33.昔馴染みと新顔と

 ──2005年7月19日

 武蔵神社から少し離れた駐輪場に単車を停め、フルフェイスを外し、サングラスとマスクを付け直す。それから、固まった背中をグッと伸ばした。
 シートを跨ぎ越えつつも、サイドミラーを覗き込んで。ヘルメットで少し乱れた髪を整えれば──気合いの入ったお呼ばれスタイルの完成だった。いつも通りの不良ルックともいう。

 少し歩いて目的地まで向かえば、途中の単車が集まっている場所で懐かしい顔を見た。マイキーや龍宮寺を始めとした隊長格ではなく、随分と成長した様子の懐かしい子だ。

「エマ」
「……ウチのこと知ってる人?」

 ──まァ、この反応も想定の内だ。サングラスとマスクで顔なんかほとんど見えていないこの状態では、そう簡単に誰だか分かるまい。
 マイキーですら、顔を全て晒したとてすぐには私だと分からなかったのだ。関わっていた時間も当時の年齢も、そのどちらもがマイキーより少なかったエマが分からなくても仕方ないだろう。

 だから傷付いてなんかいない。断じて。ずっと私の後ろを着いてきていた可愛い子に忘れられていたからって何だ。無理やりにでも思い出させればいい話だろうが。

 気を取り直し、昔にふざけてやっていた様に恭しく腰を折った。小学校時代の同級生が持っていた筆箱の絵を真似した、所謂王子様ごっこのソレだ。
 思えば初対面のときはコレで警戒心を解いた覚えもある。サンカヨーで立ち振る舞いまでもを仕込まれているからには、当時よりも様になっているのではないだろうか。

「ご機嫌麗しゅう、プリンセス・エマ。あなたのプリンス、ローレンスにございます」
「…………うそ、レン?」
「ローレンスっつってンだろうが。ンなところまでマイキーに似なくて良いんですよ」
「急に口悪!? 本物じゃん!?!?」
「あはっ! どこで判別してンの?」

 さっきまでの不審者に向ける視線は何処へやったのか。「きゃー!」なんて楽しげな声を上げながら飛び付いてくるエマを難なく受け止め、腰を支えて軽く抱えあげる。
 昔の癖で、その場でくるくると回っていれば──背後から、ドスの効いた「おい」なんて声が聞こえてきた。そういえば居たか。

「おっと、エマとの関係は前に話した通りですよ。龍宮寺」
「……そりゃまあ、そうなんだけどな」

 どうも煮え切らない声の主──龍宮寺に、はてと首を傾げて。そっとエマを降ろしつつも、そういうことかと手を打った。そりゃあ、好きな女が男にも見える奴を相手に、嬉々としてスキンシップを取りに行ったら良い気分にはならないか。
 そんな思いを元に、龍宮寺の耳に口元を寄せて。小さく「龍宮寺は知っているでしょう? のことを」なんて言えば、これまた「そうなんだけどな……」と溜め息を吐かれてしまった。──マジで何?

 というか、そろそろエマが「浮気!?」とかうるさいからどうにかして欲しい。なーにが浮気だバカタレ。エマは私がケンちゃん・・・・・に近付いてほしくないだけだろうが。その辺は面白がったマイキーから聞いてンだからな。

「紹介する前に派手にイチャつくんじゃねえって。変に目立ってンぞ」
「あ……なるほどそういう。これは失礼を」
「分かったならいーよ」
「寛大なお心に感謝します」
「胡散臭えな……」
「おや、今更ですか?」
「本当にな」

 額と腰に手を当ててドデカい溜め息を吐いた龍宮寺に、諸々の謝罪を込めて一度軽く腰を折って。「オレへの挨拶はねーの?」なんて言って絡んできたマイキーから、この場にいる隊長格の面々に紹介された。

