方やどこか微妙な顔で、方やノリノリで半間のことを話すアッくんと山岸の話を聞いていれば、突然オレ達のクラスに乗り込んできた人が居た。それが一虎君だったのだ。どうも同じ学校だったらしい。
そんな一虎君から、拉致同然にも連れて行かれたのは、新宿にある廃れたゲーセンだった。そこでは東卍に連れ戻すべく探していた場地君が、首のない天使を背負って誰かをボコボコにしていて──思わず、情けない声が出てしまう。
平然とした顔でこちらを伺った一虎君曰く、殴られているのは東卍に居たときの場地君の腹心であるらしい。聞けば、本当に場地君が東卍を抜けたかどうかを見る
「今日もサブロー居ねえの?」
「アー……今日は奥で寝てる」
「はァ? 何だそれ」
フロアの奥に居た半間から「眠いンだと」と返された一虎君は「相変わらず自由だなー……」なんて気の抜けた声を出した。周りで観戦していた芭流覇羅の人が「エッ、珍しー!? 今日サブロー君居るンすか!?」と言って嬉しそうにスロット台の奥へと消えた様子を、そりゃあの人なら居るよな、なんて気持ちのままに目で追う。
何せ場地君のことをあれだけ大事そうに語っていた人だ。いざとなれば守れるように出て来られる場所にいても何ら不思議ではなかった。いや、別に居なくても「そんなモノか」で済むけれども。
オレと同じ様に、その背を視線で追っていた半間が「あーあ」と面倒そうに息を吐いて腰を上げた。それと同時に、振り上げていた拳を止めて立ち上がった場地君が「……サブロー?」と訝しげな声を出す。──まさか場地君、知らなかったのか?
「ウチの優秀な情報屋。一応場地の話もサブローから通ってるけど……会ったことあったっけ……?」
「アー……つーかよォ、そンなら踏み絵なんて必要あったか? 情報屋の左衛門三郎つったら……アレだろ? 有名人じゃねーか」
一虎君と場地君の会話を聞いていて、ふと、何かが引っかかった。
場地君とサブロー君は幼馴染であるらしい。つまり、会ったことがないはずもない。にも関わらず、場地君は一虎君からの質問を濁し、おまけに『有名人』という少し遠くの人を指す言葉をわざわざ使ったのだ。だとすると──もしかして場地君、話逸らした?
とはいえ、一虎君は「ああ、そっちで知ってたんだ」と納得して気にしていない様子であるし、それ以上は気にしないことにした。サブロー君はお母さんが亡くなってから渋谷を離れたと聞いた。曰く保育器からの幼馴染である場地君の方にも、何かしら思うところはあるのだろう。
「ソイツから通ってンならそれで十分なんじゃねーの?」
「まあ、そうなんだけどな。最低限の忠誠心くらいはオレらで見とけって、サブローからも言われてんの」
困った様に笑う一虎君に続けて、ゆらりと怠そうに立ち上がった半間は「そ、だから他所から入れるヤツには毎回やってるワケ」と言った。その言葉に──場地君の話をしていたときのサブロー君の目元が一瞬だけ過ぎる。
苦しそうで、寂しそうで、けれどどこか優しげなソレは、どう見ても恋する女の子の表情だった。それも、サブロー君のパッと見の印象が少年であるために、一瞬頭が混乱するくらいには。
場地君の話をするだけでもあんな切なそうな目元をしていた彼女は、場地君に限ればそれを望んでいなかったのではないか。何の根拠もなくそう邪推した考えは──「ま、そのうち来るだろ」と言った半間の声で、一瞬にして霧散したのだ。
いや、来るのか。ここに。そうなるとオレがここに居ると不味くないか? どう考えてもサブロー君の邪魔になる立ち位置でしかない。
「えー、じゃあサブロー待つ?」
「待たなくていーよ。だりぃし」
「何かあんの?」
「寝起きだと確実に喰われンだよなァ……」
──『喰われる』? 何が?
