──2005年10月某日
反東卍、ついでに、かねてより一掃したかった人を集め、その全てを芭流覇羅に引き入れ終えた。前者は稀咲のお望み通りの人選で。後者に関しては、どうせ東卍とぶつかるのであればついでにコイツらも駒に使うか、なんて人選だった。用も済んだ不用品は捨て駒にするに限る。
加えて、適当に取り引きのあった小さなチームもいくつか引き入れたからには、私が単独で連れてきた構成員は総勢百人弱といったところだった。元より知り合いの数は多くとも、その多くが引き抜きも吸収も面倒なデカいチームの参謀か、もしくは噂好きのレディースなのだ。そんな中でこの人数──ウン、我ながら頑張った方だと思う。
コイツは河田の双子にぶつければいい、コイツには柴の弟にでもぶつけるか、なんて。頭の中ではそんなことを考えつつも、それまで通りに売られた喧嘩を買い、芭流覇羅に誘わなかった人からも情報を集め、少しだけ操作したものを別に流す。
そうこうしているうちに、時折涼しい風が吹く季節になった。
今朝になって、芭流覇羅の総長代理をやっている半間から「今度入りたいって言ってきてる奴の踏み絵するから」なんて簡素なメールも届いた。あの愉快犯極まりない半間が意外にも素っ気ない文章を打つのだということは、当人とつるむ様になって少ししてから知ったことで。どうも喋り方と文章は違うらしい。
しかし、かといって。手の甲に気合いの入ったお絵描きをしているような奴から、ハートとか星とか、果てはギャル文字を使った──機嫌良くふざけ倒しているときの長兄みたいなメールが届く方が恐怖なのだが。いや、死ぬほどどうでもいいな。
さて、ただの報告文面でしかなかった今回のメールは「オマエは来ても来なくてもイイよ」という意味だ。私が望んだ、いつも通りの暴力的な踏み絵──ひいては時期的に、単身で乗り込んでくる圭介の踏み絵をするのだろう。
つまり、
此方としても、暫定タイムリーパーなタケミチ君に釘を刺すための布石は打ってある。上手く事が運ぶかは分からないが、偶然拾うことができた原石をただの石ころで終わらせないためにも、できるようにやるしかないだろう。
──これを乗り越えなければ、私は前に進めないのだから。
今晩東卍の集会があるという情報の元に、件の新入りを迎えに行くらしい一虎
どうせ人もそれほど残っていないと踏み、メットで乱れた前髪を乱雑にかきあげた。それから──武蔵神社の鳥居を目指し、参道を歩いたのだ。
「あ? レンレンじゃん」
鳥居の前、階段に座り込むマイキーが小さな声を出して顔を上げる。近付く私に気付いたらしい。近くの階段で伸びているタケミチ君に向けていた視線を戻して「や、久しぶりですね」と片手を上げれば、同じように返してくれた。
──はて、身構えないということは、マイキーは私の所属を知らないのだろうか。まさかそんなはずはないだろうとも思ったが、その場合、分かりやすく芭流覇羅のウィンドブレーカーを羽織ってこなかったのは吉と出るのだろうか。それとも。
未だ変わらず伸びているタケミチ君に、ちらりと視線を遣る。「聞いていいやつですか?」と問えば、面倒そうに「あー……ウン」なんて返答が返ってきた。
「集会中に殴られて気絶した」
「……東卍での内部抗争はご法度では?」
「ちなみに場地」
「はァ? 何やってンだアイツ」
「マジでそれなー? あ……そうそう、タケミっちのこと東卍に入れたから」
「マジで内部抗争じゃん……」
「場地は言っても聞かねーって。ってかさ、困ってたら助けてやってよ。タケミっちのこと
ジト……とした視線を向け「今は特服着てねえけど」なんて不貞腐れた声を出すマイキーはやはり、所属の件は知った上での態度だったらしい。全てを引っ括めて「善処します」と笑っていれば、少し溜め息を吐かれて。
それから「そういや、あの中華マフィアみたいなサングラスとマスクは?」なんて、話題を変えるように呆れた音が聞こえた。どうもフルフェイスを取ったあとで着け直すの忘れていたらしい。一虎の前では外していないから──まァ、問題はないだろう。
「普通に忘れてましたね」
「ふーん? ンで、何しに来たの? 芭流覇羅の親衛隊長サン」
「そうですねえ……いつぞやの対価の支払いと、」
そう言ってから少し間を開け、そういえばコレもあったなと別の用件を思い出した。普通に忘れていたが、総長に話を通して悪いことはないだろう。
「近々龍宮寺を借りたいことへの打診ですね」
「ケンちん? 何で?」
「次の抗争、ICBMの阪泉君が仕切り役を引き受けてくれそうなんですよ。こちらからは言い出しっぺの私が行きますけど、正式にお願いしに行くときには東卍からも人がいた方が良いと思いまして」
