少年誌の語りでタイムリーパーであることが確定したタケミチ君からは、いつもやっているよりも少し優しく情報を巻き上げた。普段に強情な人間を相手にするときは、あそこまで待たずにサクッと肩を外すなり蹴り飛ばすなりするのだ。
何せ普段相手にしている人達は、揃いも揃って目先の不利益のためなら己の信念などあってないような層なのだから。そんな人達に合わせたやり方に慣れてしまっていたからには──まァ、かなり我慢した方だろう。
実際のところはタケミチ君にやったやり方の方が向いている、ということもあるが、それはそれ、これはこれだ。相手によって詰め方を変えるのは特に苦でもない。
時期的にそうであってほしいとの願いも混ざった誘導尋問もどきを含め、ひとしきりの知りたかったことを聞き出したあと。対価としてタケミチ君が提示したのは、私についての情報だった。
この際だ、やけにアバウトなのは何ら構わない。私がまた失敗したらしいこと、そしてそのまま死んだこと。──つまりは、その分の情報は貰えたのだから。
「えーっと、まずは自己紹介ですか?」
「あ、じゃあ……お願いします」
「左衛門三郎蓮、左衛門三郎は旧姓です。戸籍が変わる前は渋谷に住んでいまして、タケミチ君の言う『場地君』とは病院の保育器がお隣さんだったときからの仲ですね」
「……つまり幼馴染ってことですか?」
「そうなりますね。ちなみにマイキーと、五番隊の三途春千夜とも幼馴染です」
少しおどけて「どいつもこいつも不良になっちゃいまして」なんて言えば、それまで見せていた私への怯えを忘れたような顔で「ひゃー……」なんて言う声が聞こえてきた。
「あ……だから蓮さんは、」
「サブローでお願いします」
「……サブロー君は場地君を死なせたくないんですね? 幼馴染だから」
「そうですね。ソレだけでもないですが」
意識もせずにそう言葉にした刹那、失敗したなと思った。『幼馴染だから』で納得してもらえるのであればソレで良かったじゃないか。
案の定キョトンとした顔をするタケミチ君には何をどこまで話すかと考えて──とりあえず、圭介自身が覚えているのかどうかすら分からないことは言わないことにした。忘れたままでいられるのであれば、どう考えてもそちらの方が良い記憶だ。
「多分、タケミチ君がヒナちゃんを助けたいのと似た感覚ですよ」
「…………エッッ!? つまりそういう!?」
「つまりそういう。ぶっちゃければマイキーがどうなろうと知ったことじゃないですから」
「確かに結構バッチバチでしたもんね……え、てかじゃあマジで場地君だけってことですか!? うわー……甘酸っぺぇ……!!」
恋バナの予感を察知したのだろう。目をキラキラとさせてしまったタケミチ君には、今言った言葉は全部自分にも返ってくるはずなんだけどな、なんてことを考えて。今となっては甘酸っぱい軽やかな感情だけでもないということは──とりあえず、黙っておいた。その方面で納得してもらえるのであれば何も構わない。
「……あれ? ちょっと待ってください」
「はい」
「サブロー君って、いつからタイムリープしてるんですか……?」
「いつから……毎回渋谷を出た少し後くらいに戻りますけど……」
「明確に何年前とかじゃなくて? ってか毎回……」
「ええ、戻る日付けはまちまちですけど……決まって母が死んだ後、戸籍が変わる前ですね」
もうどうにもできないことであるとしてとうに乗り越えた死であるが、タケミチ君にはそうは受け取って貰えなかったらしい。小さく「……あ、そっか。お母さんが」と呟いた表情は、いつかの私がヒナちゃんに話していたところに、たまたま居合わせてしまった直人君とそっくりなもので。──つまりはすこぶる空気が悪かった。話を変えたい。
「……ちなみに今で三回目です。トリガーが居ないので死に戻りですが」
「死に戻り!?」
「ええ。なので多分、タケミチ君が知る未来でも、他の誰にでも押し付けられる身代わりを買って出たンでしょうね。戻りたかったのか、単に圭介が死んだ世界では生きていけなかっただけなのかは分かりませんけど」
「そんな……」
そういえば、今回のタケミチ君は圭介を死なせないという目的もあったはずだ。にも関わらず、何度か手を握ってみても、どちらも戻らなかった。
手袋越しだったからか、最終目的が違うが故にトリガーにはなり得なかったのか。それとも、タケミチ君の未来に私は居ないからこそ戻れなかったのか。──まァ、コレは今考えずとも構わないか。
次の抗争を上手く乗り切って私が死ななかったとしても、次の抗争を上手く乗り切って私が死ななければ、タケミチ君の中からは『圭介を死なせない』なんて目的は消えるはずで。未来に私がいたところでトリガーにはなり得ない。ソレで良いじゃないか。
「あの、サブロー君」
「ア……すみません。少し考えごとを」
「いえ……それで場地君の件なんですけど、」
