放課後の私立山荷葉女学院、その門前にて。やたらと目立つ高身長のトサカ頭と、我らが生徒会の副会長──もとい、三年になっても懲りずに総長代理を続けているクラスメイトが、派手に言い争いをしていた。
──勘弁してくれないかな。本気で。
「〜〜ッ、だいたい! 弟君があの人に釣り合うと思ってんの!?」
「だりぃ……ンなメンドクセーこと考えてつるんでねえって。つーかオマエ、アイツとタメってことは年下だろ。ンな奴に弟君とか言われる筋合いねーから」
「は? お姉さんが居るんだから差別化するなら当然でしょ」
「当然の意味調べて来いよ。オジョーサマ」
当然、珍しくも激昂している様に見えるクラスメイトと、淡々とした物言いの割に、どうしてまだ手が出ていないのかが不思議なくらいにはイラついている半間だった。数秒の間、あの二人、知り合いだったか? と首を傾げて。それから小さく舌を打ち、校舎の中へと踵を返した。
明らかに私絡み、次点でお姉さんの方か。それでも正直な感情として、あの中に一人で突っ込んで行くのは面倒極まりない。だからこそ教師を呼びに行って、目立ちすぎている二人組の片割れを連行してもらおうという魂胆だった。
「先生、ちょっと良いですか?」
「灰谷? 遂に何かした?」
「いや、私じゃなくて。校門で不良と生徒が言い争いをしていて……」
「……誰?」
「三条です、クラスの」
「あの子はまた……」
公然の秘密とはいえ、学内レディースの存在も、そこの主要メンバーのことも把握している教師は深く溜め息を吐いた。私が現行
「三条ー、知り合い?」
「げ、先生……」
「悪いねお客人、ウチの生徒がご迷惑をお掛けした様で」
流石は普段から曲者揃いな生徒達の相手をしている教師、圧が違う。何なら本人も山荷葉の──しかも初代の巴琉兵梦出身であるからには、若い不良の相手など屁でもないのだろう。「ヒヨコがピヨピヨ粋がってて可愛いねえ」とは、入学当初に聞いた彼女の言葉だ。当時は思わず聞き返しそうになった。
そんな堂々たる振る舞いの教師の背後から、若干気圧されている半間に向けて口元で人差し指を立てる。今は黙っていろという意味であったが、まァ、一度チラリとこちらを見て視線を逸らした以上、何か余計なことを口走る様子はなさそうだ。
「三条は生徒指導室な」
「うっそ、私は絡まれただけですけど!?」
「はァ? オマエが絡んで来たンだろーが」
「おや、本当に迷惑をかけたね」
一度半間に向けて軽く頭を下げ、そのままクラスメイトを引き摺って校舎に戻って行く──のかと思いきや、すれ違いざまに肩に手を置かれて。トドメとばかりに軽く微笑まれたからには、おそらく私と半間に繋がりがあるとは察せられているのだろう。
──まァ、正直なところ、そうだろうなとも思う。初手で半間のことを『不良』だって報告したからな。私。
半間の出で立ちが不良であることは見たまま分かることであるが、それはそれこれはこれなのだろう。私が猫を被っていることなどとうに割れているのだろうから。
少し考えて、今更どうしようもないので軽く微笑み返しておいたら、それはもう愉快そうに笑われた。──何だよ、ヒヨコの分際でピヨピヨ粋がってて悪かったな。
「……で? お姉さんにでも会いに来たン?」
「ンなわけ」
「知ってるよ。何?」
「そろそろオマエの制服姿でも拝んでやろーと思って」
「へえ、感想は?」
「……案外違和感ねえモンだな」
「そりゃどうも」
教師もクラスメイトも校舎に消えた校門から、半間が乗り付けた単車を動かしながら移動しつつ。「目的はそれだけ?」と聞けば、本当にそれだけのために来たらしい。ついでに腹も減ったから飯でも行こうぜ、と。
「スカートで単車に乗れと」
「いーじゃん、デートみたいで」
「へえ?」
「……自分で言って吐き気したワ」
「はは! だろうね」
相変わらず私と
「あ、じゃああそこ行きたい。ちょっと行ったところにあるパンケーキ屋」
「やめろやめろデートに寄せんな」
「普通に気になってただけだよ、しゅーじ♡」
「ヴォエ……!」
「ここで吐くなよ。汚ねえから」
「ひゃは♡
「……エ、そこ取ンの?」
「しょーがねえだろ。名前知らねえンだから」
「サブちゃんよりマシじゃん?」とは言いつつも詳しく聞いてこないのは、今はその気分ではないだけか。はたまた、単に興味がないだけか。
というかそもそも、今し方の口論のときに三条から聞かなかったのか。──まァ、何れにせよ、
少し高いトーンの、甘えた様な声で。「サラダ系もあるらしいよ。楽しみだねぇ」と柔らかく微笑みかければ、一度「ヴッ」と嘔吐きかけた後で「メニュー見てから考えるワ」なんて。案外慣れたらしい声色で、その腰にピッタリと抱き着く形になる様に腕を引かれた。
──さては半間、面白くなってきてないか?
