね。おにーちゃん♡」
「………………クソ、任せろ!!!!!」
そうして、わざとらしくぶりっ子をすれば、次兄がぐぅ、と胸の辺りを押さえて崩れ落ちた。これで誤魔化されてくれるのだから我が兄ながらチョロすぎる。そんな感じで大丈夫なのだろうか。
いや、大丈夫なンだろうな。家の外では六本木のカリスマ兄弟を問題なくやっているのであるし。一声掛ければ百人は集まるカリスマは未だ健在なのだ。
そんな次兄を見て、それはもう面白いモノを見る顔で満足気に笑う長兄の耳元に口を寄せる。「ン?」とこちらに少しだけ頭を傾けてくれた長兄に、小さく「ありがとう」と言えば──少しだけ固まった後にまた頭を撫でられた。
言いたいことがあるのならば言えとも思うが、まァ、長兄はこれでいて口下手なのだ。仕方ないだろう。コレが彼なりの甘やかし方なのは流石に理解しているところだ。
それから、「絶対良いの見つけてやるからなー!」と言い残した兄を玄関から見送って。休日だからと着たままだった部屋着から着替え、単車にも乗らずに家を出た。
一応のところ、あの日に真一郎君と話せたことで、考えごとをしたいという理由自体が一人になる建前だったのだ。彼らには悪いことをしたか、なんてことをぼんやりと考えつつも──彼らの元に転がり込んで以降も、何度か足を運んでいる路地裏を進んだ。
かつて骨と皮になるまで父親に軟禁されていたアパートに程近い此処は、基本的に昼間でも人通りがない。だからこそ一人になりたいときには最適であるし、次兄がタワマンに人を招いているときの隠れ家にもなる。何となくあの広い部屋に居たくないときの逃げ場とすることもできた。
つまるところ──この路地まで
──二日前、"灰谷兄弟"と共に六本木の街中を歩いていたときから、尾けられている、或いは様子を伺われていることには気付いていた。
こちらをじっと見つめてくることはないが、見つけたときには確実に視界に映る位置にいる、六本木にある学校のどれとも一致しない制服を着た、小柄な少年。一度だけこちらも同じように視界の端に入れ、それが誰であるかを確認した時点で、曰く六本木のカリスマ兄弟ではなく、私と話がしたいのだろうなということも当然察している。
「ヒナちゃん、元気ですか?」
「……ッ、やっぱり気付いて、」
「そりゃあね。分かりやすい尾行をどうも」
振り返った先に居たのはやはりとも言うべきな人だった。黒髪で色白の、眼鏡を掛けた──そうと分かっていて誘い込まれたのであろう、肝の座った小柄な少年だった。
不良にツテもなさそうな人間が私を嗅ぎ回る時間を加味しても、やけに接触が早かったなとは思わなくもない。けれどまァ、蒔いた種が実を結んだのだ。この少年が変わらずに有能だということが分かっただけであるし、今はそれで構わないだろう。どこから情報が流れたのかは追々確認すればいい。
「そういえば名前、聞いていませんでしたね」
「……稀咲鉄太。
「…………あは! 良いですよ!」
初手で堕天使と呼ばない辺り、やはりきちんと調べを尽くしたらしい。前回で圭介を殺したことはどうしたって許さないが、対等であろうとする様に手順を踏むところは好感が持てる。
変に遜って自分の立場を弱く見せないところだって同様だ。流石の神童、保身に回す頭があることも変わらないらしい。
さて、正直なところ、今回ばかりは稀咲からの接触を得るために名前を売っていた。稀咲にとっての有象無象でいるよりも、より深く関係性を築いて、少しでも「失うのは惜しい」と思わせられる存在になりたかったのだ。そのためには彼が自分で見出し、自ら駒に引き入れたと思わせることが最低条件だった。
だからこそ、ほとんど事故みたいな形で顔を合わせたあの日より以前も以降も、こちらから特に接触はしていなかった。既に広まってしまっていたマジな黒歴史はともかく、黒歴史覚悟で情報屋を続けていたことは全てそのためだったのだ。
つまりは──上手く餌に掛かってくれたというわけで。確実に囲い込むにはあと数手、といったところだろうか。
「立ち話も何ですし寄っていきません?」
「……は?」
「秘密基地ですよ。借家としての立地は最悪ですしボロいですけど、少なくとも暑さは凌げます」
「はァ!? いや、オレは別に、立ち話でも……」
「えー? ここまで着いて来たンだったら基地自慢させてくださいよ。別に取って食うつもりもありませんし」
私よりも低い位置にある背を押し「お菓子くらいなら出せますよ? 高い味するやつ」なんて言って。サングラスの奥の目元のみで笑えば、理解できないとも言いた気な顔を向けられてしまった。
けれどまァ、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うのだ。私と話がしたいのであれば、敵陣であっても相応に振舞って見せろ──なんて。
正直に言えば、誰が好き好んで稀咲のペースに乗ってやるものか、と思っただけだった。今度こそ、上手くやるために。
top|小説top