「抗争前に連れ戻すのは諦めた方がいいです。大人しくマイキーにしばかれてください」
「ええ!?」
「まず、コチラには圭介の
「兄……え、真一郎君……?」
「そういうことです」
「嘘だろ……!?」
絶望した様に顔を覆ってしまったタケミチ君を横目に、傍の自販機でお茶を買って。それを、手の隙間からこちらを眺めていたタケミチ君に押し付けた。
「以上が私の考えです。まだ話は終わっていないので、それでも飲んで落ち着いてください」
「あ……ハイ」
「タケミチ君の知る未来では、おそらくこの考えを元に動いた私は失敗した。ギリギリで計算違いがあったか、何処かで慢心したか、誰かさんに計画の邪魔でもされたのか、それともただ偶然が重なったか……まァ、結果が結果なのでそれぞれの対策を考えますけど」
「……」
「なのでまァ、タケミチ君も好きなように動いて欲しいといいますか」
豪快にお茶を流し込んで「良いンすか!?」なんて言うタケミチ君には、「邪魔にならない程度なら」とだけ言っておいた。タケミチ君の未来では圭介が死んでいると分かった以上、私もこのままで良いとは思っていない。間違いなく計画を練り直す必要があるのだ。
「邪魔にって、具体的には……」
「ここでの話、特に私のことを言いふらさないこと、抗争中に私の足止めをしないこと……くらいですかね。とりあえずは。此方も、邪魔になりそうだと判断したとき以外は口を出しません」
「なるほど……分かりました。絶対しません」
「ありがとうございます」
話も纏まったとして公園の時計を見上げると、針は既にそこそこの時間を指していた。どうも気付かないうちに話し込んでしまっていたらしい。「そろそろ帰りましょうか」なんて言って公園の入口に停めてあった単車まで戻り、メットを被せ、エンジンを掛けた。彼の家まではそう時間はかからない。
「遅くなってすみません」
「オレの方こそ家まで送ってもらっちゃって……ありがとうございます」
「時間も時間ですからね。あまりお気になさらず」
「はい……あの!」
いつかにも来た家の前まで送り届けた上で少しだけ話していると、タケミチ君は急に声を張った。生憎と逆光になっていてその表情を窺い知ることはできないが、真面目な話をしようとしている空気はなんとなく察したのだ。
少しでもよく見ようとシールドだけ上げてみれば──眩しいくらいに真っ直ぐな視線とぶつかって。少しだけ後悔した。
「オレ、絶対……絶対に成功させます!」
「頼もしいですね」
「場地君は死なせないし、マイキー君に一虎君は殺させないし、サブロー君も、絶対死なせません。死に戻りだって、絶対にさせませんから」
「そりゃ……頼もしいですね」
その眩しさに目を細めて「じゃーね」なんて言って。単車を転がした背に聞こえた「今日はありがとうございました!」の声に唇を噛む。
あの目は嫌いだ。眩しすぎて嫌になる。
そうしてしばらく。六本木を目指してゆっくりと流していると──道中、ポケットに入れていた携帯が震えた。
道の脇に単車を停めて液晶を見れば、表示されている発信者はつい一時間前程に別れたばかりのマイキーだった。──わざわざ電話をかけてくるなんて珍しい。何の用だ。
『もしもしレンレン?』
「はーい、何かありました?」
『そういや聞き忘れてたと思ってさあ』
「何を?」
『レンレン、場地とはもう話したの?』
その言葉を聞いて一瞬、息が止まった。マイキーが言った『もう』というのは、聞くまでもなく、かつての私が連絡もできずに消えてからの話だ。マイキーには既に何度か会いに行っている。春千夜とも一度顔は合わせ、挨拶もした。圭介とは──
「……いーや、話してないですね」
『何で?』
「別に、情報渡したところで、ですし」
咄嗟に口から滑り出たのは、思ってもいない言葉だった。何せ、情報を渡せばそれなりに上手く使ってくれるだろうことは容易に想像ができるのだ。「稀咲に近付くな」とか何とか言って、一虎と一緒にどうにか抗争から遠ざけることだって、死ぬ気で頑張ればできたはずだ。
いや──正直、一虎の除名はソレに付随する計画の練り直しと稀咲への言い訳を考えることが怠かったからこそ、やっていないのだが。
『ふーん……』
「何ですか?」
『や、場地がそっち行ったの、レンレンが居るからかなって思って』
「……いやあ、はは、まさか。それはないでしょう」
『そう? 案外あると思うけどなー』
無意識に呟いた「覚えてないでしょう、流石に」の小さな音は、酷く掠れていた。事実、私は連絡もなく急に消えた幼馴染なのだ。忘れられていたらそれはそれで凹むが、圭介が私に関わって死ぬくらいなら、スッパリ忘れられていた方がマシだとすら思えるわけで。
先の抗争での様子を見る限りそうとも言いきれないのが困ったところではあるのだが。それはそれ、やはり忘れられていた方がまだ気が楽なことは事実だった。
ややあって電話口から聞こえてきたのは──敵対チームの親衛隊長を相手にするには柔らかく、小さな笑い声だった。
