55.茶の湯は少しかじった程度

「悪ィ、待たせたか?」
「お気になさらず。私も今来たばかりです」
「流石に嘘だろ」
「五分程度待つ内に入りませんよ。しかも集合時間は……あ、丁度今なりましたね。ピッタリです。流石」
「なら良いンだけどよ……」

 どこか疲れた様に息を吐く龍宮寺は、聞けばどうも、マイキーから今日のことを聞かされたのはついさっきのことだったらしい。一緒に居たマイキーから思い出したように今日の予定と集合場所、時刻を聞かされ、文句を言う暇もなく渋谷からバイクを飛ばして来たと。
 なるほど──コレは私の方からも龍宮寺に連絡を入れておくべきだったか。今更だが。

「それはそれは。ノーヘルの癖にご無事で何より」
「何か今日絶好調だな……何かあったのか?」

 スル、と無意識で出てしまった煽りと、あまつさえ煽った相手に心配されてしまった事実に内心で溜め息を吐く。自分で思っているよりも、ついさっきの芭流覇羅でのことに苛立っているのだろう。苛立ちの元が焦りであることは明白だった。ままならない。
 とはいえ、仮にも抗争を控えている敵対チームの副総長にそんな内部のことを言えるはずもなく。結局のところは「……や、別に何も。八つ当たりっぽくなってすみません」とだけ言っておいた。

 それでも、面倒そうな顔をして「やっぱ何かあったんじゃねえか……」と呟く龍宮寺にはお見通しなのだろう。ここで深く聞いてこない辺りにマイキーでの慣れが見えるというかなんというか。
 そんなのだからマイキーが甘えるのだ──とは、多方面に甘えまくっている私が言えた口ではない。普段から半間にも兄にも甘えている自覚はあるし、現在進行形で龍宮寺の優しさに全力で乗っかろうとしているのだから。

「ってかヘルメットとかだせえだろ」
「……ははっ! いやー、ヘルメットは大事ですよ。何かあっても頭は守られますし」
「へーへー」

 待ち合わせ場所から、少し離れたICBM池袋クリミナルブラックメンバーズが拠点としている倉庫までを歩く道すがら。話題をソロっと戻してくれた龍宮寺に全力で甘えつつも「あとは少なくとも、ノーヘルでパクられることはないです」なんて言っていれば──「そっちが本命だろ」とも言われてしまって。どちらも一応本命であるからには、小さく肩を竦めるに留めたのだ。

「……ここか」
「ええ。根回し済み、今日は形式だけで、龍宮寺は隣で一緒に頭を下げてくれるだけで大丈夫なので……あー、よろしくお願いします?」
「そりゃ構わねえけど……慣れてんな……」
「流石に何度も来てる場所なんでね」

 倉庫の扉を拳で叩き、少し息を吸って。倉庫内に聞こえるように「芭流覇羅親衛隊長 左衛門三郎と東京卍會副総長 龍宮寺堅です。阪泉君へのご挨拶に伺いました」と声を張れば、少し後に錆び付いた重い音と共に扉が開かれた。

「左衛門と……そっちがドラケンだな? 東卍の」
「ッス」
「良いぜ、着いてこい」
「ありがとうございます」

 見知った顔のICBM構成員の先導されるままに、敵陣にもなりうる場所を歩く。途中、隣を歩く龍宮寺から困惑気味な視線が向けられていることに気付いたから、小さく「顧客です」とだけ言っておいた。先に説明しておけば良かったか。
 彼は阪泉君と関わっていた中で顔を合わせ、今では情報に限らず小さなお願いごとも依頼される仲だ。例えば──。

「ア、そうそう。この前教えてくれた茶の点て方、やってみたンだけどよォ」
「おお、どうでした?」
「なーんか泡がでけえ気がすンだよ。後で見てくんねえ?」
「対価は?」
「ウチでたい焼き作るときに出た切れ端でどうだ? 一応今朝の分」
「やった! 毎度ありがとうございます!」

 ──丁度こんな風に。ICBM構成員 兼 和菓子屋の一人息子な彼とは、それなりに良好な関係を築けている。ICBM構成員として、ギリギリ私の眷属を名乗っていない辺りも個人的な好感度は高かった。
 あとはこの人の家の和菓子、冷めていても美味いンだよなァ、なんて。ぼんやりとそんなことを考えていれば、奥の方から愉快そうな笑い声が聞こえた。

「オマエら相変わらず緊張感ねーなァ」
「これはこれは阪泉君。本日は場を設けていただきありがとうございます」
「あー……ハイハイ。ドラケンが可哀想だろ。程々にしてやれ」

 王様の様にソファで足を組み──というか、この場での阪泉君は正しく王であった。そんな王が「茶は点てたら飲ませろよ」と構成員へと指示を出した声に、相変わらずちゃっかりしてンなァと苦笑する。緊張感がないのはどちらの方か。
 そうして、阪泉君の視線がこちらに戻ったタイミングで、龍宮寺と並び立ったままで頭を下げた。龍宮寺も瞬時に頭を下げてくれた辺り有能すぎる。後で礼をしておかなければ。