「つーか今日は良いン? 敬語」
制服姿のまま半間の単車でニケツして連れてきてもらった、ご所望通りのパンケーキ屋にて。それぞれで同じものを注文した肉系のパンケーキに「結構ウマいな」「わかる。しかも割とボリュームある」「それな」みたいな話をしながらも舌鼓を打っていれば──唐突に、そんなことを言われた。
確かにいつもの敬語は使っていないが、不良の格好をしているわけでもないのだ。半間以外に知り合いの誰が居合わせているわけでもなし、敬語を使う必要性などない。
「デートで敬語使わせるカップルがどこに居ンの」
「直球はやめろ。鳥肌立つ」
「はは! ごめんて。良いんだよ、この格好だから」
学校用の薄い化粧をした素顔でいつものように笑えば──向かいに座るマブは数度瞬きをして押し黙る。
「……何。天使の微笑みで恋にでも落ちた?」
「だりぃ〜……ンなわけねーだろ。何かいつもと違くね? ってだけ」
「
「マ、そうなんだけどな」
「……食べ方? 振る舞い?」
「も、だけど。どっちかってーと顔?」
「なら化粧か。いつもは着替えのついでに全部落としてる」
「あー……化粧……化粧な。なるほど」
水の入ったグラスを緩慢に傾け、正面からじっと此方を見やる様子に少しだけ笑って。それから、特に気にせず目の前のパンケーキを食べ進めることにした。どうせ半間は間違い探しの最中なのだ。好きにしてくれ。今は目の前の照り焼きチキンパンケーキを食べることに忙しいのだから。
「……
「お、正解。チークで血色出してる」
「ばはっ♡ 顔色良くねえモンなー」
「あとは?」
「目? いつもより吊り目っぽい? 気がする」
「正解」
「あとは分かんねーな」
「はは! あとはリップくらいだよ。多分もう落ちてる」
「へー、女ってもっとガッツリ化粧してるイメージだったワ」
「学校用はそんなに濃くできないよ。人によるけど」
「そんなモン?」
「そんなモン。一応校則もあるから」
濃くできないのにアイラインは引いているのか、とは自分でも思うものの。ノーメイクでやるしかない不良と印象を変えようと思えば致し方なかったのだ。サングラスで多少は誤魔化されるとはいえ、目元は印象に残りやすい。薄くでも目元の化粧をそれなりにすることは必然だった。
──そうして、見た目以上に満足感のあるパンケーキで腹ごなしを終えて。いつも通りに入った路地裏で、いつも通りに半間が煙草を蒸す姿を一人寂しく眺めているというわけだ。
「吸わねえの?」とは聞かれたが、制服姿で煙草を吸っているところが学校関係者に見られでもしたら即生徒指導室行きなわけで。その後は良くて停学、最悪退学だ。そんな感じのことを掻い摘んで話せば、ひとしきり爆笑された後に「めんどくせー」と言われて。そうだよな、でもそれが
「じゃー、タイマンも無理ってこと? 暴力沙汰だし」
「そういうこと。この格好のときは勘弁」
「……ゲーセンでも行く? お嬢制服着た女がパンチングマシンでバカの得点出してるとこ見てえ」
「映画でも良いな。デカくて厳つい不良が泣ける映画の箱から出てくるところ見たい。どうせなら恋愛系で」
「ばはっ♡ だから、ンフ、デートに寄せんなって」
「んふふ」
そろそろこの、側から見たら厳つい不良とお嬢様校の生徒とのデートにしか見えない現状に開き直った半間とふざけていれば──まァ、お決まりとも言えるイベントが勃発した。無論、この土地の不良達に絡まれる、なんてイベントだ。
チラリと此方に視線を遣って「
「へえ、さえちゃんって言うの? 可愛い名前だね」
「つーかオマエら誰?」
「ソイツ何て呼ばれてるか知ってる? 歌舞伎町の死神! そんな奴と居たら襲われるからやめときな?」