後々抗争が控えている敵対チームであるとはいえ、第三者へと仕切りをお願いしに行くときは、双方の構成員で揃って頭を下げに行くのが筋だ。マイキーもその辺りは理解しているところだろう。間を置かずに「ソレでケンちんってワケね」と納得したように頷いた。
「ええ。こちらがただの親衛隊長である以上立場のある幹部であっても総長ではなく、相手方に無闇に喧嘩を売って約束を反故にされない程度の理性があって、こちらの立場を知ってなおある程度会話ができて、万が一があっても自力でどうにかできる人……だと龍宮寺かなって」
「……三ツ谷は?」
「見た目からして威嚇できるデカい人が良いンですよね」
「はは! 三ツ谷に聞かれたら怒るぞー?」
「適材適所ですよ。別に三ツ谷をナメてるわけじゃないンで」
そうして。「ケンちんにはオレから言っとくよ」との言質を取り、無事に龍宮寺を借りられそうな雰囲気にひとつ息を吐く。無論、安堵の息だ。
「つーか段取り組んでくれたの? フツーに助かる」なんて言ったマイキーには、適当に「構いませんよ」とだけ返すことにした。個人的にはいくら暴れていようが、むしろ根回しの方が専門なのだから。
「あとは対価ですね。何か欲しい情報ってあります?」
「今はねーな。とりあえずのところは抗争で勝って、場地を取り戻すだけだし……ア、芭流覇羅のトップって誰? 半間じゃない奴。まさかレンレンじゃねえよな」
「ウーン……流石にそれはちょっと……」
「ちょっと?」
「……言えないですねえ」
「そう、ならいいや。段取り組んでくれたし」
「助かります」
いくら愛美愛主のときは情報を流しまくっていたとはいえ、今では流石に、そこまで情報を開示するわけにもいかなかった。
ここで突然自分だと言われたところでわけが分からないだろうし、マイキーもチームに与する者しての事情は理解したのか、諦めてくれたことであるし。そもそもが芭流覇羅で周知されている情報でもないのだ。とりあえず適当に話題を変えてしまおうか。
「あーあ、久々にタイマン張って欲しかったんですけどね。チームも何も背負わないやつ」
「やっぱソレが本命かよ。そっちでなんかあったの?」
「別に? なーんもないですよ。謎にムシャクシャしてるだけです」
それからは、のんびりと「生理?」「違えし黙れよデリカシー皆無野郎がよ。この場でお前殺して抗争ポシャらせるぞ」「はー? やってみろよ。つか女は殴らねーって言ってんじゃん」「しばらく男だと思ってた奴相手によく言えるな」「それはごめんって」なんて。数ヶ月前までは、本当に私の正しい性別を認識していなかったらしいマイキーと軽く言い合いをしていれば──階段で伸びていた方の金髪がガバッと飛び起きた。
キョロキョロしている辺り、現状把握中なのだろう。これは落ち着くまで話しかけない方がいいのか──とは思えど、この場には空気を読まない自由人がいるわけで。
「タケミっち、起きた?」
「マ、マイキー君!?」
──と、まァ、このように。当然の如く状況把握の時間はもらえていなかった。可哀想に。
あとはしばらく、私に聞かせて良いものかとすら思ってしまう様な会話が交わされている。稀咲は危険だから除名しろだとか、その条件を呑む代わりに圭介を連れ戻さないと殺すとか。マイキーの方は相変わらず物騒極まりない言葉選びをする。当然、人のことを言えた口ではないが。
あまりにも二人の世界に入って話し込む姿に、コイツら私の存在忘れてンのかなあ、なんて視線は向けてしまうものの。話が終わるまで大人しく暇を潰すことくらいわけないのだ。何せこの後はマイキーとこの新入りを引き離した後で、少し
そうして。しばらく意識を彼方へと飛ばしていれば、二人の意識がこちらに向いたのが分かった。
「……何、話終わった?」
「ウン。さっき言った通りよろしく」
「どれ?」
「全部。変なことしたら場地に連絡先教えるから」
「マジでやったらお前から殺すからな。……まァいいや、タケミチ君は何かお困りで?」
「え!? あ……その、場地君を、」
「ごめん、聞き方が悪かった。帰りの足はある?」
「エ!? いや……」
「じゃあ送ってくよ。マイキーはまた」
困惑しきりのタケミチ君の手を引いて、後ろ手に手を振れば「ばいばーい」なんて間延びした返事が聞こえてくる。いつもバブが停められている駐輪場を少し過ぎたところで、控えめに「あの、手……」と聞こえてきた。──そういえば繋いだままだったな。
「失礼、えーっと……」
「あの! オレ、花垣武道です」
「は……? いや、知ってるけど……」
「……エ?」
どうも噛み合わない会話に揃って首を傾げる。まさか忘れられているとかあるか? 自分で言うのもなんだが、こんな胡散臭いヤツを? 一瞬だけそう思って──それから、胡散臭い要素をあらかた放り捨てていることを思い出した。
