呼び出された場に着いてみれば、どうやら私が三番目だったらしい。待ち合わせ場所でつまらなさそうに煙草を蒸していた半間曰く、この場に居ないもう一人は待つことに飽きて喧嘩をしに行ったと。
──何だそれ、絶対に稀咲ではないことしか分からない。いや、それが分かれば十分なのだが。そうではなく。
呼び付けた奴が最後とはこれ如何に、とも思ったものの。登校日の時間割が午後まであればギリギリ間に合わない時間帯なのだ。
なるほど、確かに召集メールには『時間指定はオレじゃない』みたいなことが書かれていた気がする。
「……案外白も似合うじゃん?」
「そうですかね? 正直落ち着かないンですけど」
「良いんじゃねえの? いつもの黒だとマジで堕天使って感じするし」
「それ以上言うとマジで堕天しますよ」
「ばはっ♡ 自分からネタにすんの何回聞いてもおもしれーわ」
「ネタにしてなんぼだろこんなモン……」
笑ったままで「やっぱ黙ってりゃ天使って感じすんだけどなあ……」なんて言って、暑いからとマスクを下げた此方を眺める半間に「そりゃ背中に居ますからね」とかなんとか言いかけて。そういえば、と昔を思い出した。確か半間とつるみ始めた時期に言っていた冗談があったはずだ。
「何でしたっけ、昔言ってたやつ」
「……あー、あのナルシストみてーなやつ?」
「それです。全然思い出せない」
「『天使みたいに可愛いって? ありがとうございます。自分でもそう思います』」
「……何で半間が覚えてンの?」
「マジでそれなー? 何でこんなクソみてえなこと覚えてんだよオレ……」
そんな話題もそこそこに、短くしたせいで少しはねた横髪を勝手に触りながら「もう戻したン?」なんて言う姿は相変わらずの気分屋だった。そういえば、確かに黒髪に戻してからは顔を合わせていなかったな。最後に顔を合わせたのは──先の抗争の後でツーリングに行ったときだったか。
「まだ夏休みなんじゃねーの?」
「登校日です」
「ゲェ、真面目か?」
「真面目で通してンだよ。一応は」
「ウケる、一応かよ」
「ウケんな」
──コレはどうでもいいことではあるが、巴琉兵梦に居る半間のお姉さんは登校日をフケるタイプなのだろうか。
いや、そもそもずっと一緒には住んでいないらしいし、両親にそれぞれ別で引き取られて以降は、連絡もそれほど取っていないらしいから、存在自体を知らなくても無理はないか、みたいな。
お世辞にも好調とは言えない頭は心底どうでもいいことを考え始めて、それでも、一度回し出したら止まらなくなってしまった。
回し始めた頭ってどうやって止めるんだっけ。そんなことを考えつつも、ぼんやりと手元のメーターを眺めて、眺めて──ふと、名前を呼ばれた気がして顔を上げた。そこに居たのは、まァ、変わらずに半間だった。なるほど、
「……喧嘩でもねえのにトばすことなんてあンだな」
「みたいですね。助かりました」
「また寝不足?」
「いやー……今日は快眠のはずなんですけどね。気圧かな」
「フーン」なんて気のない返事を返す半間を横目に、じんわりと鈍く痛む眉間を揉んで。ついでとばかりにマスクを上げた。
快眠ではあるが頭が痛い。家を出たときはまだ平気だったはずのこれは多分、関西の方に居るらしい台風のせいだ。あとは──遠目に見えてしまった光景のせいもある、と思いたい。
何せ、遠目に見えた稀咲の隣に居たのは、返り血に塗れた不良だったのだ。どうも回収して連れてきたらしいが、いきなりこんなものを見せられて頭が痛まないわけがないのだ。──いや、喧嘩をしているとは聞いていたのだが。
「アレ、ソイツは?」
稀咲に引き摺られて来た不良──羽宮一虎は、耳につけた鈴を軽やかに鳴らしてこちらに視線を向けた。この場にいるのは豪快に返り血を浴びた羽宮一虎、ぼんやりとした顔で煙草を蒸す半間、特服を着ていない稀咲。それから、そろそろチームを動かすと言った稀咲に招集された私だ。羽宮の視線が明らかに私に向いている辺り、ほかの二人とは既に知り合いなのだろう。
「コイツは左衛門、六本木を拠点にしてい
「へえ、使えるの?」
「それなりにな」
「……左衛門三郎です。よろしくお願いします」
ナンバースリー予定だと聞かされている人間に、自ら紹介している時点で『それなり』はないだろう。先の抗争での暴走を抜きにしても、これまでの私の貢献を考えた上で正しくその評価なのであれば、一発くらい殴っても許されるくらいだ。
いや、最後の最後で龍宮寺の殺害計画を台無しにした自覚はあるが。それか。それだな。
──と、まァ。通常運転で素直ではない稀咲の言葉には何も返さなかったものの、羽宮に向けたとりあえずの自己紹介は済ませた。苗字のみを名乗っても、イントネーションを少し変えるだけでそれがフルネームであると認識される旧姓はとても便利なもので。
実際に稀咲は、そこそこの付き合いになる今でも左衛門が姓だと思い込んでいる。ちなみに半間はどうか知らない。普通に性別を知っていることからして、左衛門三郎が本名フルネームではないことくらい察しがついているはずでも、一度も突っ込んで聞かれたことはがないのだ。お姉さんから何かを聞いているのか、はたまた単純に興味がないだけか。いや──この話はいい。脱線した。
気を取り直して、羽宮に視線を向け、サングラスの奥で目を細める。そのままの顔で「首、かっこいいですね」と言えば「分かってンじゃん」と機嫌の良さそうな声が聞こえてきた。