「ア? ンなことしねーよ。オレはテメェらと違って命知らずじゃねえの」
揃って面識がない人であるにも関わらず、半間を死神だと認識した上で馴れ馴れしく声を掛けてくる不良には舌を巻いた。そのやり口はただの不良というよりも、普通のナンパのソレだ。略奪文句に『襲われる』はナンセンスすぎるが。
女子校の近くであればこの態度の方が釣りやすいのだろうか。
しかしここはサンカヨーの校区。例外なく自分を守る術を叩き込まれているサンカヨーの女が、こんな安い手に引っ掛かるわけがないだろうが、とか。見た目はただの不良なことも相まって、ちぐはぐさが際立っていることは気にならないのか、とか。色々言いたいことはあったが──まァ、わざわざ言ってやる義理はないだろう。
「そんなヤベー奴よりオレらの方が良いっしょ」
「オマエらも十分やべーからな?」
「ってかよく見りゃめっちゃ可愛いじゃん!」
「あ? よく見なくてもスゲーかわいーだろうが」
「え、つーかマジでそんな奴よりオレらと遊ぼーよ! オレらこの辺の穴場知ってるよ!」
「はァ? オレらデート中なの。見て分かんねーの?」
如何に半間が『ヤベー奴』であるかをひたすら語り、私
私が笑っていることなど分かりきっている半間は、なおも「あーあ、可哀想に。震えてんじゃん」なんて言って茶番を続けている。やめてくれ。いつもクソみたいなネタぶっ込んで悪かったから。今の状況で仕返しをするな。
「はァ? 死神が怖くて震えてンだろ」
「目悪ィん? どう見てもオレの背中に居ンだろーが」
普通に見れば負け戦、それでもなお引き下がる様子はなく。そんな彼らは──小さく「そろそろだりぃな……」と呟いた半間に、呆気なく蹴り飛ばされていた。当然といえば当然だ。むしろ半間はよく今まで我慢したな。小さく拍手を贈ってしまったことも仕方がないだろう。
「修二君」
「……あ? どーした?」
当然の様に私を
そんな半間の様子に、何をどれだけ話すべきかを考えて──結局、詳しくは後で話すことで構わないかと思い直したのだ。どうせ不完全燃焼、後から私に吹っ掛けてくる未来は目に見えているのだから。
「んーん。殺りすぎないでね、ってだけ」
「何で?」
「もうしないの? デート」
「……ばはっ♡ そういうことなー? 天使サマの仰せのままに」
「あは、ちょっと」
最後とばかりに数発顔を殴って戻ってきた半間の顔に飛んだ返り血をハンカチで拭う。普段であれば「自分で拭けよ」と言っているところではあるが、まァ、一応デート中ということになっているので。何ら不自然な行動ではないだろう。半間も笑いを堪えながら「ありがと♡」とか言っているし。──いやマジで楽しそうだな、コイツ。
「この後どうする?」
「ゲーセン、って言いたいとこだけどな〜……」
「それでも良いよ? 着替えてまた集合ってことになるけど」
「ひゃは♡
「んふ、今更?」
死屍累々の路地裏から出て、近くに停めていた半間の単車に乗り込んで。「駅まで送って」と言えば、少しの間の後で「家までじゃなくて?」なんて声が返ってくる。
兄と鉢合わせそうになるところに連れて行くわけがないだろうが──とは、当然言えないので。「レディには準備があンの」とだけ言って、結局、近くの駅まで送ってもらうことになった。
「じゃあ、着替えて
「迎えは?」
「大丈夫、楽しみにしてて」
「ばはっ♡ りょーかい♡」
そうして、ちょうど来た電車に乗って六本木まで戻り、化粧を落として着替えを済ませて。そのまま──
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