46.MISSION:堕天使を味方につけよう

 ──2017年10月20日

 八・三抗争でドラケン君は救えた。それでもヒナは、稀咲の駒から抜け出すことができなかったアッくんに殺された。──ならば次だ。
 生きているのにも関わらず死刑囚となっていたドラケン君に会いに行き、話を聞いて。そうして思い出した・・・・・。マイキー君は12年前の10月31日、人を殺してしまったのだと。

 ドラケン君によれば、その出来事が稀咲がのし上がった決定打であるらしい。稀咲が手段を選ばなくなったのタガが外れたのも、このときであると。

「そんな……」
「場地が死んでさ、マイキーも一虎を殺しちまって」
「……マイキー君は、それで」
「ああ……サブローが生きてりゃなんとかなったかもしれねえのに……」
「ッッッ、え!? サブロー君も!?」

 悲壮な顔をしたドラケン君はオレの声を聞いた刹那、首を傾げて。それから、どこか合点が行った様に口を開く。

「そういやタケミっちは知らなかったか。アイツの、」
「──龍宮寺、時間だ」
「……だ、そうだ。いいかタケミっち、東京から出ろ。絶対だ」

 そうして、何かを言いかけたドラケン君は立ち会いの看守に連れて行かれた。
 ならば、次のミッションの目的は10月31日──血のハロウィンと呼ばれた東卍の抗争で、マイキー君に人を殺させないこと。生憎とサブロー君が死んだ話を思い出すことはできなかったが、それはナオトが調べてくれる手はずだった。

 数日後──ナオトが集めてくれた情報は、オレがこれを止めるのか……なんて絶望に値するもので。それでも、やらなければまたヒナが殺されるのだ。やるしかない。

「タケミチ君、聞いてますか?」
「ア、すみません聞いてませんでした」
「……血のハロウィンと呼ばれた抗争で佐野万次郎に人を殺させない。そのためには少なくとも、ある人物と話をするべきです。可能であれば味方に引き入れるべき人でもあります」
「ある人物……」
「ええ、タケミチ君と、龍宮寺も言っていた『サブロー君』です」

 「ようやく裏らしきものが取れました」と、いつも調べ尽くしてくれるナオトにしては濁した言葉に引っ掛かりを覚えつつ、今度こそ聞き逃さないように耳を傾ける。

「まずは左衛門三郎という不良についてですが……」

 曰く、当時の六本木に、左衛門三郎と名乗る・・・情報屋が居たことは確かであるらしい。ずっとどこのチームにも属さず、表向きの中立を保っていた。一方で、最期は抗争相手である芭流覇羅に所属していた。そして例の抗争で、人があらかた捌けた後──場地君が刺されたナイフで自ら喉元を掻っ切った、と。
 そこまで聞いて、思わず苦い顔になってしまったことは仕方ないだろう。何せ相手は何度か助けてくれたこともある中学生なのだ。しかも個人的な印象はそこまで悪くない。だからこそ普通に辛かった。

「……タケミチ君聞いてます?」
「すんませんもっかいお願いします」
「気持ちは分かりますけど……ちゃんと聞いてくださいね」

 そしてその、サブロー君こそが、稀咲と共謀して裏で糸を引いていた人であるらしい。それも──芭流覇羅に属していないうちから。
 それでいて、サブロー君が本当に裏で糸を引いていた証拠はあやふやな伝聞以外には何も残っていなかったと言うのだ。サブロー君について深く知っていそうな人は軒並み東京卍會か、それと同じくらいに手が出せない裏社会の組織にいることもある、らしい。
 余程慎重な人間であったか、或いは証拠を消した協力者がいたか。ナオト的にはどちらもあると見ているそうだけれど、何を根拠にそう考えたのかはイマイチ分からなかった。

「……え? いや、でもサブロー君、ドラケン君のこと助けに来てくれたけど……あのときだって稀咲は裏に居たはずだろ?」
「ええ。なので、稀咲とは違う目的があって動いていたのではないかと考えまして」
「……そこを突けって?」
「そういうことです」
「無茶言うな〜……」

 そんな会話の中で、サブロー君の話をするナオトが微妙な顔をしていたことが気になった。オレの労力とか気持ちとかを考えずに無茶を言う辺りはいつも通りといえばそうなんだけれども。
 そんな小さな違和感は「話を戻しますね」と言ったナオトによってどこかへと吹き飛ばされて行った。

「情報屋である左衛門三郎自身については……残念ながら、"堕天使"と呼ばれる胡散臭い細身の少年だったという情報しか確定できませんでした。名前よりもあだ名の方が広まっていたこともありまして、色々遅くなりました。すみません」
「いや、それは別に……」
「しかも噂は色々あってもどれも裏が取れず、印象も人によって様々で……ここまではタケミチ君が会った人物の特徴と合ってますか?」
「合ってるよ。サブロー君に手当てしてもらったときもそんな感じのこと言ってた」
「は!? 手当てしてもらったんですか!?」
「アレ、引っ掛かるのそこ? 初めてナオトと握手したちょっと前だよ」

