「──ええ、では。また後ほど」
自室の椅子に座ってしていた稀咲との通話を終えて、一度ゆっくりと息を吐く。その足で自室の扉を開けると、無音で笑い続けている兄が二匹転がっていた。
息も絶え絶えな様子で「ホント、サイコーだわ」なんて言う長兄は、まァ、ひとまず放置で構わないだろう。笑いのツボに嵌った
「……もう、ンふっ、喋って良い?」
「どうぞ」
「サブロー、マジでイカレてんな」
「どうも」
「しかも何? オレが『日替わりで女侍らせてる傾国』って。オマエそんなこと思ってたの?」
「お盛んだな、とは思ってる」
「……マジで?」
「マジで。そのうち擦り切れて小指になりそう」
「ソレは流石にねーよ。怖ェこと言うな」
──さて。怒涛の舎兄語り、もとい稀咲との定期報告会であったわけだが、今日に限っては観客が居た。言わずもがな、舎兄本人である。
一応稀咲には、電話の最初で周りに人がいるとは伝えてある。が、しかし、それが噂の舎兄語りを聞きたがった兄であるとは伝えていない。
どうせ一人ではないと伝えた以上、稀咲が聞かれて困る様な計画の話はほとんどしないのだ。そういう場合の連絡事項は後でメールを飛ばす取り決めをしてあるからには、少なくとも表面上に大した問題はない。舎兄二人も楽しそうだし、良いンじゃないかな。どうでも。
「いやー……面白えモン聞いたわ」
「妹の電話を盗み聞きした感想は?」
「サイコーにイカれてて流石オレらの妹♡ って感じ」
「マジでそれ。設定でアレだけ言えるのはすげーよ」
「そりゃどうも」
その後も「確かにコレはネンショーでも噂になるよなー」とか「もうマカデミーの最優秀主演女優賞モンだろ」なんてことを言う兄達をフルシカトしつつ、また部屋に引っ込んで稀咲から飛んできていたメールを確認する。
件名はなし。中身は──要約すれば、上手く掌握したらしい愛美愛主の拠点がある新宿にて近いうちに勧誘を行う、協力しろ、と。
──ふむ。明確な個人名が書かれていない以上、コレはいつもの私が脅しを掛けて稀咲に流すときの文面ではない。ということはつまり、私が既に知っていて、勧誘に協力できる程に親しい人が相手であると。
さて、そもそもの話。情報屋としての付き合いはそこそこあれど、私自身は特に親しい人が多く居るタイプではない。しかも六本木の不良や渋谷の幼馴染ではなく、新宿にいる人間と来たら──前回のことを考えても、稀咲が私の周辺をこっそり探っていることを考えても、稀咲が駒にしたがる人間など一人しか思い浮かばないわけで。
「……まァ、半間だよな」
どうも私のことを一を話せば百を知る頭だと評価しているらしい稀咲にひとつ息を吐いて。それから、メールの返信画面を立ち上げた。件名──は、稀咲にならって空白で構わないか。
「流石に、詳細を知らない計画には、乗れませんので、悪しからず……と」
呼び名に違わない神童からの評価は、今までの積み重ねが無駄ではなかったと実感できるし、素直に嬉しいとも思える。ただ──過大評価のきらいがあるのは如何なものか。信頼を勝ち取るためだとして、毎度毎度期待以上を飛び越えるのもそろそろ怠いものがあるというのに。
送信ボタンを押し、今日のすべきことは終わったとして携帯をベッドの上に投げ置いた。飯は終わった、日課のトレーニングも風呂も終わった、片付けも終わった。洗濯はタイマーを掛けたし、ゴミ捨ては明日やればいい。ならばあとはもう寝るだけだ。
「おやすみーー!!」
既に兄も揃って戻っているであろうリビングまで聞こえる声量でそう声を張れば、同じく緩く張られた声で「おやすみー!」と返ってくる。今の声は次兄だけだったか。それでも何ら構わない。
──寝るぞ、私は寝るぞ。今は稀咲の駒として、兄達の舎弟として、いち学生として多忙を極めているのだ。長兄がおやすみを言うためだけに襲撃してきたとしても、サクッと寝てしまえばベッドに潜り込まれるだけで済むのだから。
top|小説top