「稀咲ぃ」
「何だ」
「オマエさあ、いつから左衛門とトモダチなん?」
やけに親しそうな稀咲と左衛門の会話を聞いている途中で浮かんだその問いは、本題である愛美愛主の話を終えて駄弁っている最中に──ほとんど無意識で口から出ていた。我ながら女々しいにも程がある。稀咲がいつからあの、新宿から六本木までを走って帰ると言った人外とトモダチだったか、なんて。聞いたところでだから何だという話なのに。
「いつから……一年前くらいか……?」
「へえ」
「割とどうでもいいときの左衛門と似た様な反応をするな」
「……ばはっ♡ 結構的確じゃん?」
何かを思い出した様子で嫌そうに眉を顰める稀咲に思わず笑ってしまった。確かに、どうでもいいときと最高に頭が回っていないときのアイツはこんな反応をする。
しかし、そんな姿まで知っているということは。
小さく「ホントに仲良いンだ」と零せば、眉間を抑えた稀咲は「揃いも揃って何なんだ……」と呻いた。そんなことを言われても。オレはオレだし、左衛門のことはオレに言われても知らねえし──なるほど、引っ掛かっていたのはコレか。揃ってランドセルを背負う時期からつるんでいるのに、何も知らなかったのだ。
左衛門が臆面もなく友達と言い切る人間が、自分と、いつかに聞いた、もうしばらくは会っていないらしい幼馴染以外に居たことを。
左衛門がアニキと呼ぶ奴らのことを、名前が出ただけでウザがられる程に心酔していることを。
正直、もっと明確に線を引く淡白なタイプだとすら思っていた節もあったというのに。オレと同じで根っこではそれほど他人に興味がないのかもとすら思っていたが、実はそうでもないのかもしれない、なんて。
「やー……全然知らなかったな、って思っただけ」
「は……? 親友なんじゃなかったのか?」
「ア゙? オレはそう思ってるけど?」
「急にキレるな。オマエが言い出したんだろうが」
そういえば、左衛門はよく喋る割に、自分のことは聞かれるまで言わない
や、まァ、流石にソレが赤の他人だとか、完全に架空の人間だとは思っていないが。それはそれ、これはこれだ。
──正直に言えば。左衛門の名前についても、左衛門が舎弟に甘んじる誰かについても、どうでもいいから聞いてこなかっただけではある。
かつて、何故かフルネームで名乗られた"左衛門三郎"が本名でなかったとしても、その名前を呼べば反応が返ってくる。だったら、本名なんてモノはどうだっていいとすら思えてしまうのだから。
腹が鳴るまで楽しく喧嘩ができて、適当に口を開いたら似た温度で返ってきて。ノリも大概似ていて、オレの肩の上で呑気に寝落ちすることだってある。
そんな奴とは、隠しごとをしていることすらも分からない程度の付き合いをしてきたつもりもない。オレだって逐一全部を共有しているわけでもない以上、ソレはお互い様だ。元より、互いのことを全て知っていなければ気が済まない様な関係でもない。
つまりは、互いに
「ンー……」
「今度は何だ」
「やー? 今度会ったら一発殴ろっかなって」
「急に物騒だな……」
そう言って眼鏡の位置を直した稀咲には「いつものことだっつの」と適当に返して。ふと、聞いていなかったことを思い出した。
左衛門はオレがここを気に入ると思ったからこそ、ここにオレを一人で置いて行ったのだ。もっと言えば、愛美愛主はオレが左衛門と居なくても退屈しないと思って置いて行った場なのだ。左衛門の口振りからして、ソレは長内や愛美愛主そのものではなく。どう考えてもその対象は、オレが心の底から興味を惹かれて、あの左衛門が『本当に友人』だと言った稀咲であるわけで。
「稀咲ぃ」
「今度は何だ……」
「オレにさァ、稀咲のこともっと教えてよ」
左衛門は稀咲の様に、灰色の世界を鮮やかに色付けてくれる奴ではない。何なら、いつも眩しそうに世界を見ているアイツとは、色のない世界を共有することだってできやしない。
それでもアイツは、気が向いたときに、眩しい世界を遮るための薄いサングラス程度の色味を付けてくるような奴で。そういうところで目算を誤りはしないと分かっているからこそ、どうしても気になったのだ。
「は……? 何で」
「フツーに気になる♡」
「怖……」
左衛門のモノとは違う、眩しさを遮ることなどできないレンズの奥で、スっと目が細められたのを見た。
──そういえば、今日のアイツのサングラスは薄い水色だったか。物理的に、少しだけ世界が色濃く見えるフィルターの色だ。
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