 小声で「まさか……でも……」なんてブツブツと呟くナオトは、どうやら未確定ながらも集めた情報からプロファイルした"堕天使"像と、奴隷を手当する左衛門三郎と名乗る少年を結び付けることに苦戦しているらしい。確かに、あのときの山岸もそんな感じの態度だった覚えがある。
 次いで「いやでも、あの人ならそうだよな……」と言った表情は酷く苦しそうなものだった。それでもどこか穏やかで、どこか懐かしそうで。サブロー君の話をしていたアッくんにも似たその言葉と表情に疑問符を飛ばしている間にも、ナオトはいつもの顔に戻って口を開いた。

「タケミチ君、本題はここからです」
「あ、まだだったのね。ハイ」
「"堕天使"左衛門三郎は抗争で自殺した。コレはその様に書かれている掲示板を見つけましたし、当時の状況を証言してくれた人も見つかったので間違いありません」
「ああ、警察病院の女医さんだっけ?」
「ええ。しかしその証言と当時の新聞記事から見れば、そもそも左衛門三郎という少年・・は存在していないことになる」
「……は?」

 「まずはこちらを」と言って見せられた写真は、ヒナとエマちゃん、それから、手前の観葉植物で口元が隠れたサブロー君がカフェで談笑をしている写真だった。画質が悪い上に、どう見ても隠し撮り──なことは気にしてはいけないのだろう。今となっては貴重な資料だ。

「この写真を持っていた医師にも確認しましたが、この人物は"サブロー君"で間違いないそうです」
「いや撮ったの女医さん!? ってかサブロー君居るじゃん!?」
「彼女は元々、地方までもを掌握していたレディースの実質的なトップで、なおかつ堕天使の熱狂的なシンパだったそうです。何でも、10月31日の抗争にも堕天使目的で顔を出していたと」
「ちょ、はあ!? なんでそんな人が医者やってんの!? しかも警察病院で!!」
「外面は良いですし……腕に間違いはないので……」

 なんとも微妙な物言いから、気を取り直す様に「次はこちらを」と見せられた新聞記事のアーカイブに目を通して──ひとつの単語を見つけた刹那、絶句した。

 曰く、10月31日の衝突での死者は少年が二人と──少女が、一人。記事によれば、少年がナイフで腹を刺されて死亡した後、少女がナイフを持ち出した少年を撲殺し、自らもそのナイフで首を掻き切ったとなっている。
 ナイフで腹を刺されたのは場地君で、マイキー君に撲殺されたのは、ドラケン君も言っていた通りに羽宮一虎という人で。確かにそうなると、残る少女・・はサブロー君しか居ないことになる。けれど──。

「この顔立ちと体格の、レモンの中に薄い煙草の香りがする人は、女子校出身の証言者医師とクラスメイトだったそうです。つまり、左衛門三郎は間違いなく、少年・・ではありません」
「いや、でも……まさか……」

 だって、サブロー君は男なはずだ。声も高くなかったし、身長だってオレよりあった。混乱のままにそう言えば「その女性も長身で、声も落ち着いたアルトだったそうですよ」なんてことをサラッと返されてしまう。嘘だろ、そんなことって。

 纏まらない中でも、とりあえずオレと同じように言葉を切ってしまったナオトに視線で続きを促す。そうすれば──少し言い淀んだ後に「タケミチ君が龍宮寺を救うずっと前でも、姉の友人だった人なんです」なんて衝撃的な事実が出てきてしまった。悲しげに目元が細められている以上、本当に友人だったのだろう。

「……ちなみに、その医師から聞かされた本名も左衛門三郎ではありませんでした」
「サブロー君偽名なの!?」
「偽名ではなく苗字、それも旧姓ですね。左衛門三郎蓮という児童の文集が見つかったことと、ボクが知っていて医師も言っていた名前からも間違いありません」
「いや……文集って……」
「実は以前にタケミチ君の話を聞いて、記憶にある蓮さんが亡くなったタイミングと体格、喫煙者であるらしいことが引っ掛かったんです。それで母親と死別する以前まで住んでいたと本人から聞いた記憶のある地域の小学校の、当該学年の名簿を虱潰しに調べました」

 ──どう聞いても管轄外、なのは今更ではあるけれども。

「かなり時間はかかりましたし、まさかその後で身近に証言者が出てくるとは思ってもみませんでしたけど。コレもタイムリープの成果と言うべきでしょうか」
「それって合法……」
「何か言いました?」
「や、何も言ってないです」

 違法捜査──いや、法律とか全然知らないけれども。

「……いや、え? ってか『母親と死別する前』って何?」
「ああ、彼女は幼い頃に母親と死別しているんです。別居していた父親に引き取られたとか。ついでに言えば、母親を殺害したのはその父親であるとか」
「………………重いなー」
「……タケミチ君もそう思います?」

