34.思惑と建前

 ──2005年8月1日

 龍宮寺とマイキーが喧嘩をしているという、なんとも言えない理由でマイキーのアドレスから呼び出された。文面と内容から察するに、画面の向こうでこのメールを打ったのはエマだろう。
 面倒だなとは思いつつも渋谷まで顔を出してみれば──東卍のツートップが、それはもう、傍迷惑な喧嘩をしていた。

 少し前、林田は幹部の作戦会議に特攻した長内を刺して、そのまま自首をした。現在は少年鑑別所に身柄を拘束されている。
 エマに経緯を聞いた限り、マイキーは林田に捕まってほしくなくて、龍宮寺は自首した林田の覚悟を汲むべきだと。マイキーが言っているらしい代わりの人間を立てれば逃がせるとする根拠に──稀咲が絡んでいることは、当然・・知っていたのだが。

 何せ、林田の処遇を起点として、総長と副総長を仲違いさせるという計画は聞いているのだから。何なら、マイキーであればこう考えそうだから、揺さぶりをかけるならここだと少しばかり口も出した。
 長内を刺すことに反対しなかったことへの疑問はぶつけられたが──まァ、死ぬくらい滅多刺しにさせるつもりなのかを聞いたら、なるほどと頷いたあとで「それはない」と否定されたから。何が『なるほど』かは分からずとも、後はマイキーと幼馴染な私の案を使うことにしたらしい。

 つまりは元より稀咲の計画の内であるし、この喧嘩自体も知っていたことだ。喧嘩自体がいつまで続くか見ものだな、なんて。
 そんなことを考える頭の隅では並行して、それで何で私が東卍側に・・・・駆り出されンだよ、と首を傾げている。おかしいだろ。

 そんな内心を他所に、エマと世間話をしていれば──いつの間にか二人は仲直りしていて。呆れ返りつつも、とりあえずのところは仲直りの報告でも送るかと携帯を開いたのだ。無論、愛美愛主自分のところの総長を刺させてまで東卍に入り込もうとしている稀咲宛だった。

「サブローも行かない? 武蔵祭り」
「は……? 何で」
「何でって……普通に、サブローとも回りたくて……」
「本音は」
「……ドラケンと二人っきりは緊張するの!」
「当て馬とか勘弁して」
「サブロー冷たい!!!」
「エマうるさい」

 ──それで、この誘いだ。稀咲への報告メールを終えた携帯を閉じつつ、首をコキりと鳴らしてしまったことだって仕方ないだろう。せっかく龍宮寺とはそこそこ良い関係を築けているというのに。今更当て馬になってやる気はない。

 果ては「場地も誘ってダブルデートしようよ!」なんてとんでもないことを言い出したエマに、ヒュッと息を詰めて。頭を回すことも忘れ「もう当て馬でも良いンでソレだけは絶対にやめてください」とだけ一息で返した。
 分かった、分かったからソレだけはやめろ。圭介を巻き込むくらいであれば当て馬くらいやってやるから。エマのコレは意地悪や計算があるわけでもなく、純粋な野次馬心でやっていそうな辺りなおのことタチが悪い。

「……やっぱ場地のこと避けてるよね。何で?」
「なんでも」
「サブローが場地を何の理由もなく避けるワケないじゃん。具体的に」
「……あー、クソ。分かったって。言えばいいンだろ」

 どうせこうなったエマは折れないのだ。もう一度携帯を開き、飼い主に向けて手元で8月3日の御用伺いのメールを送りつつ。少しだけ頭を回して──結局、客観的な事実だけを洗いざらい吐くことにした。
 何せ、エマを納得させられそうな適当な理由も思いつかなかったのだ。嘘でも嫌いになったとは言いたくないし、まず確実に信じてもらえないだろうから。

「しばらくエマと会ってなかったじゃないですか、連絡も入れてなかったですし」
「そうだね。連絡くらいくれてたら安心して遊びに行けたのに」
「……それ、圭介もなんですよね」
「…………嘘でしょ?」
「嘘じゃないンだよな……」

 パタンと携帯を閉じて、心の底からの溜め息を吐いた。当然連絡を取っていなかった理由はあるが、流石にそこまでエマに話すべきではない。実はタイムリーパーです、毎回私が巻き込んだせいで圭介は死んでいます、だから無闇に関わりたくないんです、なんて。良くてビンタ、悪くて精神病棟待ったナシだ。万が一話が広まってしまっても困る。
 少しだけ目を伏せ「だからまァ、普通に気まずくて。しばらくは会いたくないンですよね」なんて言えば、それはそうだよな、みたいな頷きが返ってくる。でっち上げ半分でも納得してもらえたみたいで何よりだ。これからはこの理由で全部躱して行くか。

「しばらくってどれくらい?」
「目の前で泣かれたり、忘れられたりしてても平常心を保っていられる様になったら、ですかね」
「一生無理じゃんソレ!」
「そこまで言います?」
「だってサブロー、昔から場地のことになったら急に日和るじゃん。一生無理だって」
「ウーン、何も言い返せない」
「……ウチが思い出せなかったときもさ、結構顔に出てたよ。ショックだって」
「うっそ、マジか」
「マジ。ウチでああだったんだから場地はもっと無理でしょ」

 呆れた視線を隠しもせずに「気持ちは分かるけどさ」と言うエマはおそらく、私がエマの・・・王子様でなくなった日のことを思い返しているのだろう。
 エマが私の性別を知って、ならば普段から仲も良く、一際距離も近い圭介のことはつまり──と、それはもう目をキラッキラに輝かせて尋問された日のことだ。どうもソレだけは強烈に覚えているらいし。もしもあの時間以前にタイムリープできるのであれば、その場で自分を殺してでも口を塞ぎたい記憶だった。