 「げぇ、堕天使かよ」とか「ああ、灰谷のところの」とか「テメェ……マイキーに手ェ出したら殺すぞ……」とか。極悪の世代の一角な武藤君を除いて基本の言葉はキツくとも、基本的にはにこやかに顔合わせを終えることができたのではないだろうか。
 元より私は総長の客だ。それほど邪険には扱えないのだろう。姉以外の女を前にしたら固まってしまうと──情報屋としての知り合いから──聞いている二番隊の柴とも普通に言葉を交わせた以上、性別云々の話は副総長までで止めてくれているらしい。ありがたい限りだ。

「聞いてます? 堕天使とか呼ばせて調子乗ってるみたいですけど、マイキーに手出したら……」

 ──怠いのに絡まれたな。シカトしてたのに。

「あー……ハイハイ、殺されるンでしょう? その前に堕天でも何でもしてお前を殺すのでご心配なく」
「あ゙ァ!? テメェにオレを殺すなんて十年早ェンだよクソ色ボケ野郎!!」

 にこやかな顔合わせにも例外は居た。まァ、それも──不本意にもお揃いになってしまっている黒いマスクの下で、ガルガルと歯を剥き出しにしていそうな威嚇をかます、若干一名の昔馴染みの話なのだが。

「人のことを言えた口ですか? 春千夜の大好きな隊長とマイキーが引いてますけど?」
「……三途、マイキーの客に吹っ掛けンな」
「でも隊長! コイツが悪ィんですよ!!!!」
「まだ何もやってないでしょうが。未来でも見てるンですか? 可哀想に」
「……ア゙? テメェちょっとツラ貸せや」
「集会直前に一人でお散歩でも? 素敵なご趣味ですね」
「左衛門も煽らないでやってくれ」
「ははは、これは失礼を」

 そうして。どれだけ確認しても圭介が居ないことに内心で安堵しつつ、やたら突っかかってくる黒マスクの幼馴染を武藤君が回収する姿を眺めているというわけだ。
 武藤君からは「流石アイツらの……」なんて声も聞こえてくるし、マイキーなんかは「相変わらず仲良いなー」なんて声を上げて笑っているのだが。何処がだよ目腐ってンのか。

 そうこうしているうちに、春千夜は武藤君に引っ張られて行き──私はエマに袖を引かれ、軽く説教をされている。流石は最強無敵のプリンセス・エマ。腕力では当然男衆の誰にも勝てずとも、精神力では佐野家ヒエラルキーのトップに居た子だ。

「昔っから喧嘩っぱやいのは知ってるけどさ、顔合わせた途端に喧嘩始めるのは何なの? さっきドラケンにイチャつくなって言われたばっかじゃん」
「春千夜とイチャつくとかマジで気色悪いンでやめてくださいよ。吐いていいですか?」
「ダメ。汚い。ってか浮気とか何考えてんの?」
「……さっきから何ですかソレ。別に龍宮寺を狙ってるわけでもないンですけど」
「むしろケンちゃん狙ってたら怒るよ」
「もう怒ってンだろ……」

 ええ……と首を傾げていると、エマに服の裾を強めに引かれて。内緒話だと思って耳を近付ければ、曰く「場地が許してもウチが許さないから」だと。正直に言って肝が冷えた。

「……まさか覚えて、」
「当たり前じゃん。他は結構朧気だけどさ、あんな可愛い顔して話してくれたことなんて忘れられるわけないって」
「よーしエマ、向こうでお話しましょうか」
「ふふ、良いよ。いっぱい話聞かせてね」
「アイツに関してはエマより会ってないンで話すことはないですね」
「……え!? 嘘でしょ!?」
「ホントホント」

 集会まではまだ時間もあるのか、こちらを気にせずお喋りを続ける東卍の群れから少し離れたところで。声を落とし、まずはと口裏を合わせてもらうことにした。

 普段は左衛門三郎としか名乗っていないから、今後はそちらで呼んでほしいこと。
 性別も誤魔化しているから、無闇に言いふらさないでほしいこと。

 性別を誤魔化している理由としては、女が単独で喧嘩をしている場合に起こりうることとして集団での強姦の例を挙げた。そうすれば、少し顔色を悪くしてなるほどと頷いてくれたのだ。
 やはり、というか。危機が身近にある方の性別であれば、危険性を正しく理解してもらえる。なおかつ──それが林田の親友がリンチされて、その彼女がマワされた今のタイミングであれば効果は覿面なのだ。流石に性格が悪かったかとは思うが、それはそれ、効果的なカードを切らない理由はない。

