48.小虎の邪推

「半間居ます?」

 開口一番にそう言ったサブローは──いつもより少しだけ楽しそうな雰囲気で、溜まり場へと顔を出した。
 珍しいこともあるものだとは思ったけれど、名前が出た人を思えば納得もできる。二人はどうも、芭流覇羅ができるずっと前からの親友であるらしいし。

「奥に居るよ。何かあった?」
「約束をしていまして。ちょっとだけフロア空けて貰っても?」
「良いけど……」

 わざわざオレに声を掛けずとも、勝手に使えばいいものを。そんな謎な要求に「何かすんの?」と聞けば、サングラスの奥の瞳がニッと細められた。曰く、タイマンの予定だと。

「……エ、喧嘩? 何で? 仲良しじゃねえの?」
「仲良しだからこそのタイマンですよ、一虎」
「意味分かんねえ」
「エ、マブと殴り合いするのって楽しくないです?」
「意味分かんねえ……」

 はァ? なんて感情を隠しもしないオレを見て、ふむ、と顎の辺りに手を当てて。それから、少し考える様な間の後で口を開いた。

「何も考えなくて良い相手と全力で体動かすのって楽しくないですか? 敵とか味方とか関係なく」
「……あ、そういうこと?」
「はは! 何でコレで分かるんですか」

 そんな、わざわざオレに分かるように言い換えてくれたサブローの理由に納得していれば──奥の部屋で煙草を吸っていたらしい半間が、「おせーぞ」なんて言いながら表に顔を出した。

 半間の喧嘩は知っている、というか、やっているのを見たことがある。
 サブローの喧嘩は──実は、まだ見たことがない。けれど、"堕天使"なんて呼ばれているくらいだ。凄まじいのだろうということは何となく分かる。だからこそ、チョメとチョンボにも声を掛けて場所を広く空けさせた。

 今日の芭流覇羅のメインイベントは、普段から仲も良い総長代理と親衛隊長のタイマンだ。これ以上なく面白いモノになるだろう。半ば確信にも近い予感に、これ以上なくワクワクしたのは──間違いのない事実だった。



 ──結論から言って、面白いを通り越して狂気じみた喧嘩だった。

 半間のリーチを活かした蹴りと拳は、全てを見切っているかの様なサブローに尽く避けられている。サブローの鋭く重そうな蹴りと底拳は、ギリギリのタイミングで半間の腕に全てガードされている。そのどちらもが執拗に顔を狙っている辺り、二人の殺意の高さが伺えるモノで。
 それでいて、二人の顔には──サブローの方は顔なんか見えたものではないけれど──これ以上ないくらいに楽しそうな笑みが浮かんでいるのだから。そりゃあ、こんな喧嘩ができる奴が居ればマブにもなるよな、と思ったのだ。側から見ればイカれているとしか言えないけれども。

「ひえー……おっかねえ……」
「サブロー君に全ベット」
「オマエ……何でアレ見てそんないつも通りでいられるんだよ……」
「サブロー君に全ベット」
「聞けよ。オマエ以外誰も賭けてねえから」
「……ヤベ、今そんなに金ねえな」
「だから! 成立しねーんだって……!」

 普段ならば挙ってどちらが勝つかに賭けはじめる観衆からは、清々しい程にいつも通りの奴を咎める声すらも聞こえてくる。──なるほど、だからか。
 だからサブローはわざわざ、オレに声をかけてまでフロアでタイマンを始めたのだ。発足からそれほど日も経っていない寄せ集めのチームで、舐めた態度の構成員も少なからずいる中で、こんな喧嘩を、こんなにも楽しそうにする総長代理と親衛隊長が居る芭流覇羅で──『勝手なことをしたらどうなるか分かるよな?』と。言外の脅しとしてはこれ以上なく効果的だろう。

 ──そんな喧嘩は、サブローが唐突に放った「煙草……」の一言で終わりを告げた。即座にピタリと手を止めた半間の「アー……じゃ、終わるか」なんてアッサリした声で、本当に終わってしまったのだ。

 十数分は互角のタイマンを続け、なお勝敗付かず。お互いに息切れもしていない。何なら、ずっと息を止めて魅入って居た観衆の方が息切れをしている有様だ。コレは──想像以上に、普段見ているようなお遊び・・・の一環だったのだろうか。

「一虎、場所ありがとうございました」
「……いーよ。良いモン見せて貰えたし」
「ばはっ♡ オレらは見せモンかよ」
「役付き幹部のタイマンとか見世物でしょう。間違いなく」
「まァ、それもそうか」

 それから。いつも通りに奥の部屋まで行って煙草を吸うらしいサブローに、半間も着いて行くらしい。そのまま何かを話しながら、並んでスロット台の奥へと消えて行った。
 別に、フロアで煙草を吸ったところで誰も嫌な顔はしないし、あんな喧嘩を見せ付けた幹部に何かを言える人もそう居ないというのに──毎度、サブローは奥に引っ込むのだ。

 一度、どうしてわざわざ奥に引っ込むのかと聞いたことはある。あるけれど「煙草くらい静かに吸わせてください」と言われて終わったのだ。だからこそ、慣れっこであろう半間以外はあの場所に近寄らないし、オレを含め、うるさくする自覚がある奴らは、用事がなければ近付けなくなった。

 半間だけが許されている距離感で、半間にとっても、サブローと稀咲だけを許している距離感で。だから何だという話ではないけれど──少しだけ、羨ましく思うときもあるのだ。場地も早く来ないかな、と。

「そういや一虎君、聞きました? 半間君のヨメの話」
「……エ、半間ってヨメいたの」
「なんか、制服着た可愛い女子とイチャイチャしてたらしいッスよ」
「はァ!? あの半間が?? 詳しく」

 ──どうも、近い距離感を許す人間はもう一人居たらしい。



「……芭流覇羅七不思議増えたな」
「は? 何だそれ」
「真の総長、総長代理の地雷、総長代理のヨメ、ナンバースリーの情緒、親衛隊長の素顔、親衛隊長は本当に喫煙者なのか」
「それオマエが言ってるだけだろ。しかも七個もねえし」
「オレはサブロー君がタバコ吸ってる姿を見てェんだよ……!!」
「あー……ハイハイ。いつもの眷属発作だったか」


top小説top