30.どこかの少女漫画好きには知られるな

「……あの、サブロー君」
「……………………ハイ」

 次兄が言った余計な一言で、アッくんはようやく本当の目的を言う気になったらしい。言わないならそのまま解散でも良かったのだが。どうも、そう上手くはいかないらしい。
 次いで聞こえてきたのは、蚊の鳴くような「メアド、教えてください」の声だった。──何で?

「ははは!! "アッくん"めっちゃ緊張してんじゃん!!」
「そりゃしますよ!!」
「オレらのはー?」
「ア、大丈夫です。何か怖いんで」
「ハ?」

 彼らと軽口を飛ばし合っているのが、他の誰でもなく、アッくんその人であるという事実に理解が追い付かない。少年院上がりでもないアッくんが、少年院上がりで間違いなく手の付けられない不良の一角である"灰谷兄弟"に萎縮しないとは。彼らにしては余程平穏な話し合いをしていたらしいことくらいしか分からない。

 アッくんの何かが琴線に触れたのだろうか。よく分からないけれど可哀想に。変に気に入られてしまったらしい。
 まァいいかと一つ息を吐いて。それから、長兄に無理矢理連絡先を交換させられそうになっているアッくんの携帯の前に手を翳した。舎弟でもない子が嫌がっているのに無理を通すな。

「やめてあげてくださいよ。アッくんが可哀想でしょう」
「は? それを言われたオレの方が可哀想だろ」
「なら言い方を変えますね。六本木住みでもない子と"灰谷蘭"が連絡先を交換して、何に使うつもりですか?」
「普通にお話するだけじゃん?」

 明らかに何かを面白がるときの顔で「何が悪いのー?」と笑う長兄は、果たして誰を面白がっているのか。それが分かったものではないからたまに気味が悪いのだ。──まァ、どうせ私だろうけれども。

 長兄と共に私を引き止めた次兄も、長兄と似た様な表情で口を挟まず。私は私で、敬愛する舎兄相手にメンチを切り、ドスを効かせた声を出し。あまつさえ、その行動を否定し、阻止しようとまでしている。普段、家の外であれば絶対にしない振る舞いをしている自覚はあった。家の中では割とよくやっていることではあるが、それはそれ、設定・・に則らない行動であるという話だ。
 私の後ろにいるアッくんだけが顔を青くしてオロオロとしている。──どうすれば良いんだ、コレは。

 少しして「そんなにオレらと交換させたくないならサブローが交換してやれば?」なんて。それはもう楽しそうに笑った長兄に、分かりやすく嫌な顔を向けてしまった。
 ソレは代案でも何でもなくアッくんの要望通りだろうが。──というか、やはり、面白がられているのは私だったのか。

「……灰谷兄弟もですけど、左衛門三郎の連絡先ってそれだけで危ないんですよ」
「『危ない』ってことは……サブロー君自身が連絡先を交換したくないわけじゃないってことっすか?」
「んー、多分? オレらと繋がりがあると思われて、オレらに勝てねえからって代わりに鬱憤晴らさせてもらおーみたいなバカも居るワケ」
「あ……なるほど……」
「最近じゃ、きなくせえお礼参りのこともあるしなー? サブローが気にしてんのはそれだろ」

 答え合わせを求めて、よりにもよって長兄に視線を向けたアッくんには思わず片眉を上げてしまったものの。確かにあの日、適当に喋っている中で自分の話をするのが苦手面倒だと言った気もする。
 そんな私よりも、しばらく平和なお話し合いをしていたらしい兄の方が解説役に適任だと思ったのだろう。何も考えず適当に喋っていたこととはいえ、自分で蒔いた種なのだ。ここでアッくんを責めることはお門違いか。

 ついでに、普段の彼らであれば微塵も気にしないはずのことをわざわざ忠告するとは。余程アッくんを気に入ったらしい。

 私が情報源になるわけでもない子との連絡先交換を渋る理由を理解していた上で、なお遊んでいた長兄からの援護射撃も貰えたことだ。「そういうことなので」と言って、じっとりと兄ちゃんを睨み付けていた視線を外した先──アッくんは見るからに落ち込んだ表情をしていて。
 一方で、私が見ていると気付いて咄嗟に取り繕う姿勢を見せた。その様子を見て、しばらく止めていた頭をまた少しだけ回すことにした。