「呼び方はサブローで良いの?」
「ええ、左衛門か三郎でお願いします」
「……分かった」
「ありがとうございます。……お礼にデートで使える良い感じのカフェでも教えてあげる」
「もー!! ありがとう!!!」

 からかわれたことにご立腹なエマの髪を梳いてご機嫌を取りつつ、宣言通りに『良い感じのカフェ』の話をして。
 途中で始まった龍宮寺との痴話喧嘩の話を流し聞きながら、適当に「あー、それは龍宮寺が悪いですね」みたいな相槌を打って。何かヤリモクの常套句みたいだな、なんてどうでもいいことを考えながらも、また惚気を聞く。

 どうも、龍宮寺からはこれ以上ないくらい大切にされているらしい。そんなに焦らなくても良いンじゃねえかなとか、心配しなくとも龍宮寺はエマのこと大好きだよ、みたいなことはそっと心の中にしまっておいた。
 どれも外野が言うべきことではない。せっかく逸らすことができた先の話を終わらせる必要もない。

 しばらくそうしていれば、例に漏れず東卍で固まっていた龍宮寺から「エマ!」とのお声が掛かった。心做しか嬉しそうに駆けていくエマの先に居たのは、集会に誘われたらしいタケミチ君とヒナちゃんで。そのどちらとも視線が合ったので──無視するのはな、と小さく手を振っておく。
 「エッ!?」と驚いた声を出すタケミチ君と、驚きつつも会釈を返してくれるヒナちゃんをニコニコと眺めて。それから、エマと龍宮寺が参戦・・して不穏な空気になったところで視線を外した。流石にアレは関わりたくない。

 さて──暇になったな。元より、東卍の集会に来た目的はエマに会うためなのだ。用事も終わったことであるし、どこかでマイキーに声をかけて帰ろうか。
 携帯を開き、曰く眷属な情報源達から集まっていた話を全て頭に入れ、選別ついでにメールを消しつつもそんなことを考えていれば──視界の端に足が写った。

 顔を上げれば、そこに居たのはさっきの挨拶回りでは居なかった短髪だった。細身で目線は私よりも低い。ともすれば多分、先に神社に行ったと聞いていた二番隊の隊長か、一番隊の副隊長か。少なくとも、計画上顔をよく知っている参番隊の林田と林ではない。

「えーっと……サブロー、君?」
「いかにも、左衛門三郎です。そちらは……二番隊の三ツ谷さんですかね?」
「……ははっ! やっぱすげえなサブロー君、名乗んなくても分かるんだ」
「一通り紹介してもらいましたから。あとは消去法ですよ」

 ちらりと見えた特服の腕を示して「所属と役職は書いてありますし」と笑えば──三ツ谷は何故か恥ずかしそうに頬を掻いた。何でだ。

「改めて、二番隊の三ツ谷隆だ。タメだしさん付けとか敬語とかいらねーから……あー、よろしくな」
「これはどうもご丁寧に……こちらもサブローで構いません。口調はもう癖なので気にしないでいただければ」
「そ? ンじゃ、お言葉に甘えて。サブローって案外喋りやすいんだな」
「あは、今の会話だけで分かるモンなんですか?」
「はは、まあな。やべー奴は今のだけでもやべーんだよ」

 見た目から受ける印象のせいか、喋り方のせいか、はたまた尾鰭の付いた噂のせいか。『案外喋りやすい話してみると結構普通』とは、正直、よく言われることだった。基本的に自分以外は全員馬鹿だと思っている稀咲ですらも、舎兄の話をしているとき以外は「話しやすい」と言ってくれているのであるし──あァ、なるほど。それで思い出した。
 三ツ谷は確か、灰谷兄弟に目を奪われていたことがあったか。だから彼らに雰囲気も寄せている──おそらくは彼らの舎弟頭であることも知っているはずの──私に認知されていたからこその反応なのか。