 ツッコミたいところを全てすっ飛ばして漏れて感想に、ソレを言い出したナオトは「やっぱりそうですよね」と眉を寄せた。曰く、少し寂しそうな顔はされたが、それでもあっけらかんとした態度で聞かされたことだったらしい。
 当時は自分に気を使っているのだと思っていたけれど、サブロー君──蓮さんの友人であった女医さんからすれば、どうもそういうわけでもないらしい。曰く、あの子はただの優しい人じゃなかったよ、と。

「はー…………嘘だろ…………」
「だったら良かったんですけどね……」

 椅子に全体重を預けて脱力してしまう。一応、理解はしたのだ。それでもどうか、何かの間違いであってほしいとすら思ってしまった。
 元々、ナオトから見てもヒナの良き友人であった人が、アッくんがその人のホームに単身で乗り込む程に憧れていたその人が。話をまとめた限りでは稀咲と同類にも思えた不良であったことを認めたくなかったのだ。しかも性別まで誤魔化してるとは思わないだろ。こんなことって。

 しかもナオトはそんな人に取り入れと言ったのか。人によって印象も違う、おそらくその噂の大半が嘘で塗り固められている人に? 勘弁してほしい。
 小さく「どうすりゃ良いんだよ……」と呟いた声は、いつもの調子で「やりようはありますよ」と切り捨てられてしまった。コイツ……自分がやらないと思って……!

「蓮さんは基本的に穏やかな人でした。男に混ざって違和感なく不良をしていた以上、流石にそれだけではないと思いですが」
「ダメじゃん……!」
「でも手当てはしてもらったんでしょう? ならば少なくともその時点で興味は持たれているはずです。どうも彼女はただ優しいだけの人ではないらしいですし」
「そうだけどさ〜……」
「つまり、話す価値はあるはずです」

 一度言葉を切ってから吐き出された「味方に付けられたら、これ以上心強い存在はいません」の音はやはり、どうしたってやるしかないことを示していた。確かに、稀咲と繋がりのあるらしいサブロー君を味方に引き込むことができれば確実なのだ。

 とはいえ、そもそもサブロー君が稀咲と繋がっていることすら認めたくはないのだ。いや、過去でも半間を親友だと言い切っていたこともあるし、半間と稀咲が組んでいることが揺るぎない事実である以上、間違いはないのだろうけれども。

 ただ、あの優しかったサブロー君が。何故か腕が折れている中でも、全力でドラケン君の止血をしてくれたサブロー君が。おそらく、あの時点では既に稀咲に着いていたのだ。
 アレがただの優しさではないことなんて認めたくない。それどころか、何がしたいのかすら全く分からない。

 ふと、ホワイトボードに貼られた隠し撮りに視線を向けて、また小さく溜め息を吐く。こんなにも和やかに、楽しそうにお茶会をするヒナの友達が、ヒナが殺されるに至る一因を作ったかもしれないのだ。あっさりと認められることではない。

 けれど──それを認めたくないのはナオトだって同じなのだ。

 チラリと見たナオトは、強く唇を噛み、オレよりも辛そうな顔をしていた。当然だろう。ナオトにとってのサブロー君はヒナの友達で、なおかつ自分にも良くしてくれた人だ。そんな人が。

 ウジウジした内心を吹き飛ばすように深く息を吸って、ゆっくりと吐く。それからバチンと両頬を叩き、今度こそという決意を込めて「分かった、やってやる」と小さく呟いた。
 オレたちの目的はヒナを救うこと。そのためにはサブロー君──いや、蓮さんにだって取り入ってやる。

「……はは、大丈夫ですよタケミチ君。蓮さんは聞けば一応・・答えてくれましたし、相談すればある程度・・・・は親身になって考えてくれました。どれも本人が飽きるまでは、でしたけど」
「最後で全部台無しじゃん!」
「しかもソレ自体は優しさではないらしいですからね。もう何も信じられません」

 眉を顰めながらそう言ったナオトには、思わず「結構根に持ってる感じ?」なんて感想が漏れてしまった。しかも「ボクだって綺麗な思い出がこんなことになるとは思ってなかったんですよ」と肯定されてしまったからには頭を抱える他ない。いや、気持ちは分かるけども。
 というか、そんな人に取り入るとか正気かよ。数秒前の決意すらどこかへ行ってしまった気がする。

「まあ、普通にしていれば気さくな人であることに違いはありませんよ。話せば分かる人……だとも思います」
「いやせめて最後のは言い切って!?」
「仕方ないでしょう!? ボクだって何が何だか分からないんですよ!」

 そうして、これまで以上に締まらない空気の中、握り潰されるのかとも思えるほどに力の入った握手で──オレは5回目のタイムリープをしたのだ。いつかに飛び降りてしまう前のアッくんに言われた『できればサブロー君も救ってくれよ』の言葉も胸に刻んで。


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