1.あの子と私は、確かにお友達だった

 ──2005年11月1日

 銀杏並木が鮮やかな通学路を一人歩く。朝の静かな空気を浴びる時間は嫌いではない。けれど、気を抜いたらいつも同じことを考えてしまうから。だから最近のこの時間は好きにはなれなかった。

 一人になると思い浮かぶのはずっと学校に来ていない花垣君のことだ。連絡をしても返信はない。楽しいことが好きな彼だから文化祭には顔を出すのかと思っていても、結局は来なかった。花垣君は今日も学校に来ないのだろうか、とか。
 今年のハロウィンは一緒に仮装をして過ごす約束もしていたのに、と唇を噛む。結局、昨日のハロウィンはナオトと過ごしたのだ。何度メールを送っても電話をしても、相変わらず花垣君からの反応は何もなくて。嫌われたのかなとも考えてしまう。嫌だな、会いたいよ花垣君。

 そんなとき、一際強い風が吹いて顔を上げた。ふと、花垣君との話を楽しそうに聞いてくれた一つ上の友達の匂いが微かに香った気がしたのだ。
 爽やかなレモンの中に薄く香る、ポップコーンみたいな香ばしい匂いが好きだった。何の匂いかは教えてくれなかったそれがひどく懐かしくて──思い浮かんだ自分の感情にハッとした。懐かしいって、何?

 そういえば、彼女と最後にやりとりをしたのはいつだったか。道の端で立ち止まり、急いで鞄から携帯を取りだして。それから見た、彼女から最新のメールが届いた日付けに顔を青くする。いくら彼女が筆まめではないといっても、ヒナ宛てに最後の返信が来ていたのはもう二ヶ月も前のことだったから。
 何かあったのだろうか。花垣君のことばかり考えていて気が回らなかった──なんてことは言い訳にもならない。彼女だって、大好きで大切な友達なのに。

 彼女が居るかもしれないと思って辺りをキョロキョロと見回せば、道の反対側に向かいから歩いてくる人を見つけた。すらりとした背格好は彼女と似ている。今は無造作に束ねられている黒髪だって、彼女の綺麗に手入れされた髪と同じくらいの長さではないだろうか。
 しかし、もしもあの人が大好きな友達その人であるならば。どうして平日なのに制服を着ていないのか。どうして、彼女が通う学校とは距離のあるこの場にいるのか。どうして──仄かに香ばしくて好きだと思ったその指先に、煙が上がる煙草を持っているのか。

「レンちゃん!」

 朝の道路で大声を出すなんて近所迷惑だ。分かっている。それでも、人違いではないと思って叫んだ名前に反応はなかった。
 ──どうして? しっかりと彼女の方を見て呼んだのに。まさか本当に似ているだけの違う人?

 確かにあの人のフラフラとした足取りは、いつも綺麗に歩く彼女とは違う。生気のない雰囲気だって、いつも楽しそうな彼女とは違う。だから本当に人違いだったと──レンちゃんに無視されたわけではないと思いたくて、その日はそのまま登校したのだ。

 それでもやっぱり、気になるものは気になった。始業前に『元気ですか? 久しぶりに会いたいです』という内容のメールを送って、集中できないままに授業を受けて。クラスの友達に心配されながら、塾に寄って帰宅した。
 帰宅後すぐとお風呂上がりにメールボックスを確認しても、レンちゃんからの返信はない。──これはまあ、仕方ないか。元々頻繁にやり取りしていたわけでもないのだ。ただ忙しいだけなのかもしれない。

 心の何処かではむしろそうであってほしいと願って、落ち着かない気持ちのままに布団へと潜った。言い様のない不安が浮かぶその日は、何度寝返りを打ってもなかなか寝付けなかったことを覚えている。





 あれから二日後、テレビから聞こえてきたニュースを聞いて頭が真っ白になった。リビングで宿題をしていたナオトだって、手を止めてあんぐりと口を開けてしまっている。だってまさか、そんな。

『──今朝6時半頃、目黒川の下流に人が浮いていると通報を受け──所持品などから捜査した結果、遺体は今月1日から行方不明となっていた港区に住む中学3年生、灰谷蓮さんであると判明し──』

 ──それじゃあ。行方不明になっていたという11月1日の、ハロウィンの翌朝に見掛けたあの人は。人違いだと思って、無視されたわけではないと思いたくて追いかけなかったあの人は、まさか。しかも・・・、あの後に。

 手に持っていたマグカップが滑り落ちる。遠くの方で何かが割れた音と、「姉さん!!」と叫ぶナオトの声が聞こえた。


top小説top