「改めて、本日は場を設けていただきありがとうございます」
「オウ」
「芭流覇羅と東京卍會の抗争における仕切りを、ICBMの総長である阪泉君にお願いしたく参りました」
「おー、良いぜ。頭上げろ」

 ──と、まァ。今日の目的は秒で達成されてしまったわけなのだが。「アザっす!」と元気良く言っている割に、こんなモンか? と疑問符を飛ばしまくっている龍宮寺には悪いが、事前に話を通してあった以上こんなモンだ。この場は正しく、筋を通すための形式でしかない。

「では改めて、ありがとうございます」
「いーって。左衛門には何かと世話になってンだし」
「そうは言っても、そちらも東卍とはバチバチでしょう? むしろよく引き受けていただけましたね」
「まァ……今回は左衛門からの打診だったからな。まさか誠意っつってドラケンまで引っ張ってくるとは思ってなかったが」
「ははは。そこは来てくれた龍宮寺に感謝ですね。ほぼ説明なしでもちゃんとしてくれましたから」
「はァ? 流石にそれは不親切がすぎるだろ」

 隣に並び立つ龍宮寺からは、オマエ何やったんだの視線を感じつつ、呆れ顔の阪泉君と言葉を交わし──ICBMの人達が箱やら端材やらで場を整えて行く姿を眺めている。マズイな、龍宮寺を帰すタイミングを見失ったかもしれない。

「ドラケン、茶は好きか?」
「ッス……エ、茶?」
「おう、抹茶だ。どうせならオマエも飲んでけ」
「抹茶を……っすか」
「キッチリ筋通して頭下げに来た後輩へのもてなしだ。飲め」
「……ッス」

 それから、正座をすれば脚が痺れただの何だので使い物にならなくなる集団である以上、揃ってその辺に胡座をかいて。学校で少しやった程度の茶湯がここまで使えるとは思っていなかったな、なんてことを考えつつ、厳つい特服を着た不良集団が真剣にお茶を点てている姿を眺めている。

「あ、茶筅はもう少し小刻みに動かした方が良いです」
「……こうか? お、泡消えたワ。スゲー」

 ──何なんだろうな、この時間は。

「つーかよォ、左衛門が六本木離れてチーム組むとかさ、遂にか〜って感じだよな」
「それな? やっと灰谷見限ったンならウチ来りゃ良いのに」
「何でも知ってるし、旨い茶も飲めるしな」
「マジそれ。クソ便利」

 時折口を挟む私や、所在なさげな龍宮寺、ひいては阪泉君が眺めている中でも聞こえてくる軽口を軽く聞き流す。
 ここでも勧誘を躱すためにマシンガン兄貴語りを続けていたのだ。さもありなん。

 そんな仲睦まじい構成員の様子を見て、小さく「シェイカーで振った方が早えだろ」なんて情緒もクソもないことを言う阪泉君曰く、ICBMでは空前の抹茶ブームなのだそうな。そんな中でも、今日は茶会の気分であると。──やけに雅なブームだな。間違いなく厳つい不良集団なのに。

 気になって少し聞いてみれば、少し前にはサメ映画が流行ったらしい。なんだそれ、ちょっと楽しそう。

「……阪泉君、おすすめのサメ映画ってあります?」
「お、芭流覇羅抜けてウチ来るか?」
「ははは、気まぐれな堕天使を飼い慣らせますかね」
「無理だな。つーかオレだって人に勧められるほどは知らねえよ」
「何だ、残念」

 そんな、阪泉君に限って言えば、そのどちらもが本気でないことが分かりきっている軽口を叩きつつ、律儀にも毎回「アザっす」「イタダキマス」「ウマいっす」と言って茶をしこたま飲まされている龍宮寺に笑って。それから、紙袋いっぱいのたい焼きの切れ端を手に池袋を後にしたのだ。
 ちなみに言えば、私はマスクを一度も外さないままだった。いつものことだが、その分の『キッチリ筋通して頭下げに来た後輩へのもてなし』を全て龍宮寺に押し付けたことにもなる。

「……何か、想定外のところで疲れた気するワ」
「あはは! 流石のICBMでも後輩は可愛がりたいンですかね。ともあれ、今日はありがとうございました」
「おー……そっちこそ段取りありがとな。助かる」

 心做しかげっそりとした顔の龍宮寺は一度チラリと私を──というか、私の特服を見て「よりにもよって芭流覇羅か……」と小さく呟いて。何かを言いたげに口をモニョモニョと動かして、それから、微妙な顔になった。

「口ん中すげえ抹茶の味する……」
「……龍宮寺も食べます? たい焼きの切れ端」
「もらうワ……」

 どうも、微妙な顔には違う意味もあったらしい。


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