 とはいえ、私がこう・・なのは昔からなのだ。それこそタイムリープで戻ることすらもできない昔の話で。だからなのか、昔の私を知っているエマは深く追求することを諦めたらしく。「じゃあさ、浴衣一緒に見に行こうよ」と話題を変えた。

「サブロー、胡散臭いけどなんだかんだ言ってもセンス良いし。ウチのこと最高に可愛くコーディネートしてよ」
「あー……このセンスは私のじゃないンですけど……」
「もー! せっかく会えたんだから一緒に買い物行きたいの!!」

 言わせないでとばかりに「相ッ変わらずにぶちんなんだから!」とぷりぷり怒るエマをなだめつつ、手元で震えた携帯を開いて。稀咲から来ていた返信にスっと目を細め──「それなら良いですよ」と頷いたのだ。

「決まり! 明日空いてる?」
「ええ」
「りょーかい、時間はまた連絡するね! あ、エマのアドレスこれね!」
「はは、了解です」

 そうして、マイキーと龍宮寺の喧嘩の観戦に駆り出された日は、エマと買い物の予定を立てて終わった。帰宅したタイミングで届いた、今度こそ正しくエマの携帯からであるメールによれば、仲良くなったらしいヒナちゃんも誘ったらしい。
 ヒナちゃんからすればほとんど二度目ましてのはずだが、ヒナちゃんもノリノリだったらしいから。私からは何も言うまい。

 少しだけ口元を緩め、ならばと、気合を入れてクローゼットを漁ることにした。生憎とサングラスとマスクは外せないが、いつもよりも爽やかなコーディネートを考えよう。可愛らしい女の子達に絡むチンピラとして悪目立ちするのは本意ではない。

 手元でああでもないこうでもないとコーデを組みつつも、頭の中ですべきことに優先順位を付けていく。武蔵祭りの当日──どうすれば、一番自然・・に稀咲と合流できるのか、といった計画に必要な要素だ。

 事実として、稀咲からの勧誘が穏やかになって以降、私が六本木に居ないときに限ってのお礼参りと称したが増えた。当然身に覚えはない。
 とはいえ、私の代わりに対応してくれているらしい兄に撮ってもらった顔写真を確認しているのだ。稀咲が裏で糸を引いていることだって、当然調べが着いている。

 つまり稀咲は──私を舎兄に鬱陶しがられる様に仕向けて、孤立したところを引き込もうとしていると見て間違いないだろう。

 コレはまァ、そうだよな、と思うことも正直な感想だ。舎兄への心酔具合はウザがられるほどに聞かせているし、傍目から見ても気に入られている舎兄から見放されて、多少不安定になったところに漬け込むのは理にかなっている。
 こちらとしてもそろそろ時期だった。このタイミングで、稀咲がそのつもりであるならば──大人しく、乗ってやろうと思った次第だ。

 当然の如く、諸々をただの設定だと知っていて面白がっている兄からは、今更そんなことが理由で見放されることはないはず──というか、本人達曰く『絶対にない』らしい。ならば別の理由で喧嘩でもしたことにすればいいのだ。

 まずは決別として舎兄リスペクトの格好をやめて──あとはそうだな、普段の喧嘩に支障のない骨でも折ってもらえば説得力が出るだろう。昔の次兄と今の長兄を真似て伸ばしている髪も切ればなお良し、だろうか。
 切るなら明日の朝イチか、明後日の武蔵祭りの前か。時間に余裕があるのは後者だろう。
  
「ア……兄貴ー、すぐ予約取れるおすすめの美容室ってある?」

 クローゼットを引っ掻き回している音が聞こえたのか、部屋に顔を出した次兄にそう聞いて。ついでに「明後日の朝イチでバッサリ切りたいンだけど」なんて言えば、ぽかんと口を開けたあとで「ッッッッッハァ!?」と叫ばれてしまった。

「何で!? 失恋!?」
「失恋っちゃ失恋……?」
「こんなマブい蓮のことフったのってどこの野郎!?!? 半間か!?!?」
「キッショ……半間はただのマブだっつの」

 とんでもないことを言い出す次兄に眉を顰め、呆れを滲ませた息を吐く。「舎兄と喧嘩したことにしたいだけだよ」と言えば、少し照れたように「何だ……オレらか……」と頬を掻いた。怖、何でちょっと嬉しそうなんだよ。

「つーか余計に分かんなくなったな。何で今更?」
「ついでに明日帰ってきたら手首折って♡ 全治1ヶ月くらいでよろしく♡」
「……エ、コレ分かんねえオレがおかしいの?」

 言葉のキャッチボールを放棄して「顔殴ってもらうのは兄ちゃんにやってもらおうかなー」なんてことを口に出して言っていれば、とうとう次兄はリビングの方へと駆けて行った。若干顔色が悪かった様に見えたのは、まァ、気のせいではないのだろう。

「兄ちゃーーーん!!!!! ついに蓮がイカれた!!!!!」
「はー? いつも通りじゃん」

 失礼な。計画の着地点を伏せた上で『その日の出番はないから好きにしろ』なんてメールを返してきた稀咲と、違和感なく合流できるように一芝居打つだけなのに。

「……っし、コレで良いか」

 サングラスは色の入っていない伊達眼鏡に、マスクも黒でないものにすればより落ち着いた雰囲気にできるだろう。それだけ考えて、今だにリビングから漏れる声を聞き流して眠りについた。──コレでも結構、楽しみにしているのだ。


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