 今の態度は、理由に納得して私に迷惑を掛けまいとしたのか、それとも。理由は定かではないが、その必要性も低かったというのに、単身で六本木にまで乗り込ませるほどの興味を持たせてしまったことには変わりないだろう。
 こうなってしまった以上──そうだな、何かあったときのために、タケミチ君に繋がる先のひとつとして使ってしまおうか。どうせマイキーからもパイプが繋がるだろうからこその保険でしかなくとも、この場を収めるにはソレが一番手っ取り早い。

「あーあ、可哀想。"アッくん"専用のアドレスでも作って交換してやればいいじゃん。要はサブローの連絡先だと思われなきゃ良いんだろ?」
「そうそう、登録名くらい変えさせればー? サブローだってオレらのこと適当な名前で登録してンだから」
「や……これ以上サブロー君に迷惑掛けたくないんで、大丈夫っす」
「ウーワ、健気ー……こんな健気な奴を袖にすんの?」

 示し合わせたかの様に揃って連絡先くらい交換してやれと言い出した兄は──分かりやすく絡んできた長兄だけでなく──揃って最初からこうするつもりだったらしい。本当に厄介極まりないな。私も既にそのつもりだからもう構わないのだが、それはそれ、これはこれだ。
 自分の携帯を取り出すついでに溜め息を吐けば、アッくんは分かりやすく肩をビクつかせた。いけない、怖がらせてしまったか。

「……アッくんには・・怒ってないよ。今作るんで少々お待ちください」
「エ、それじゃ……」
「ええ、即席のアドレスで良ければ交換していただけますか? あんまり返せないと思いますけど……そこは、すみません」
「全然大丈夫っす!! あざっス!!!」

 謎にニヤニヤしている兄を横目にアッくんとの連絡先交換を終えて。登録名はどうしてもらおうかと考えている途中、長兄から飛んできた「本城は?」の声に、もうそれでいいやとその通りに登録してもらった。どうも今のやりとりで体力を消耗したらしく、考えることも面倒だったのだ。

 勝手に取った伝票を手に会計を終えて店を出る際、竜ちゃんから「サブロー、手袋するならせめてパーカーは半袖にしとけ」なんて声も聞こえたが──当然無視をした。うるさいな、適当に引っ掴んで来たンだよ。



「これサブロー君のバイクっすか!?」
「ええ、良いカスタムでしょう」

 店の外に停めて置いたワルキューレを見て目をキラキラとさせているアッくんは、何処からどう見ても楽しそうだった。
 野良猫とてやはり不良、単車は好きなのだろうな、とか。そんなどうでもいいことを考えつつも「かっけえッス!」なんて言うアッくんに「どうも」と素っ気なく返して。予備として積んであるヘルメットを渡した。
 ──やはり、というか。裏のなさそうな純粋な好意はむず痒いな。まだ裏があった方が求められていることも分かりやすい分扱いやすいのに。

 そうして、先に後ろに乗せて捕まる場所と重心の乗せ方を指示していく。ワルキューレは元々二人乗りではあるが、半間の単車の様に分かりやすくシートを付けているわけではない。サイドパニアを付けている以上、何も付けていない単車とは乗り方も多少変わってくる。

「バイクのケツってこう乗るんスね……」
「おや、初めてですか?」
「ッス」
「それはそれは。初めてが乗り辛いものですみません」
「や、そんな……」

 どこか噛み締めるように「乗せてもらえるってだけでスゲー嬉しいっす」なんて言うアッくんには、わざわざ六本木まで来たくらいなんだからそうなんだろうな、なんてことを思いつつ。先に後ろに乗せてしまったからと前から脚を渡せば、渡したヘルメットも着けて準備万端な同乗者から「うおっ!?」との声が聞こえてきた。

 ──少し、行儀が悪かったのかもしれない。


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