37.可愛い可愛いプリンセス

 強く打ち付ける雨音に混ざり、誰も彼もが拳を振るう荒々しい場に。到底似つかわしくない下駄の音が響いた。

 カランコロンと鳴るその軽い音に、愛美愛主や東卍の中には「お化け!?」なんて言って顔を青くした可愛らしい不良も何人か居たが──まァ、他称としては特に間違ってもいないので何とも言えない。
 稀咲は未だに微妙な人外扱いをしてくることもあるし、場の中心でマイキーと喋る半間なんかは、昔から私を人外だと称するのだ。死に戻りを繰り返している奴がただの人間の枠に収まるわけがないだろう、という自覚もある。もっとも、私が人の枠に外れるかどうかなんてことは、今この場ではさして重要なことではないのだが。

 曰く『お化け』がサブローであると気が付いた愛美愛主の面々から、主に目線より上の方に綺麗な二度見をかまされる中で。スゥ、と静かに息を吸って、足を止めて。それから、右手で浴衣の裾を少しだけたくし上げ──地面を強く蹴り上げた。

「痛ッ……!? はァ!?!?」
「チッ、ナイスガード!!」

 こちらに背を向けていたところから勢いよく振り返り、咄嗟に、なんて言葉が似合う様子で私の飛び膝蹴りを腕で庇ったのは──間違いなく、計画を知った上で私を仲間外れにした半間マブだった。

 蹴りを受けた腕を「イテ〜」とプラプラ振りながらも、即座に切り替えて「あー……ハイハイ。そういうことな」と眉を顰める辺り、私を遠くに隔離する話も通っていたのだろう。
 つまりは──マイキーが来ている以上、その場に行かされた私が来ているかもしれないことは頭にあったわけだ。半間とて馬鹿ではない。

「おせーよレンレン・・・・。来ねえのかと思ったじゃん」
「……すみません、少し迷いました」
「嘘つき。オマエが今更こんなところで迷うわけねーじゃん」
「まァそうなんですけど。冗談って言ってくださいよ」
「つーか傘は?」
「途中で友達とばったり会いましてね。持ってなかったみたいだったので貸してあげました」
「ふーん」

 どうも信じていないらしいマイキーと話している間にも、訝しげな顔で「レンレン?」とこちらに視線を投げる半間に肩を竦める。両手を挙げて、小さく「ローレンスの、レンです」なんて言えば、一度なるほどと頷いた後で「いやそこ取るンか」と笑われてしまったが。納得してもらえたのであればそれで良い。
 横目でマイキーを見ても口を固く閉ざしていたからには──まァ、同じ様に誤魔化そうとした龍宮寺のときみたいに暴露するつもりはないらしい。そりゃあそうだよな。敵に回った半間は塩を送ろうと思えるタイプではない。
 加えて、かなり際どいところまで暴露された気もしたが、それに関しては特に気にしないことにした。半間はそういう、自分が聞かされていなかった私の個人情報を、そう無闇につつくタイプでもないのだから。

「ンで? 左衛門は何しに来たン?」
「半間を一発蹴り飛ばしに」
「……ばはっ♡ そんだけ?」
「ええ、それだけです」

 一応言っておくべきかと思い「よくもまァ、人をコケにしてくれましたね」なんて言って目元を細めれば、少しの間を開けた後で、いつもの楽しそうな顔で「思ってねえクセに」と返されて。流石にマブには通じないかと小さく肩を竦めるに留めたのだ。残念、稀咲はコレで騙されてくれたのに。

「……やっぱそこ知り合いなんだ?」
「知り合いっつかマブですね。なので今日のところはコレで終わりです」
「正気?」
「ハ? 何で今正気疑われたンです?」

 ギッとこちらを睨み「死神だろ」なんてことを言うマイキーには「そうですね。それで言えばこちらは堕天使ですが」なんて笑って。それから──後ろ手に手を振って、近くの木に登ったのだ。
 半間に蹴りかかる前に一度すれ違って以降、遠くからでも観察はしていたのだろう。「自由かよ……」と呆れを隠さない春千夜の視線をフルシカトしながら、重心が落ち着く場所を探した。何も考えずに木の上を選んでしまった以上その感想もご尤もではあるが、人目に付き辛く雨も多少凌げる場所、と言えばここしかなかったのだ。仕方ないだろう。

