最初は私が巻き込んでしまった。幼い頃に母と死別して以降、しばらく会えていなかった圭介と六本木で再会して、またつるむようになって。「金髪も似合うじゃん」みたいな話をした数ヶ月後に、かつて私が潰したチームの残党が圭介を殺した。
曰く、圭介が私と仲良くしていたから。曰く、これ以上女の私にデカい顔をさせないための見せしめであると。他にも何かを言っていた気もするが、途中からは話を聞く気分になれなくて聞き流した記憶がある。
私一人に喧嘩で勝てなかったからといって、一緒に潰しに行ったわけでもない圭介に目を付けて、挙句の果てはリンチで殺しだ。明らかに兄達には勝てないと踏んでの行動だったから、余計に苛立ちが募って──気が付いたらリンチ犯も、その
一人一人を丁寧に殺している最中だって、こんなことをしても圭介は帰って来るはずもないことは理解していた。けれど生憎、大好きな幼馴染を殺されて黙っていられるほどに穏やかな気性はしていなかったから。
そもそも、そこで司法に任せられる
そうして私は殺したときと同じくらい丁寧に証拠隠滅をして、荒れに荒れたまま少し生きて。とうとうどうにもならなくなったから、そのまま死んだのだ。確か、峠の崖から単車ごと飛び降りたのだったか。上の兄からお下がりとしてもらった、お気に入りの単車だった。
──それで、気が付いたら小学生に戻っていた。記憶通りに母は死んでいたものの、周囲の環境は私が知っているそのままではなく。かつては植物状態だと聞いていたもう一人の幼馴染は渋谷で
だから、今度こそ渋谷で楽しくやっているらしい圭介を巻き込まずに済む道もあるかもしれないと思って。分かりやすく安心したのだ。
最初と同じく腹違いの兄達とバカをやって、最初の様に性別のせいで必要以上に嘲られることが怠かったから、最初とは違い適当に性別を隠して喧嘩をした。これはまァ、兄仕込みの喧嘩をしていた上に、兄と同じ姓を名乗る170cmも半ばの不良だったのだ。分かりやすくスカートでも履かない限り、女に見えなくても致し方ないだろう。
そうして、最初と変わらず兄だけで少年院に入ってからも六本木で楽しく喧嘩をして。もう巻き込まずに済むだろうと思って、知り合いから誘われたチームに入った。
チームの拠点が渋谷にあることと、少し前に東卍の副総長が死んだこと。それから、何故か圭介が東卍を離れてこちらに合流したことは気に掛かりはしたが、抗争はすれどもそう易々と死人が出ることはないと思ったから。もし圭介に何かあれば、今度こそ私が守れば良いとも思っていたから。
だから、明らかに様子のおかしい東卍との抗争も、久々に幼馴染とする喧嘩だとして呑気に暴れていたのだ。──結局、圭介はその抗争で死んだ。圭介の友達だというナンバースリーに腹を刺されて、そのまま。
──1999年某日
ふわりと意識が浮上する。ぱちぱちと何度か瞬きをして、見覚えのある内装に顔を顰めて。直後に浮かんだのは「またか」なんて感情だった。
また圭介は死んで、今回ばかりは誰に八つ当たりをする気にもなれなかった私は一人で死んで、
今こうして目を覚ます前、圭介を殺した圭介の友達だという少年は、喧嘩ができるほどには元気なマイキーに殺されていた。六本木でフラフラと喧嘩に明け暮れていた私をチームに引き込んだ知り合い──もとい、稀咲が裏で手を引いていたことも何となく理解はしていた。
けれど圭介が二度も死んだ中で、流石に稀咲を殺しに行く気力はなかったから。前回のアレだって、私をチームに誘ったくせに東卍側に居た稀咲の考えそうなこともなんとなく察した上で、碌な策も立てずに慢心した私の落ち度だ。
──いや、まァいい。今は後悔よりも記憶のすり合わせが先か。今度こそ、どうにかできるかもしれないのだから。
記憶通りに、母は別れて暮らしていた父だと名乗る男に殺された。齟齬はない。
記憶通りにその現場を見てしまった私は、顔だけは綺麗なその男に連れ去られた。コレも齟齬はない。
それで、六本木の外れにあるこのボロアパートで副流煙を浴びて、ソイツに殴られながらも屍の様に生きている。ここは今までと同じだ。
──が、しかし。また戻ってきてしまった以上、いつだって確実に終わることを知っているこの生活を、今まで通りに無理して続ける必要もなく。