「そういえば、昔に会ったことありましたっけ」
「ははは、もしかしてナンパされてる?」
「いいえ? 全く。何年か前のお祭りですれ違った気がして」
「……すっげ、覚えててくれたんだ」
「灰谷の兄貴のことを熱烈に見つめていましたンでね。そりゃあ、記憶にも残りますよ」
「あー……やっぱそうだよな……」

 今度こそ本当に嬉し恥ずかしそうに口元を覆った三ツ谷は、小さく「ソレ、内緒にしててもらえねえ?」と打診してきた。
 正直に言うと、まァそうだろうなとも思う。東卍と仲が良いわけでもない灰谷兄弟にかつて熱烈な視線を送っていて、今でもその憧憬は消えていなさそうで。ともなれば、あまり言いふらされたくもないだろう。

 まァ、その灰谷兄弟にゾッコンな舎弟が東卍の集会に顔を出す時点でどうなのかとも思うが。それはそれ、これはこれだ。
 元より私は諸々を把握したマイキーが招いた客であるし。舎兄としての兄も──相手がただの舎弟の立場であれば──その交友関係に興味がある様な人達でもない。何でも、招集を掛けたときに応じるのであればそれで良いらしいのだ。

 ともかく──三ツ谷のことは、万が一私のことがバレたときに脅す切り札にもなるしと、特に深追いすることもなく頷いておいた。

「マジで助かる」
「構いませんよ。持ちつ持たれつですから。三ツ谷とは良い関係を築けそうですし」
「はは……含みありそー……」
「はて、何のことやら」

 言外に「何か知っても黙っておけよ」と軽い牽制をして。そろそろ集会が始まるというので、マイキーに声だけ掛けて帰路に着いた。背後からは威勢の良い「愛美愛主潰すぞ!!!!」なんて声も聞こえてきているが、まァ、なんとかなるだろう。



「──もしもし、今大丈夫ですか?」
『構わない』

 武蔵神社からワルキューレを少し走らせて入り込んだ、人気のない路地の中で。眠気を知らない蝉の声を聞きつつも、今日の報告を入れることにした。ワンコールで出た通話の相手は──当然、稀咲鉄太その人だった。

「報告です。総長の客として大体の東卍幹部陣に顔を売りました」
『……大体の?』
「ええ、その場に居なかった参番隊と一番隊の幹部以外は滞りなく」

 顔合わせの様子を思い返しながら「想像以上に友好的でしたね」と小さく笑う。兄から話は聞いているのだろう武藤君はともかくとしても、かつて兄と色々あったらしい双悪の二人も、女が苦手だという柴の末っ子も。想像以上に邪険にしてこなかったのだ。三ツ谷に至っては連絡先交換の一歩手前と言ったところだろうか。
 それらもひとえに、私が総長の客で、総長の妹とも仲が良さげで、副総長もそれを許容していたからだろう。春千夜? アイツは知らん。顔を合わせれば喧嘩が始まるのは今に始まったことではない。

『どうせまた何かやったんだろ』
「いや? 本当に何もしていないです。基本は総長の客って箔が効いただけでしょう」
『……まあ、そういうことにしておこう』
「あとは……そうですね、愛美愛主との抗争も乗り気でした。林田に至っては『殺してやりてえよ』と。収穫は以上です」
『想像の倍返ってきたな……』
「ははは、友人が有能ですって? ありがとうございます」
『そうだな、今後もきっちり働け』
「ウワァ、偉そう」

 珍しくも心の声がダダ漏れな稀咲に苦笑しつつ「あとはどうとでもできるでしょう、稀咲なら」と言って通話を終えた。林田の殺意を上手く使って、結果として東卍入りもできることは知っている・・・・・のだ。そこに関しては特に介入する気もない。好きにしてくれ。

 ──話は変わるが、三ツ谷と喋っているときは、三ツ谷の背後でタケミチ君がヒナちゃんにボコボコにされていたか。アレを完全にスルーしてなお、全く話が途切れないことは流石の話術だった。
 なるほど、アレがが聞き上手で話し上手な双龍の一角だと。今後の参考にしよう。


top小説top