 元より、これ以上稀咲の計画を邪魔するつもりはなかった。加えて、本当に半間を一発蹴り飛ばしたら満足してしまったこともある。
 想定通りにタケミチ君の姿も見えたことであるし、私が何もしなくともなるようになるのだ。どうにもならなかったとて、ソレを前提にした計画も組んでいる以上、どちらに転んでも構わない。

 ついでに言えば──遠目に圭介の姿も見えてしまったから。春千夜とは違い気付かれていないらしかったこともあって、今のうちに隠れてしまいたかった。どうせそのうち顔は合わせなければいけないとしても、その機会は今でなくとも構わない。そんなことをぼんやりと考えつつも、暇つぶしがてらに戦況を見守っているというわけだ。

 適当な隊長格をブッ飛ばして、たまにマイキーに構いに行って楽しそうにしている半間は──まァ、微笑ましいとでも言えば良いのだろうか。楽しそうでなによりだ。
 こちらを気にするようにチラチラと視線を向ける春千夜も、お構いなしに群がる愛美愛主を持ち前の反射でボッコボコにしている。野生の勘で視線に気付かれてしまうとして圭介のことはあまり見ていないが、こちらも記憶通りの喧嘩をしていた。背中を守る金髪は一番隊の副隊長だろうか。

 どうも小さく漏れていたらしい「良いなぁ……」なんて自分の声には、少しだけ面食らってしまったが、まァ。我ながら何に羨んでいるのかも分からなかったから、結局のところは気にしないことにした。

 そんなことよりも──痛み止めが切れてきた左腕の方が、辛い。



 稀咲相手にベラベラと喋った推測の通り、龍宮寺を刺したのは清水だった。愛美愛主の特服を着ていたからには勧誘したのだろうが、その勧誘自体が私は知らないことで。
 私は愛美愛主ではないから下っ端を逐一報告する必要はないとも理由付けはできるが、モヤモヤとした不満が燻ることも正直な気持ちだった。太い枝の上で幹に背中を預け、そんなことすら徹底して隠されていたのかと脱力してしまったことはもう仕方がないだろう。

 これまでに積み上げてきた信頼はその程度だったのか、或いは、私が殺しを嫌うとの考えがあったからこそ殺しに関することだけは丁寧に隠していたのか。どちらにしても信用がないことには変わりがなく。

「ドラケン君が!! 刺された!!」

 もう見ている必要もないからと瞼を下ろし、下っ端の加入すらもを丁寧に隠される程に信用されていなかったのかと打ちひしがれていれば──タケミチ君の声でそんな言葉が聞こえた。
 はて、彼はずっと龍宮寺のことを目で追っていたと思っていたが。気付くのが遅かったのは違うところに目移りしていたからだろうか。

 ゆるりと瞼を持ち上げ、戦況にざっと目を通す。見たところ、愛美愛主の方が東卍を抑え込んでいる様にも見えた。数の利を上手く活かしているのは、半間を経由した稀咲の指示だろう。
 きょろ、と視線を巡らせれば、マイキーのところでも似た様子だった。無敵のマイキーとて、捨て駒の人海戦術で抑え込まれてしまえば動くことは容易ではないらしい。

 つまり、誰も彼もが複数人で足止めを食らう現状で。龍宮寺の近くで自由に動けて、なおかつ龍宮寺を連れて戦線を離脱できるのはタケミチ君しか居ないというわけだ。逆に言えば、前回までは彼が──いや、彼や私の様に自由に動ける人が居なかったから、龍宮寺は為す術なく死んだわけで。
 どう考えても、この場で分かりやすくイレギュラーなのは私かタケミチ君くらいのものだ。もうコレ、タケミチ君が真一郎君の後任でほとんど決まりだろ、なんて。

 暫定タイムリーパーはどうするつもりなのかとしばらく眺めていれば、マイキーに発破を掛けられたタケミチ君は、そのまま龍宮寺をどうにか引き摺って何処かへと消えた。正直、そうだろうなとしか思えない。
 彼が本当に真一郎君の後任であるかは別としても、馴染みの人間が死ぬかもしれない状況で、なおかつ自分が動ける状況で。何も行動ができない人間ではないことくらい、喧嘩賭博のときに痛いほど理解したのだから。

