32.MISSION:最悪な今を回避せよ

 ──2017年7月某日

 弾みで現代に戻ったらドラケン君が死んでいて、まさかのアッくんが東京卍會の幹部になっていて。アッくんに詳しい話を聞きに行った先で聞いたのは──アッくんが、最初にオレを線路に突き落とした犯人だったということだった。

 信じたくなくて叫んだ「嘘だろ!? 冗談でも笑えねえよ!」の感情は、淡々とした「嘘じゃねえよ」なんて言葉で完全に打ち壊されてしまう。見た目も立場も変わっていても、中身は変わっていなかったのだ。まさかそんなことをするはずがない。
 心の底からそう思っても、誰よりも辛そうな本人に肯定されてしまえば口を閉ざす他なくて。

 少し落ち着いた様子で「橘に弟がいるなんて知らなかったなあ」なんて。悲しそうに笑ったアッくんによれば、今の東卍はそんな感じ・・・・・であるらしい。つまり、調べようと思えば調べられるのか──そう思ったときに、ふと思い出した人が居た。

 今のナオトからは名前を聞いたことがなくとも、あの少しおっかなくて、それでも間違いなく親切だった人は情報屋だったはずだ。次の日に学校で顔を合わせたとき、山岸達が『アッくんが眷属になっちまった!』と叫んでいたその人が、今の東卍に居るのであれば。──それは、アッくんが幹部になる理由になるのではないか。
 いやでも、あの人が正しくヒナの知り合いであるならば。ナオトの存在くらい知っていても……アレ? 結局どっちだ。

「アッくん、あのさ」
「何だ?」
「あの人って、今そっちに居たりする?」
「あの人……サブロー君?」
「ア、そうそう。確かそんな、」

 次いで言うはずだった「名前の」なんて言葉は、急に笑い出したアッくんを見て続けられなかった。どうしてそこで笑うのか。何でそんなに、一際悲しそうに笑うのか。
 笑いすぎたのか目元に浮かんだ涙を拭って「あの人は居ねえよ」と言った声は、その涙の通りに沈んでいて。だったら本当に──どうして、声を上げてまで笑ったのか。

「居たら今の東卍はもっとヤバくなってる。言い方は悪いけど、マジでサブロー君が居なくて良かったと思うよ」
「……はは、だよな」
「そもそも、あの人とは始めて会った年に連絡取れなくなったからな」
「エ!? アッくん連絡先知ってたの!?」
「あー……一人で六本木に乗り込んで聞いたんだよ。そしたらめちゃくちゃ嫌そうな顔で捨てアド作って教えてくれてさ」
「アッくんマジで何してんの!?!?」
「はは、それはオレも思った。でもまあ、そうは言っても……オレに怒ってるわけじゃなかったっぽいけどな」

 いや、アッくん行動力の鬼すぎんだろ。いつの間にそんなことをしていたのか。しかもその場で作った捨てアドって。そんな場合でもないのにツッコミが追い付かない。
 過去の憧れを懐かしむ様に目を細めて「元々返信も少なかったけど、そのうちマジで返ってこなくなったから」なんて。次いで吐き出された「それからは六本木あの人たちも荒れてたし。多分、死んだんじゃねえかなあ」の声からは何も読み取れなかった。

「死んだって、そんな……不良やめたとかじゃなくて?」
「ん? ああ、ちょっと探したらそれっぽい名前の人が自殺したってニュースがあったんだよ。確か……秋くらいだったか」
「そう、なんだ……」
「……ま、それが本人かどうかは流石に分かんねえけどな」

 どこか寂しげに笑ったアッくんは、柵のない屋上の縁までゆっくりと歩いて行く。震える声で名前を呼んで。「戻れよ」なんて言っても、戻ってきてくれる様子もなく。

「もしタケミチが過去に戻れんならさ、皆を救ってくれよ。できれば、サブロー君も」
「『できれば』……」
「そりゃそうだろ。あの人は大人しく救われてくれるタマじゃねえ」

「──なァ、泣き虫のヒーロー」

 そう言ったアッくんが視界から消えて。状況も理解できないままに身を乗り出しでビルの下を見て、頭が真っ白になった。夜に響く煩い叫び声が誰のものかなんて、考えるまでもないことで。



「ナオト、調べて欲しいことがある」
「……聞きましょう」

 事情聴取から逃がそうとしてくれたナオトには、オレの事情聴取中にドラケン君の死についての情報集める様に頼んだ。アッくんが言った様に、ドラケン君が死ななければ、東卍は──マイキー君は、こうはならないと思えたからだ。

「分かりました」
「あ、あと……」

 ──それから、昔に会った細身の少年についても。
 六本木に拠点を置いた情報屋で、本人曰くヒナの知り合いであるらしいこと。一度会ってからアッくんが憧れていたこと。連絡が完全に途絶えた時期とそれらしい名前の人が自殺したニュースからして、2005年には亡くなっている可能性が高いこと。
 あとは大まかな背格好と朧気な見た目しか分からない。本人も嫌がっていた呼び方もあった気がするけれど、流石にそこまでは思い出せなかった。

 間違いなくその人に憧れていたはずのアッくんが、『居なくて良かった』とまで言い切ってしまうほどの人だ。素直に味方になってくれるかどうかは分からない。それでもなんとなく、絶対に見つけなければいけないと思ったのだ。

 そもそもあの人は、親切にも本当に手当てだけをして帰って行ったのだ。他にも、あの日に言葉を交わした感じでは嫌な印象は受けなかった。
 六本木に乗り込んだアッくんに連絡先を渡したところからしても、話せばそれなりに分かってくれそうで。味方に付けられればこれ以上に頼もしい人はいないと確信できたから。もしも敵に回してしまったとしても、やはり知っておいた方がいい。

「2005年に亡くなった可能性が高い、細身の……姉の知り合い……いや、サブローなんて名前の人居たか……?」
「あとは多分、レモンみたいな匂いもしたと思うんだけど……」
「レモンの香り……」
「ウン、甘くない爽やかなやつ。香水かな? ナオト知ってる?」
「……時間が掛かったらすみません。龍宮寺の件と並行して調べてみます」
「……? ウン、頼んだ」

 別れ際、難しい顔をしたナオトから「その人、喫煙者でしたか?」と聞かれたことには一瞬首を傾げたけれども。サブロー君と話している中で煙草の話も出たことを思い出して「多分そう」と頷いておいたのだ。


top小説top