──2005年7月4日
職員会議で学校が早く終わった今日は、放課後に愛美愛主の拠点に顔を出し、稀咲との定例報告会をした。
それを終えてからは、その辺に居た稀咲のお友達を捕まえて舎兄語りをしていた。相手は違えど心酔する人がいる仲間な稀咲の
少し前に語ったこともあり、いつもより多少薄い内容を、声と身振りに込める熱量で誤魔化して。今日のサングラスは竜胆の兄貴が選んでくれたものだとか、相変わらずセンスが神がかっているとか。
そのうちに開き直って「サイコーなところは何度でも語りたい」のスタンスで、マシンガンもかくやな勢いで話していれば──とうとう、鬱陶しそうな顔をした稀咲に拠点を追い出されてしまったわけなのだが。
「あちー……夕方でコレとかおかしいだろ……」
「へえ、そんなに?」
相変わらず日差しもキツくなってきた夏。稀咲の耳として動く中で訪れる機会も増えた新宿から、珍しくも平和を求めて少し移動した渋谷にて。
「左衛門の暑さ耐性マジで何? 冬はだいたい死にそうな顔色してンのにさァ」
「堕天使らしいンでね。禍々しい冷気でも出てるンじゃないですか?」
「その理屈だと
「うわ、バレてら。つーか普通にちゃんと暑いですよ。冷え性もあって多少マシな程度です」
「ウオッッ……マジで手冷てえじゃん……」
それで。総長である長内が
いや、というか──アイス以上に溶けそうだな、コイツ。
「……ゴリラの癖に何でそんな手冷てえの?」
「誰がゴリラだ。冷え性だっつってンだろ」
「ソレでまだ筋肉足りねえの? ヤバくね? 冷え性解消すンならいよいよゴリラしかねえじゃん」
「本格的に目指すか……ゴリラ……」
「ン゙ッ……今笑わせんなつったろ」
ふと、こんな気の抜ける会話をする機会も増えたことが急におかしく思えて、少しだけ笑ってしまった。
最近の半間は愛美愛主関連で基本的に稀咲の傍に居るし、元々私は稀咲の使いっ走りとしてそこそこの頻度で新宿へと顔を出していた。新宿には行っていたとて、わざわざ歌舞伎町の何処にいるかも分からない半間のところまで会いに行っていなかっただけなのだ。そりゃあ、半間の居場所が定まった今であれば顔を合わせる機会も増えるだろう。
──まァ、少し前の勧誘で無事に愛美愛主入りした半間とよく会う様になったことは、別に良いのだ。結局のところは、顔を合わせれば喧嘩か飯か、たまにゲーセンで遊び倒すかしかなかったところに、何もせず駄弁る時間が増えただけなのだから。元よりウマも合うことだ。ただただ駄弁る時間が苦になるはずもない。
とはいえ、明らかにバテているこの状態だと喧嘩をする元気も、この渋谷から更にどこかへ移動する元気すらもなさそうだ。珍しくも「今マジでだりぃし絡まれたくねえ」と言った半間の申し出を受けて、ならば適当に流すかという話になったわけであるし。
そうして。アイスと一緒に買ったスポドリのペットボトルと、ついでとばかりに冷えた手で半間の首を冷やしていると──道を挟んだ先にある空き地から、元気な声が聞こえてきた。
聞けばどうも、渋谷三中の二年生を溝中の不良が探しているらしい。学校終わりに喧嘩でも売りに来たのだろうか。体力死神級の半間がダメ押しでバテる程には暑さもあるというのに、元気なもので。
「うっせーなァ……左衛門ー、アイツら黙らせて来いよ」
「え? 嫌です」
「即答かよ」
「つーか多分、今行かなくてもそのうち静かになると思いますよ」
「何で?」
「渋谷三中の二年は修学旅行中なんで、そもそも渋谷に居ません。噂を聞いた三年が出てきて終わりです」
「……そういやオマエ情報屋だっけ?」
多少は持ち直したらしい声で「普通に忘れてたわ」なんてことを言った半間に、そうだろうなと思いつつ。「とりあえずコレ全部飲んでください」と、温くなったスポドリを押し付けていると──空き地からの声が一際大きくなった。ようやく三年生のお出ましらしい。
コレで静かになるかと視線を向ければ──どうもそんな雰囲気ではなかった。
「全然静かになんねえじゃん」
「あれー? あそこの三年って東卍のはず……下っ端だけど……」
「……稀咲が狙ってるとこ?」
「そうです。それで東卍自体は、所謂
上体を起こし、呆れた様に「教育大失敗じゃねーか」と呟く半間の声を聞き流しつつ。記憶を少し探りつつも、どう見ても私や半間の様な一方的なリンチをする姿をしばらく眺めて。それから、少し前に耳にして精査していない情報に思い当たった。