また今回も圭介が死んでしまうことは絶対に嫌だ。オカルト的に時空を超える程にはトラウマなのだ。勘弁願いたい。
そうでなくとも個人的に、私が楽しくもないこんな生活を無為に続けたくもない。そもそも、一方的な暴力に無抵抗で耐え続けること自体が性に合わなかった。
だから──というわけでもなかったのだが。単純にイラついたから。単純に毎度母を殺して、毎度私にまでお門違いな暴力を向けるクソ親父だけは、何度でも苦しみ抜いた末に惨たらしく死んでほしいと思ったから。
元来の気性の前ではどう足掻いても建前にしかならない理由なんて後付けでも構わない。とにかく、仮にも自分が撒いた種を懲りずに殴ろうとした男の足を払ったのだ。
咄嗟のことで情けなくも尻もちを付いた足の間に、机に置いてあった重い灰皿を振りかぶる。直後に聞こえた何かが潰れた様な軽い音と、飛び散った山盛りの吸い殻から臭う特有の生臭さに眉を顰めて。次いで、場違いにも小さく安堵の息を吐いた。
今日まで碌に物を食べていなかったせいで、栄養状態は最悪だ。逃げ出す気力もその後の希望すらもなく、碌に動かずに日々が過ぎることを待っていたからか、筋肉の具合も最悪だった。灰皿を振りかぶっただけで背中が痛む。
それでもどうやら、魂レベルで染み付いた喧嘩の動きは完全に鈍ったわけでもないらしく。この数ヶ月を屍の様に生きていたにしては上々ではないだろうか。
血の気をなくして蹲る姿を無視して肩を回し、固まった健が切れてしまわないように脚のストレッチをする。それから、私に与えられていたボロアパートを着の身着のまま飛び出した。
途中、父親だった男の尻ポケットに突っ込まれていた財布をスることを忘れなかったのは満点だろう。それなりの現金と身分証が入っていることは知っているのだ。これからどう動くにしても、これさえあればひとまずはどうとでもなる。
この男がかつて置いていったものを勝手に使っているだけのぶかぶかなパーカーも、乱雑に脱ぎ捨てられていたものを引っ掛けただけのサンダルも。全身が煙草臭くて、骨と皮だけの身綺麗とは言えない風貌で外に出ることも。全部全部、あの行き止まりの地獄から逃げられたらどうでもよかったのだ。
今はとにかく「絶対に生き抜いてやる」ということしか頭になかった。何せ私は、今日までみたいなノイローゼ気味の子供ではない。大丈夫だ。今を上手く生きて、もっと上手く動いて。
そうすれば、今度こそ圭介は死なず──私も、好きに生きることができるかもしれない。
家だったボロアパートを飛び出してからかれこれ数時間が経つ。途中で絡んできた不良を金的で沈めつつも、これからどう動くべきか考えて。
今後を決めるために何よりも優先すべきは、落ち着いて情報を擦り合わせるための拠点だと思ったから──より手っ取り早く拠点を確保することにした。要は拠点を提供してくれそうな兄に会うことができれば良い。
具体的には狭くて物が多い路地に入り、元々それほどなかったところから更に削げ落ちた筋力をカバーするために、その辺のゴミ箱の蓋を振り回して不良をタコ殴りにしている。──ウーン、我ながら治安が世紀末。
事実、今が20世紀末であることに変わりはないのだが。コレはそういう話ではなく。
アパートを飛び出す前に見たカレンダーからして、この時期の兄は六本木で暴れているはずだった。六本木の路地で明らかに年上の不良相手に暴れる子供が居るともなれば、いずれ彼らの耳に入る。彼らの興味を引かないわけがないとも確信している。
何せ揃ってとことん自由な人達なのだ。観戦目的にしろ乱入目的にしろ、こんな
「ウーワ、死屍累々じゃん」
「は? コイツらこのチビに伸されたの? マジ……?」
──いや、本当に釣れるのかよ。顔を見ずとも分かる楽しそうな声も、同じく顔を見ずとも分かるドン引いた声も案の定で。正直、少しだけ気が抜けてしまった。
気も抜けたままに顔を上げれば、視界に入ったのはよく似た顔をした二人組だった。相変わらず、私を基準にすると顔が似ているのは弟の方か。パーツの位置がよく似ている。
「よォチビ、楽しそーなことやってンじゃん」
「……灰谷、」
「何オマエ、オレらのこと知ってて暴れてたン?」
