43.踏み台と石ころ

 ──稀咲と半間と別れて一虎を送り届ける道すがら、ぼんやりとした頭でこれからどう動くべきかを考えていた。本格的に芭流覇羅が動き始めてしまった以上、身の振り方もよく考えなければなるまい。

 前回は微妙な立ち位置に居たこともあって稀咲の策を崩しきれなかった。
 その苦い経験を元にして、今回はより内側から引っ掻き回す作戦に変更したのだ。今度こそ失敗したくなかったし、要所ではできるだけ失敗した前回をなぞりたくなかった気持ちもある。

 でもまァ、それでも。人生一回目であろう稀咲や、何を考えているのかも分からない圭介と似た作戦しか浮かばない辺り、人生三回目の私の頭もたかが知れているというもので。そこに感じる情けなさは今更だった。

 話を戻そう。そんな理由もあって私はずっと、時間を掛けて私自身の有用さを示し続けてきた。
 具体的には正確な情報を収集して報告したとか、胡散臭い情報やこちらで捏ねくり回した嘘情報にはそれらしい注釈を添えて報告したとか。先の抗争以前に限れば、稀咲が想定していなかった事態にもそこそこ死ぬ気で対応したとか。

 その甲斐あってか、状況は違えど、今回元凶直々にチームへと誘われた。どうも今回では、先の抗争での反抗を経てなお欲しいと思われる程度には優秀な犬となったらしい。

 愛美愛主のときは、舎兄の相手に専念することを理由に勧誘を断り続けていたが──コレは当然、建前だった。本音としては、圭介が死なない以上直接関わる必要がなかったから。ついでに少し邪魔をして、より確実に芭流覇羅に誘われるための布石の意図もあった。
 多少邪魔をしすぎた気はするが、まァ。諸々の細かな計算違いはあったものの、愛美愛主のときは便利に使える犬を完全に囲い込めていなかったから失敗したと思ってもらえたのだ。結果良ければ全て良しだろう。

 今回の合流に疑問を持たれなかったのは、渋る次兄に折ってもらった腕と、同じく渋る長兄に一発殴ってもらった痣を証拠に舎兄と喧嘩をしたことにした件と。丁度良いとばかりに切ったあとの髪型が、特に兄には似せていなかったことも効いて──いや、今はその話ではない。

 後ろに乗せた一虎に気付かれないよう、フルフェイスの中で静かに息を吐く。不味いな、アイツらと別れてから更に思考が散らかっている。 どう考えても徐々に酷くなってきた頭痛のせいだ。

 それで、何の話だったか。そう、つまるところ失敗は許されないという話だった気がする。きっとそうだ。

 更に次の機会なんてあってほしくない。もう二度とこれまでみたいな思いはしたくない。正直なところ、稀咲相手にもう一度──必要以上に損得を考えて尻尾を振ることも勘弁してほしい。コレがなければ普通に、何も考えずに友人になりたかったくらいなのに。
 だからこそ、今回は最小の犠牲で最大の益を掬い取らなければならない。犠牲とは例えば──聞かされていた住所に近付く度に服を強く握る、可哀想な小虎とか。

 どうも帰りたくなさそうなことは、流石にその仕草から察している。つまり、ここで私はどうするべきなのだろうか。
 チラリと横目で腕時計を確認しても、昼過ぎからの集まりだったこともあってか、基本的に夜行性の兄達が横浜に集うまでの時間はたっぷりあった。ならば多少の飴でも渡して懐柔してやろうと、しばらくその辺りを流すことにしたのだ。

 そうして。しばらく適当に流してから、流石にもう良いだろうと一虎を送り届ければ──少しだけ心配そうな表情が此方に向けられていた。
 一瞬、お前がその顔をするのかよ、なんてことは思ったものの。メットをから外した一虎から「大丈夫?」なんて声も聞こえてしまったからには、潔く自分がやらかしていたと認める他ないだろう。この分だと少し前──具体的には後ろに乗せたあとくらいから、この表情をさせていたと見ても構わないか。

「……何がです?」
「サブロー、アイツらと別れてから殺気立ってる気がする」
「あー……頭が痛くて」
「さっき半間に言ってた『本調子じゃない』のってそれ?」
「そんなところです」
「何で?」
「さあ? 漸く今の東卍を潰せるかと思ったらテンションと血圧上がっちゃうんですかね」