彼らが噂に聞く"問題行動を起こしている東卍"であっても──そうでなくとも──上手く使えば化けるだろう。そんな考えの元に携帯を取り出し、メール作成画面を開いて。少し考えてから電話帳を開き直す。
本格的に計画が実行段階に入った今、計画自体を文字に残すべきではない。
加えて、この距離ならば半間以外に聞こえることはないのだ。少なくとも、一方的な喧嘩を続ける彼らの様に声を張らなければ。
御用伺いに拠点まで戻ることも考えたが、ここに戻って来たときには誰も居なかったら意味がなく。半間を置いて行くにしても、半間は乱入の前科が山ほどあるからには、見張りなんてモノは確実に向いていないわけで。かといって、気分屋な半間を使いっ走りにすることだって確実ではなく──ウン、やはり電話が一番早いな。
「……なに、稀咲?」
「ええ、使えそうなので一応のお伺いを」
「ひゃは♡ マジで忠犬じゃん?」
「友達ですよ。建前上は」
「建前かよ」
「ええ、まァ。向こうがどう思っているのかは知らないので」
いくらこちらが何の背後関係もなければ普通に気も合うと思っているとて、基本はただの都合のいい使いっ走りでもある。かつては面と向かって『ダチになりたい』と言われたとて、本当に信頼されているのかも微妙に分からないのだ。だからこその建前だった。
ワンコール、ツーコール。違うことでもやっているのかとは思いながら、笑う元気くらいは回復したらしい半間と駄弁りながら。そうしてのんびりと待っていれば、機嫌の悪そうな稀咲が電話口に出た。どうも帰宅途中で周囲に人が居たらしい。
『何だ』
「近くで東卍の下っ端がはしゃいでるんですけど、使いますか?」
『はしゃいで……?』
「ええ、どうもチームとしての方針から外れたことをやっている気がしまして。弱みを握って、こう、上手いこと稀咲の計画に組み込めないかなと。稀咲であれば、チームから孤立させてしまえばどうとでもできるでしょう」
私のあまりにも適当な説明に、ベンチからは「雑かよ」なんて笑い声が聞こえてくる。仕方ないだろ。おそらくあるはずの『弱み』はまだ彼ら本人であるとは確定させていないし、違った場合に弱みとする細工すらもしていない今の時点では何とも言えないのだから。
『は? まだ半間と居るのか?』
「ええ、まァ。さっきまで介護してたんで」
『介護……?』
「さっきまでバテバテだったんですよね。稀咲と一緒に居るのが楽しくてはしゃぎすぎたらしくて」
「うるせえぞー」
「あ゙? お前が一番うるせえよ。電話中くらい静かにしろ」
『エッ』
「え?」
自分の口元を指で叩きながら「敬語、戻ってンぞ」と小声で笑った半間の向こう脛を蹴り上げる。気を取り直して「ンなことはどうでも良いんですよ」と、電話の向こうの稀咲と話を進めることにした。
いや──まァ。脛を押さえて呻く半間からは汗の滲む目元でガンを付けられているのだが。コレは半間がうるさかったせいなので無視で構わない。流石に夏バテ明けで、かつはしゃぎすぎてバテる程に気に入っている稀咲との電話中に手は出してこないだろう。八つ当たりもかくやな蹴りにマジ切れ数秒前の顔をしていたとしても、だ。
何より、怒りの瞬間最大風速は死神級でも、気まぐれ故にそう長くは持たないことは知っている。電話を終える頃には落ち着くとみた。
「ンで、上手く行けば幹部クラスのパイプができます」
『そんな簡単に言うことじゃねえだろ……』
「え? ええー……昔のご近所さんな総長と会うだけですよ? 場所さえ作れれば簡単じゃないですか」
『はァ!? 先に言えそういうことは!!!』
「言ってませんでしたっけ? 幼馴染です」
『今初めて聞いたぞ……!』
そうして、しばらくは「クソ、計画の練り直しが」とか「喋りすぎたか……」とか「いや、でも上手く使えればこのまま……」なんて。一通りブツブツと
曰く、確実に孤立させられる弱みを握り、それと並行して総長にパイプを作れ。やり方は任せる、と。明らかに聞かせる目的ではなさそうだった独り言についてはスルーしておいてあげるとするか。いい加減稀咲は私の優しさに感謝すべきだ。
「幼馴染ってあの?」
「ええ、幼馴染のマイケル君です。もう全然会ってませんけど」
「……どうすんの?」
「取り入る」