「……何?」
『や? オマエらマジで同じコト言ってんなーって思っただけ』
「はァ?」
『場地もさ、蓮がオレのこと忘れて楽しく生きてンならそれで良いってずっと言ってんの』
「…………へえ」
『……ってエマに聞いた』
「げえ、エマかよ」
別にエマの口が軽いとかそういう話ではないが、それはそれ。圭介が私の話をする相手がエマであったらしいことには溜め息も出る。
そりゃあ、エマにも色々察されるよな。向こうから話聞いてンだから。
『つーか場地が何してるかは知ってたんだろ? 何で会ってやらねーの?』
「……人をストーカー扱いするなよ」
『似たようなモンだろ』
飛んでくるとは分かっていても、そう簡単には打ち返せないから火の玉ストレートと呼ばれるわけで。明確に煽られたことは分かっても、何も言い返せなかった。
とりあえずとして「黙れチビ」とだけ言えば、電話口からは『ア゙?』なんてガラの悪い声が聞こえてきて。今度こそ容赦なく舌を打ち、これ以上ヒートアップする前にと即座に通話をブチ切った。
──クソ、昔はアイツと話す度にイライラしていたことをすっかり忘れていた。最近が穏やかすぎたのだ。
翌日、メールボックスに届いていた『場地に会ったら戻ってくるように言っといて』のメールには返事をせず。アドレスもそのまま、迷惑メールボックスにブチ込んだ。
人伝に忘れられていないと言われたところで、今更昔馴染みとして呑気に顔を見せられる様な鋼のメンタルはしていない。
それに、生憎と今は芭流覇羅の人間だ。マイキーはそれを知っている上でなお気にせずメールを寄越したのだろうが、今圭介に東卍へと戻られるわけにもいかなくて。どうしたって、マイキーの言う通りのことができるわけがなかったのだ。
「アレ、結局来たン?」
「……は? 踏み絵って今日でした?」
「ばはっ♡ 知らねーで来たンかよ」
「知らねえよンなこと……」
学校終わりに化粧を落とし、服を着替え。いつも通りに芭流覇羅の溜まり場へと顔を出せば──どうも今日が圭介の踏み絵の日だったらしく。顔を合わせたくないと思ったそばからのコレだ。本当に嫌になる。
面倒でセットすらせず、伸びかけの髪を適当にハーフアップにしただけの頭をガリガリと掻いて。溜め息混じりに「奥で寝るので、人寄せないでください」とだけ、物珍しそうな顔でこちらを見る半間に言っておいた。
「寝不足?」
「そうですね。テスト前」
「うーわ、真面目じゃん」
「の、駆け込み
「ひゃは♡ やべーな、ほぼ社畜じゃん」
「せめて学畜って言え」
私が寝不足だとどうなるかを知った上で爆笑して「オヤスミー」と手を振る半間に、こちらも後ろ手に軽く手を振って。溜まり場となっている廃ゲーセンの奥にある、ソファと机と灰皿しかない、かつては事務所だったらしい狭い部屋へと足を向けた。
芭流覇羅でも煙草を吸う人は多いが、こんな狭い部屋まで煙草を吸いに来る人はそう多くない。好き好んで来るのは素顔を見られたくない私か、静かに煙草を吸いたい気分なときの半間か、どちらかを探しに来た幹部くらいのものだ。
半間が来ない以上──一人で考えごとをする空間としては丁度良かった。
経年劣化で嫌な音を立てる換気扇を回し、特服のシガーポケットから取り出した煙草に火を付ける。今後の計画は、まァ、睡眠時間を削ってまで組み直したのだ。羽のように口が軽いタケミチ君が口を滑らせるかもしれないことも、一応対応案は立てた。抗争中に身動きが取れない事態にならないための計画も立てた。あとは直前に実行に移すのみで。
一度ポッと丸い煙を吐き、その後でゆっくりと口の中に残る空気を押し出した。計画を詰め直した中でやはり残った、少し未来の私が死んで、どうして
とはいえ、コレに関してはどうせ、いつもの未練よりも諦めと絶望が勝ってしまったのだろうとも思ってしまえるから。一応のところはどうだっていいことではある。コレでも、自分のそういうところは信頼しているのだ。
少なくとも、タケミチ君の知る未来を聞いて、ここまで計画を練っている今回で、また失敗したら心が折れる自信はある。タイムリープの手段として握手があること自体は数年前から知っている以上、死に戻りが嫌になったのかもしれないというのも何ら否定できなかった。自己中心的で諦めが早いのはいつになっても変わらないから。
「……やーめた」
半分程まで減った煙草を灰皿に押し潰し、少しだけ固まった背中をグッと伸ばして。そのまま泥沼になりそうな思考を止め、座っていたソファに寝転んだ。
脚ははみ出してしまうがどうでもいい。万が一誰かが来たときのためにと、マスクもサングラスも外さないままで──間違いなく寝不足だった瞼は、数秒もしないうちに閉じられることとなる。
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