 「血圧って。ジジイじゃん」なんてことを言う同い年の若者に「いやお恥ずかしい」とか言って。真顔のままにフルフェイスの上から頬を掻く仕草をすれば、少し前までは心配そうな表情を浮かべていた一虎は気の抜けた顔で笑った。
 ──何の茶番だよ。しかも一虎が反応したのは東卍を潰す件で間違いなく。今回も歪んでンなァ、なんて。そうは思えど完全に他人事だった。

 一虎が歪んでいると分かっていても、私に彼の歪みをどうこうする気はさらさらない。何せ、現状の一虎の精神面こそが『最大の益』を得るための犠牲そのものなのだから。
 此処を下手に弄くり回して知らない未来になった挙句、後手に回って、その結果今回も失敗してしまうことが一番怖い。だからせいぜい跳ねのいい踏み台に──は、誰の言葉だったか。いや、まァいい。

 今回こそ確実に成功させるために、できる限り避けたいと思っている前回の流れも、直近では最大限に汲むべきで。例え跳ねた衝撃で踏み台・・・を壊してしまったとしても構ってはいられないのだ。

 それでも。「そっか、じゃーな!」と言って、明らかに家とは違う方向に踵を返す一虎を呼び止めてしまった辺り、やはり本調子であるとは言いきれなかった。あーあ、一虎のことは見捨てるって決めてたのにな。あとは今後の私がどうにかしろ。

「何?」
「一虎の感情は一虎のモノですよ」
「はァ? 今日会ったばっかのくせに何様だよ」
「堕天使サマ。東卍の総長……というよりも、佐野万次郎を殺したいのは一虎の気持ちですよね」
「……ウン。情報屋ってそんなことまで知ってんの? もうほぼエスパーだろ」
「で、今の東卍を潰したいのはこちらの気持ちです」
「無視かよ……まあウン、それが?」
「……あー、すみません。自分でも何が言いたいか分からなくなりました」

 圭介を庇ってくれた恩と──前回のことから考えて──圭介本人も、間違いなく彼を大切に思っているのであろうこと。それから、単車の後ろに乗せていた短時間で迷子の家猫に対するモノにも似た情を抱いてしまったとはいえ、コレは流石に救えない。
 内心でドデカい溜め息を吐きつつも、半間の誘いを断っておいて良かった、なんてことをぼんやりと考える。今の半端な状態で殺り合ったら死ぬ未来しか見えない。特に私の前科面で半間が。死神を殺した女とか絶対に嫌だ。関わりも何もない人から、初対面で堕天使なんて呼び方をされることよりも嫌だ。

「エ、マジで終わり……?」
「終わりです」
「もうちょい何かねえの?」
「ンー……でしたら、とりあえずのところは一虎にとっての絶対的な味方を見極めていただければ。あとはそれほど気にしなくて大丈夫です」
「……サブローは違えの?」
「ええ、別に佐野万次郎は積極的に殺したい程興味があるワケでもないので。必ずしも一虎の味方ではない、とだけ」
「はは、なんだそれ……」

 そうして。『味方ではない』と言った割に、明らかな殺意を見せてこない一虎を放置して、不親切にも話を終わらせる。一虎と喋るために切っていたエンジンを掛けている途中で聞こえた「頭痛てーならさっさと帰って寝ろよ」の言葉には気のない返事をした。

 まさか、あんなことを言った私の体調を心配する言葉まで聞けるなんて。実は良い子なのではないか──とは思ったものの、すぐにそんなわけがないと思い直す。
 世間一般で言う良い子は首に墨を入れないし、単車に乗るときはきちんとヘルメットを被る。そもそも喧嘩だってしないし、無免で単車を乗り回すこともしないのだ。

 「一虎も気を付けて帰ってくださいね」と残した声は、比較的静かな愛機で去る背中を追いかけてきた──楽しそうな「誰に言ってんだ」の大声に掻き消される。それもそうか。確かに強盗殺人で少年院に入った奴に言う言葉ではなかった。どうやら本当に頭が回っていないらしい。