 それは、そろそろ帰ろうかなと腰を上げたときのことだ。枝に引っ掛かってしまわない様にと袂を手繰り寄せたところで、その中に入れていた携帯が震えた。この振動は稀咲ではない。

「はい、」
『助けて!!!!』
「……エマ、説明を」
『ドラケンが刺されたの!! 相手のチームの人達が追ってきちゃって!!』
「ああ、ハイ」

 この際だ、話が繋がっていないことは仕方がないだろう。そりゃあ追うよなと出かかった言葉はどうにか飲み込んで、最後の方は最早半泣きになっている声で『ケンちゃんが喧嘩しに行っちゃったぁぁ!!』と聞かされて。マイク部分を手で覆ってまで大きく溜め息を吐いてしまう。
 どういうことだ、龍宮寺はそんなに死にたいのだろうか。そんな、どう考えても的外れなことが浮かんでしまったことだって仕方がないだろう。状況が状況なのだ。

 どうせエマを守るためだとか、そのためなら死んでも構わないだとか。そういう、龍宮寺が言えば男前にも聞こえる考えがあってこそだとは推測できるけれども。好きな女を泣かせてどうする、というのが正直な気持ちだった。

 元より、近しい女を守ろうとして自分の命を捨てる男なんか特大の地雷なのだ。遺される側のことを何も考えていない、どこまで行っても自己満足な──無論、コレはいつかの圭介のことだが。

 話を戻そう。今の龍宮寺はアドレナリンも出ているだろうし、死ぬことを想定に入れていない可能性すらある。不良って馬鹿しか居ねえのかな、とは、どこを取っても他人のことを言えた口ではなく。それ以上は考えないことにした。

 電話口で本格的に泣き始めてしまったエマを宥めながらも、木の上に居座ったままで話を聞いて。しばらくそうしていれば、少し息を吸う音が電話口から聞こえた。嫌な予感がするな。

『レン、』
「……はい」
『来てくれないと場地に全部言うから』
「はァ!? それは…………ナシだろ………………」
『今も元気に生きてるってことも、場地のことが大好きだってことも、会いに行くことすらできない意気地無しだってことも。場地にバラされたくなかったら十秒で来て』
「はは、ンな無茶な……」

 そうこうしているうちに、電話口からはゆっくりとしたカウントダウンが始まってしまった。最悪だ。ゆっくりなのは本当に来てほしいと願われているからなのだろうか。本当に最悪だ。
 何にせよ「十秒は流石に無理」とだけ言って電話を切りつつ、急いで木から飛び降りて。そのまま、黒髪の東卍と喧嘩をしている半間の方へと走って向かった。半間の相手の顔を見て、一瞬足は止まりかけたが──背に腹はかえられない。人の口からバラされることの方が何倍も恥ずかしいのだから。

「半間、帰りますね」
「あ? 何で?」
「可愛い可愛いプリンセスからSOSが届いてしまったので」
「は?」
「文句は病院でいくらでも聞きますよ」
「はァー!?!?」

 東卍に掴みかかっていた手を止めて「オマエさァ……」と言う半間は、マブ限定で発動するらしい察しの良さがなんとなくでも発揮されたのだろう。私が言う『可愛い可愛いプリンセス』がエマであるかもしれないことも、これから私が何をしに行くつもりなのかも。
 「止めないでくださいね」と笑えば、拳を緩めた手でガリガリと頭を搔いて。それから、本気で怠そうな「ダリィ〜……」なんて声が聞こえてくる。コレでも申し訳ないとは思っているのだ。煙草の一本くらいは。

「……は来ンの?」
「そのつもりです。こちらとしては」
「じゃーいい。文句は後でキッチリ聞いてもらうからな」
「はは、元よりそのつもりですよ」

 やけに聞き分けの良いマブに「じゃ、」と片手を挙げて。どうも認識したくない空気から、逃げるように踵を返した。

 ──半間が喧嘩の手を止めても普通に会話ができたのは、喧嘩相手も同様に手を止めていたからに他ならない。背後から聞き馴染みのある声で「は……?」なんて声も聞こえていたから、お相手が手を止めていた理由もなんとなく察するというもので。

「あーあ、やらかしたかな……」

 エマの脅しも三分の一は脅しの体を成さなくなってしまったが、まァ。今更考えたところでもう遅いのだ。


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