いやでも、顔全部出して敬語がないだけで分からないモン? そんな俄には信じられない様な仮説は、控えめに聞かれた「あの、それであなたは……」なんて声でその通りだったと理解してしまった。
「……左衛門三郎です。その節はどうも」
目的の駐輪場までの歩みを止めずに、ポケットに入れたままだったマスクとサングラスを付け直し「改めてよろしくお願いしますね」なんて。気持ち丁寧に前髪を下ろしつつも、今まで普通に忘れていた敬語を戻して笑い掛ければ──タケミチ君は分かりやすくギョッとした表情を作った。ウーン、これは。
余程この胡散臭いサングラスと敬語の印象が強かったのか。それとも、前髪の有無とはそれほど印象に差が出るのか。
或いは──未来の誰かから何かを聞いていて、その衝撃で他の情報が吹っ飛んだのか。まァ、それも含めて聞けばいいだろう。
「タケミチ君、今から少し時間をいただけますか?」
「は、はい! ぜひ!」
「はは、そんなに身構えなくても取って食いはしませんよ」
「取って食……!?」
「だから、ンフ、しないってば」
笑いながらもたどり着いた自分の単車に跨って「ちゃんと被ってくださいねー」と予備のヘルメットを渡せば、タケミチ君は存外素直に被ってくれた。──やはり、中身は見たままではないらしい。どう見ても
正直に言えば、この辺りは楽で良い。話しやすいし、他の不良だったらこうは行かないから。現に一虎を後ろに乗せるときは毎回首に掛けているだけなのだ。本当にアレはなんとかしてほしい。私が捕まるだろうが。
それから、おずおずと後ろに乗って。この単車でのニケツは初めてではないのに、掴まる場所に迷っている様子のタケミチ君に「そこのバーにでも捕まっててください」と声を掛けて愛機を走らせた。ここからタケミチ君の自宅までならば少し手前に公園があったはずだ。話し合いはそこでいいか。
「ハイ、降りてくださーい」
「近くまでありがとうございます。ってか何で家の方向知って……」
「エ? この前送りましたよね?」
まさかそれすらも忘れているのかとミラーシールドを上げれば、少ししてから「ああ! あのときの!」なんて言って元気よく指をさされた。思い出して貰えたようでなによりだよ、本当に。せっかくの布石がただの石ころにならなくて済んだ。
「エ!? ってかあのとき確か背中に何か……」
「TEAM WALHALLA?」
「そうですそれ! ……ってはァ!? やっぱり!?」
「……ま、それも含めてお話しましょうよ」
「いや、あの」
元からサイドパニアに入れていたコンビニの袋を片手に、万が一にも逃げられないように再び手を引いて自販機前までドナドナする。明るい方が表情も読みやすいと思っての行動だったが、相手が顔に出やすい彼なら暗い場所のままでも良かったのかもしれない。今更どうでもいいか。
「そういえばタケミチ君、ワ✕ピースって読んでますか?」
「エ!? まあ、細かいところは微妙ですけど……」
「それは同じなんで大丈夫ですよ。どのエピソードが好きとかあります?」
唐突に脈絡のない話を始めたことは本当に申し訳なく思っている。仕方ないだろ、タケミチ君が誤魔化すことすら諦めるくらいまで段階を踏んでおきたいのだ。小声で「芭流覇羅……ナオトの言った通りだ……!」なんて言っていた時点で、もうほぼ大丈夫そうではあるのだが。
よくこれでタイムリープなんて特大の秘密を隠し通せているな、と思ったことだって仕方がなかった。そもそもの話、今では面識すらないはずの直人君が私を知っているはずがないのだ。
「個人的に好きなのは頂上戦争編ですかね」なんて言って。いつかの世界線で読んだ記憶のあるエピソードを元に話を強引に進めれば、多少迷った様子は見せたものの「オレも……ッスかね」と返してくれた。なるほど。一応、同じエピソードを選んできた辺り完全に抜けているわけではないのか。
──それでも、こうして面白いくらいに引っかかってくれたタケミチ君にはマスクの下で笑ってしまう。ひとしきり熱く感想戦をした後「はいコレ、今週号です。まだ読んでいませんよね」と言って、コンビニ袋に入っていた少年誌を手渡した。
今週号に掲載されているエピソードは、くまの手による主人公一味壊滅の少し前──まァ、私が挙げてタケミチ君が同意して、二人して熱く語り合った頂上戦争よりも前の話であることは確かだ。
「え……あの……これ、」
「さ、少し話を聞いてもらえますか? タイムリーパー君」
そう言って、目元のみでニッと笑ってみせると──タケミチ君の喉からは、ヒュッと苦しそうな音が聞こえた。
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