「ばはっ♡ すげえ簡単に言うじゃん。パイプだけじゃねえのかよ」
「やろうと思えば簡単ですよ。一応のところは東卍が帰るまで見ておくつもりなんで、半間は帰ってもらっても構いません」
少し先で行われている
どうせ飽きて帰るだろうと思って言った言葉は、しばらく考える様な間の後で吐き出された「や、待つわ」の声で呆気なく潰えた。
「珍し……何で?」
「面白れーモン見れそう」
「人の根回しを面白いとか言うンじゃねー……」
上機嫌に立ち去る渋谷三中の三年生から聞こえてくるのは「
加えて、人のことは言えた口ではないが、どう考えても奴隷と同意義の兵隊なんて──趣味が悪いことに変わりはない。全くもって人のことを言えた口ではないが。
「趣味悪ィ〜……」
「んふ、半間にも倫理観ってあったんですね」
「あ? オマエ、オレのこと何だと思ってンの?」
「死神」
「あー……つーかまずさァ、あの程度の喧嘩で兵隊持てるって思えるってのがスゲーよな」
「……まァ、同感ですね」
思い上がりも居なくなったとして、適当に半間と駄弁りつつ。明日以降の予定を組み立てていれば──微かに聞こえる泣き声に混ざって、一際大きく、悔しそうな声が聞こえた。
それまでの悔しさとはまた違う「分かったよ神様!!! オレの人生クソだって言いてぇんだろ!!?」なんて声だ。
隣からは呆れを隠さない「中二で人生語ンのかよ」なんて声も聞こえてくるが、まァ、大体の感想は同じだった。適当に「中二ですし、モロそんな感じでしょう」なんて言って。「堕天使に言われると説得力増すじゃん」と笑った半間の肩を、これまた笑いながら軽く殴った。
──半間相手には、彼を心底馬鹿にした態度でそう言ったものの。正直なところ、コレはもしやと思ってしまったことも確かだ。
まずもって、真一郎君はかつて、通りすがりの名前も知らない少年にタイムリープの力を譲渡したと言っていた。今、中学二年生の彼であれば、あの時分に『少年』だと表現した真一郎君の感覚とも計算は合うといえば合う。
本当は彼らに直接関わることなく計画を進める気でいたが、まァ。まだ何も動いていない以上、いくらでもやりようはある。作戦を変更して、ただの中学生には聞こえない悔しさを滲ませた兵隊本人に取り入っても何ら問題はない。
そうして。外していた手袋を付け直し、すぐ傍に停めていた単車のサイドパニアから、常に入れてある救急セットと折り畳んだリュックを取り出して立ち上がる。
同じ様にベンチから腰を上げ「フローレンス作戦?」と首を傾げる半間はどこからどう見ても着いてくる体勢だった。──はて、手の甲に墨が入った長身痩躯の男を連れて行くなんて、無駄に警戒させてしまうだけなのではなかろうか。
どうしたものかと首を傾げ、丁度いいやとお使いを頼むことにした。
一応、半間が『フローレンス作戦』と言った通り、救急セットを投げ入れたリュックの中には手当てにも使うことができる新品のタオルが入っている。ただ──流石に、遠目でも確認できる人数分も入れていないのだ。普段はどうしたって五枚もタオルは使わないのだから。
「半間、新しいタオルを一本買ってきてください」
「は? パシリ?」
「失礼な、お使いですよ」
「……本音は?」
「シンプルに邪魔」
「ばはっ! 正直で結構♡」
「それでも酷え〜」と笑う半間には、千円札を一枚抜いた自分の財布を投げ渡す。「駄賃として好きに使ってくれて構いません」と言えば、若干微妙そうな顔に変えながらも、同じくすぐ傍に停めてあった自分の単車に乗ってコンビニのある方へと消えていった。
去り際に「オレのこと平気で邪魔者扱いすンのなんてオマエくらいだからな」なんて肩を小突かれたからには、まァ、許可した通りに使い込むつもりなのだろう。
とはいえ、半間を邪魔者扱いした挙句にパシるからには正当な報酬だ。元よりそのつもりで財布ごと渡したのであるし。
半間の煙草をカートンで買われたとしても、勝手にスロットを打たれていたとしても特にこれといった文句はない。好きにしてくれ。ハナから使い込まれて困るような額は入れていないし、見られて困る様な身分証の類も抜いてあるのだから。
それから。何をどう話してお節介の建前にしようかと考えつつも、小さく啜り泣く声が聞こえる空き地の方へと歩みを進めることにした。とりあえずは手元に残した千円で水を買わなくては。
top|小説top