 一虎に言った『漸く今の東卍を潰せるかと思ったらテンションと血圧上がる』みたいな言葉──少なくとも、その前半に嘘はない。
 稀咲のように頭がキレて、稀咲とは違い正しくチームのことを考えてくれる参謀が居ないところなんて、圭介の件がなくても未来は知れている。

 創設メンバーを想って創られたはずのチームであるはずが、一番の要因になった一虎が欠け。その上でどんどん大きくなってしまっている現状は、正直な感想として見るに堪えない。
 本音を言えば、圭介が死なない範囲でなら好きにしてくれとも思うが、大層な創設理念がある割に、それをあっさり忘れてしまうチームはそう遠くないうちに内外から崩壊するのが常で。ならば一度サクッと潰して、元気があればまた作り直す方が手っ取り早いだろう。
 それはそれ、その一虎本人が真一郎君を殺した時点で歯車が狂った様にも見えるわけではあるのだが。流石にそこまで手を回せるだけの度量はなかった。

 後半は、まァ、昔は楽しくバカをやった記憶もある幼馴染達のチーム居場所を潰すのだ。完膚なきまでにブッ壊せるのであれば楽しいのだろうなとは思うが、言ってしまえばそれまでだった。
 頭痛も別に、高い血圧が理由ではない。むしろ低いからこその辛さだ。

 ──さて、この計画における目下の懸念点は、確実にタイムリーパーであろうタケミチ君とどう接触するか。
 何度か顔は合わせていたとしても、改めて前回とは違う動きをしている存在を認識してもらわないことには釘もさせず、話もできない。彼を抱き込むために必要であれば、私がタイムリーパーであることを明かすのだって吝かではないが──どうするか。

 マイキーを筆頭にした東卍を使うか、ヒナちゃんを使うか、アッくんを使うか。一番手っ取り早くて確実な手段は東卍だが、敵対チームに所属している今ではタイミングも早々なく。他に手があることでの接触は避けたい。だからといって、ヒナちゃんやアッくんを使うことも気が進まない。

 不良ですらないヒナちゃんは当然としても、たまに『今日は夕焼けが綺麗でした』みたいなのほほんとしたアッくんからのメールが途絶えることも避けたいのだ。最早数少ない癒しと言っても過言ではない。昨日に送られてきた夕食は美味しそうだったな、なんて。久々に返信を送ったメールを思い出して、ゆるりと口角を上げた。

 それで──結局はどの手も積極的には使いたくない以上の最良は、東卍ともアッくんともヒナちゃんとも関わらない何処かで、偶然・・タケミチ君との繋がりを得ることだ。周囲に私と繋がっている人が居ない状況であればなおよしだろう。
 何処かに落ちているかもしれないタイミングを待つか、それとも、自分からその偶然を作りに行くか。

 運任せの前者よりも後者の方が確実で。やりようによっては不可能でもないから──みたいな考えの元で計画を練りつつ、 約束の横浜に向け、単車を走らせていた。
 次兄に『行けたら行く』と言った手前、行けるのに行かないというのも変な話なのだ。返し自体が体のいい断り文句としてよく使われるものだとしても、個人的には本当に行けたら行くつもりであったことに変わりはない。

 そんなこんなで、のんびりと渋谷の河川敷を流していたら──前方に全力疾走する金髪リーゼントが見えて。思わずフルフェイスの中で口角を上げた。横目で腕時計を確認しても、寄り道をしたところで兄達が集うまではまだ余裕がある。

 ──なるほど。死んだとばかり思っていた神も、案外捨てたモンじゃないらしい。

「やあ、また会いましたね。そろそろ暗くなるから危ないですよ……って、何だ。ボロボロじゃん」
「エッ、誰……」

 速度を落とし、全力疾走中の金髪少年に並走する。いきなりフルフェイスのバイクに声を掛けられたタケミチ君は困惑しているが──まァ、当然だろう。
 私の単車は爆音族車カスタムではないにしても、私が彼の立場だったら全速力で走って逃げるところだ。おまわりさんこんにちは、どう見ても不審者です。

 ただ、彼に逃げる様子が見えない今のところは──とりあえず、目元のバイザーを上げるだけで良いか。

「少しだけお節介焼いてもいい?」
「いやだから誰……?」

 いや、何度も顔は合わせているはずだが?


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