そうして、どうも乗り気ではなさそうな半間の言った「さっさと済ませよーぜ」なんて言葉に、一虎君と揃って首を傾げていれば──唐突に、人垣の奥からものすごい音がした。
形容するのであれば、ドゴン! だかバゴン! だか。とにかく、何か重いものが金属に当たる音だ。
丁度さっき芭流覇羅の人が嬉しそうに駆けて行った奥の方から聞こえてきたからには、まあ、多分あの人が金属の何かしらにブチ当たった音なのだろうけれども。
まさかサブロー君のあの細身で人を一人ぶっ飛ばせるとは思いたくないから、芭流覇羅の人がどこかに足を引っ掛けでもしたのだと思うことにしよう。きっとそうだ。それがあまりにも勢いが良すぎただけだ。
──コレは当然、できうる限り精一杯の現実逃避だった。だって、急に塗り変わったこの場の空気からして怖すぎる。
喧騒から一転、異様な空気で静まり返った場に響いたのは「人が気持ちよく寝てるときに叩き起すンじゃねーよカス。この× × × がよ」なんて声だった。微妙に聞き取れなかった部分はあるものの、おそらくのところは、おおよそ寝起きに飛んでくるモノとしては切れ味の鋭すぎる暴言だ。
それでも──やはり一応、知った声ではある。
知った声ではあるけれど、記憶よりも少し低く掠れているのは。基本的には丁寧だった口調が崩れているのは。そのどちらもを寝起きだからで済ませてしまっても良いモノなのだろうか。
普段から多少の胡散臭さはあっても、物腰は柔らかい。そんなサブロー君でも、やはり本当のところはその辺の不良よりも怖いということなのだろうか。──もう既に帰りたくなってきた。ムリだよナオト。不良怖すぎる。
後頭部をポリポリと掻いて、小さく「だりぃ……だァから嫌だったンだよ」と言った半間は、一転「うっせえぞ!!」と声を張った。その声に一拍置いてから、明らかに寝起きで頭が回っていません、みたいなぼんやりとした声が小さく聞こえて。それから、スロット台の奥からゆらりと歩いてくる人影が見えた。
──亡霊かな?
いや、サブロー君は死に戻りをしてるらしいから、ソレもあながち間違っていないのか。ダメだ、現実逃避が現実逃避にならない。助けてくれナオト。
そのフラフラとした一挙手一投足の全てがよく見えるのは、集まっていたガラも態度も良いとは言えない芭流覇羅のメンバーが、揃いも揃って行儀良くその人へと道を開けたから。
特に声が張られていたわけでもなかった先の暴言がよく聞こえたのは、好き勝手に野次を飛ばしていた芭流覇羅のメンバーが一斉に黙ったから。
サブロー君は別に、半間程の上背があるわけでも、見るからにイカつい体格なわけでもない。それなのに、この場にいる半間以外は誰も、一言も発せられない。そんな空気だったのだ。
少し前に半間が理由に挙げた『喰われる』とはつまり、空気が呑まれてしまうということらしい。──何だそれ、知りたくなかったな。
「……人、入れるなって言いませんでしたっけ?」
「止める前に飛んでったンだっつの」
「あー……ね。なるほど」
サブロー君、実は覇王色でも使えるのかな──とは、諦め悪くも再開した現実逃避のソレで。本当にガッツリ寝ていたらしく少し寝癖は付いているものの、眠そうに顔を出したその人はやはり、間違いなく堕天使その人だったのだから。
空気を喰っても素知らぬ顔をしているサブロー君は、不機嫌そうに眉を顰めたままに人の集まるフロアを一瞥する。道を開けた芭流覇羅のメンバーには目もくれず。険しい顔で眉を寄せ、じっとサブロー君のことを見つめている場地君にだって視線を向けず。
場地君に殴られていた人を見て、脚の震えが止まらないオレと視線を合わせて。もう一度「なるほど」と呟いてから、オレも知っている穏やかな雰囲気に戻った。
それから、革の手袋を着けた手を一虎君の頭に置いて「気にせず進めてください」とだけ言って──そのまま、さっきまで半間が居た辺りにフラフラとした足取りで向かって行く。挙句の果てには木箱のいくつかを黙々と集めて、その上で、こちらに背を向けて寝始めてしまった。マジで自由だなあの人。
「なにボーッとしてんの?」
「……え、オレっすか!?」
「そーだよ」
そう言った一虎君はオレの背に手を置いて「何のために連れて来たと思ってんの?」と、カラカラと笑う。『何のため』──いや、オレは何のために連れてこられたんだ?
「半間も意地悪だよなー? サブローが
「今から証人喚問を始める!」
──いけない、気を引き締めなければ。間違いなく口止めをされている以上、目の前に居る彼女のことを漏らすわけにはいかないのだ。サブロー君から何も知らされていないらしい場地君を救うためにも──オレの肩の無事のためにも。
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