「灰谷
彼らの苗字を口にした途端にストンと表情を消し、今にも拳が飛んで来そうな長兄の言葉はひとまず無視することにして。「知らないわけがないよな?」の感情を込めて首を傾げれば、綺麗に染まった派手な髪色をした兄弟は垂れた目を揃って見開いた。反対に、少し目を細めてしまったのは最早仕方がないことだった。
──懐かしいな。時期はそれぞれで微妙に違っても、はじめましては毎度こんな感じだった記憶がある。
私は何度か経験していることだとはいえ、彼らにとっては初めてのことだ。そんなはじめましての彼らでも、今の言葉でその顔になることは当然だった。
何せ、今出した名前はこの二人の父親なのだから。ついでに言えば、私があのボロアパートに置き去りにしてきた人の名前でもある。確かその身分証はスってきた財布に──見つけた。
「
名刺交換の様に父親の身分証を差し出し、いつかの様に自己紹介をすれば、身分証をすんなり受け取ってくれた兄の方から「左衛門三郎……ってか
──いや、そこかよ。ガリガリな見た目からは分かり辛い性別と珍しい姓に引っかかるのは分かるが。
次いで蹲っている不良達に目を向けた弟の方から聞こえてきた「あー、だから……」は『女だから容赦なく金的ができたのか』とか、その辺りだろう。続く言葉は定かではないが、正直に言えばどうでもいいことなのだ。容赦のなさで性別が割れそうな金的だって、まともな喧嘩ができるくらいまで持ち直せば封印するつもりでもあるのだから。
話を聞いてもらえそうな雰囲気になったことを確認して、一応の体裁として「どちらがお兄さんですか?」と聞けば「ん? オレ」と綺麗に結われた三つ編みを弄る兄の方から声が上がる。──大丈夫だ。私は二人を知っていても、二人は私を知らないからと聞いたことにも普通に答えてくれた。だから今回もきっと、上手くやれば押し切れるはずで。
「家出してきました。拾ってください」
「……何かその言い方エロいなー?」
「見ての通り、ある程度なら喧嘩ができます。嫌でなければご飯も作ります。掃除も頑張ります」
「無視かよ。もしかして案外生意気だったりする?」
「失礼、耳が遠くて」
「ウワー……結構マジで生意気じゃん?」
明らかに聞こえている私の方便に繰り返し生意気だとは言いつつも、楽し気な顔をした兄の方は私をヒョイと抱き上げた。わざとらしい敬語を消し飛ばして「家、どこ?」と聞けば、弟の方からは「厚かましー……」なんてドン引きした声が聞こえてくる。
弟の方相手には交渉失敗にすら見えるこの様子でも、前回もこの調子で乗り切ったことを考えれば──おそらくは大丈夫なのだ。多分。確証はない。彼らの懐の深さとこれからの私の頑張りに期待するしかない。
でもまァ、この兄弟の最終的な決定権は兄の方にある。この場で兄が「面白そう」だと押し切れば、その時点で弟は逆らえないのだから。この場はそれで良かったのだ。
──その兄が「面白そう」だと思うことが、正しく弟以外の他人に構う兄を見た弟の反応だったとしても。拾ってもらえるのであれば、それで。
あの後、情けなくも体力が尽きて、思いきり船を漕ぐ私の様子を気にすることもなく。ノリノリで「蘭って呼んでみ? ら、ん。言えるかー?」と言う兄の方と、その隣で「コッチは竜胆。竜ちゃん♡ って呼んでやれー?」と勝手に紹介されたこともあって微妙そうな顔を崩さない弟の方に連れて行かれたのは──彼らが家としているタワーマンションの一室だった。
相変わらずリビングが広すぎるな。しかも洒落たバーカウンターまであるのだ。散らかっていること以外は私が放り込まれたボロアパートとは全然違うじゃないか。そんな感情で舌を打ったのも今回で三回目だった。知っていたことではあれど、少しの舌打ちくらいさせてほしい。
その日はそのまま、話を聞く限り今度も快く兄になってくれるらしい人に抱えられたままに寝落ちした。下の兄の引いたような声も聞こえた気がするけれど、まァ、致し方ないだろう。
彼ら相手の危機感云々は私からすれば今更であるし、寝ている間に殺されるのであればそれまでの話だったわけで。
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