掴みは上々といったところか。やはり、はじめましてではギリギリそうと分かるかどうかの媚びを売っておくべきなのだ。
元より勝算のあった兄が例外であっただけで──なんて。意識していないと途端にあらぬ方向に飛んで行ってしまう思考を再び彼方へと飛ばしていたら、当の羽宮にやたらと見られていることに気が付いた。
「……何か?」
「左衛門ってケンカできんの? 胡散臭いのはマジで"
「ああ、よく言われますね」
「やっぱり?」
「ええ。お察しの通り基本は情報専門ですけど、稀咲よりはまだ喧嘩もできますよ」
「……堕天使と比べるな」
「ははははは、そろそろその眼鏡叩き割りますよ」
私のささやかな仕返しに眼鏡を上げた稀咲の声を聞いて「げ、堕天使って例の?」と呟いた羽宮は、尾鰭の着いた噂を思い浮かべているに違いない。少年院の中まで広まっていたことは兄から聞いているのだ。心の底からやめてほしいが。
半間も可哀想なものを見る目をするんじゃない。心の底からやめてほしい。
居心地の悪すぎる空気からどうにか話題を変えたくて「タメですし好きに呼んでください」と言えば、小さく肯定の頷きが返ってきた。なんならこちらも一虎呼びでいいらしい。ならばありがたくそう呼ばせてもらおう。
ついでとばかりに敬語もいらないとも言われたが、これに関しては「癖なので、すみません」なんて言って適当に躱しておいた。半間相手には外れることが多いのは紛れもない事実だが、一応のキャラ付けは大事だ。
一虎に乗ったのか「オレもしゅーじで良いよ♡」と言った半間はシカトすることにした。何せ今更すぎる。しかも半間だってずっと苗字らしいところで呼んでいるくせに。どの口が言うのか。
「それで、本題は? 今日の目的は一虎との顔合わせだけじゃないですよね」
「……流石に話が早いな」
「それはどうも」
早々に飽きたらしく、私の単車にもたれて欠伸をしている半間と、そんな半間を邪魔そうにしながらも、熱心に私の単車を見ている一虎と。そんな彼らを横目に、溜め息と苛立ち隠さない稀咲に声を掛けた。
誰への溜め息と苛立ちかというのは、まァ、私も含めたこの場にいる全員だろう。半間と一虎はマイペースを極めているし、私だって流石に、顔を合わせて早々に煽り倒した自覚はある。当然煽り返されたが。これはいつものことなので特に構わない。
とにかくだ。今切り込んだのは私が稀咲に呼び出されるときの主な要件について──つまりは、電話かメールでの連絡が主な稀咲が、誰にも聞かれたくなく、なおかつ文字にすらも残したくないやり取りである。
「羽宮も戻ったことだ。オマエにもそろそろ東卍を潰すための駒を集めてもらう」
「なるほど、この服で勧誘すれば良いんですね」
「ああ、どのくらい集められそうだ?」
「そうですねえ……頑張れば100、確実なのは80ってところでしょうか」
「フン、上々だ」
「そりゃどうも」
数字を言った一瞬、口角が動いたのは──分かり辛いことこの上ないが、おそらく少し引いている感情なのだろう。
まァでも、喧嘩をして飛び出してきた六本木の、そのカリスマ兄弟が声を掛けて集まる人数に張り合おうとした様にも聞こえたのだ。当然といえば当然なのか。目算は張り合いでも何でもない事実だったのだが。
それから少し、言い忘れていたとも言いた気に「あと、オレは行かないが集会場所は新宿のゲーセンだ」なんて言った稀咲に目を細める。どうしてそんなに大事な情報をついでで出すのか。しかも新宿に溜まり場として使えるゲーセンがどれだけあると思って。
サングラス越しの表情からなんとなく察したのであろう。小さく「……後で住所を送る」と言った稀咲に「そうしてください」と返して。帰るためにと単車に近付けば、残りの二人がこちらを向いた。
「左衛門、今日は殺らねーの?」
「殺りません」
「何で?」
「しゅーじ、今本調子じゃないの知ってますよね」
「ウッワ……想像以上にゾッとしたワ」
「ブチ殺すぞマジ……一虎は後ろ乗りますか? 単車なさそうですし、良ければ送って行きますよ」
「良いの? サンキュ」
なおも「エ、マジで帰ンの?」と変な顔をする半間は、わざわざ本調子ではないと伝えてなお私と遊びたい気分は変わらないらしい。本調子ではないときの私を知った上でのこれなのだ。自分から名前で呼べと言った割の反応も相まって、意識せずともこめかみに青筋が浮いてしまうことも仕方がないだろう。
心の底からの「良い趣味してますね」なんて悪態を吐きながらも半間を押し退け、 一度目を瞑り、そのままサングラスを外してフルフェイスを被る。既に後ろに跨っていた一虎にもメットを渡せば、不思議そうな顔をしたのが見えた。コレは──メットなんか被るのか、といったところだろうか。
とりあえず分かることから、とざっくりとした当たりを付けて。ミラーシールドのフルフェイスをコンコンと叩きながらも「色々都合が良いんですよ」とだけ言えば、納得した様な声が聞こえてきた。
メットを被らずに無免で単車を運転して死んでいる場合ではない──なんてことはわざわざ言わないが。情報屋としては、一見して不良に見えない方が動きやすいことも事実だ。不良しかいない場にこの格好で行って、瞬時にそれが私だと理解できる姿は便利だったのだ。色々と。
「じゃあ、何かあったらまた連絡ください」
「ああ」
top|小説top