57.天秤は傾く

 ──2005年10月30日

 結局、圭介と『仲直り』なるものをしてからも、芭流覇羅での距離感は相変わらずだった。

 私は基本的に事務室に直行するし、半間は隣で煙草を蒸かしながらも、静かに悪霊を読み進めている。昨日は遂に下巻にまで手が伸びていた。ソレが割と真面目に──というか、かなりじっくりと読み込んでいる人間のスピードで、思わず二度見してしまった記憶もある。
 圭介とは奥の部屋へと向かうときにすれ違うこともあるが、何かを話したそうにしていても、どうしてか直接声をかけてくることはないから。流石に視線くらいは合わせても、こちらからも特に話しかけてはいない。
 一虎は──そんな私と圭介の間でオロオロとしていた。

「アレ、サブローさん?」
「や、久しぶりですね。ヒナちゃん」
「本当に久しぶりですね!? ちょっと忘れられちゃったのかと思ってました! メールの返信も全然なかったですし……!」
「あー……すみません。テスト期間もあって忙しくて」

 ──で、今日は10月30日。つまり対東卍抗争の前日だ。テストの最終日で早くに終わった学校のトイレで適当に着替えをして、学校近くに停めてあった単車に乗って。溝中まではるばるヒナちゃんに会いに来たのだ。最悪これが最後になるかもしれないし、なんて。
 そんなことにはしないつもりだが。何なら一応、他の目的もあったのだが。それでもやはり、本命はヒナちゃんだった。顔を見て、タケミチ君の決意を確認したかったのだから。

 ──そういえば未来での稀咲は、ヒナちゃんを殺し続けているとか。コレは顔を見て改めて感じたことではあるが、稀咲もよくやるモノだ。タケミチ君が居るから手に入らないからといって、こんなにも可愛い子を。
 あの稀咲が痴情の縺れの末に好きな女を殺すとか、それはそれで面白いから見てみたい気もするのだが──と、これは、それで殺される本人を前にしてする思考ではないな。流石に人間性をドブに捨てすぎたか。

「……ヒナちゃんは塾でしたっけ? 確か前に言ってましたよね」
「わ、覚えててくれたんですね! そうなんです、すみません……」
「なんとなく顔が見たかっただけですし、ヒナちゃんが謝ることじゃないですよ。分かってて押し掛けたのはこちらですので」
「……もう。サブローさん、いつか刺されても知りませんからね」
「はは、すみません」

 胸元を抑え、小さく「タケミチ君がサブローさんみたいな感じじゃなくて本当に良かったよ……心臓に悪い……」と言っているヒナちゃんには笑ってしまった。悪かったな誑しで。私のコレは最早血筋だ。そのうち慣れてほしい。
 そもそもの話、タケミチ君もタケミチ君で大概人誑しなのだ。私だけが言われる筋合いはない。

「まァ、聞く限りは……あー、女の子には一途な子じゃないですか。タケミチ君って」
「そうなんですけど……」
「男は誑し込んでるみたいですけど」
「そうなんですけど……!」

 不満げに口を尖らせるヒナちゃんを見て、またくすくすと笑う。いつかの買い物中にも聞いた惚気になった流れで「そういえばタケミチ君って居ます?」と聞けば、どうやら今日は来ていないらしかった。

 ──いや、今日は溝中もテストだろうが。
 この数日で幾ばか落ち着いた頭でそんなことは思っても、平常心でテストを受けることが難しい気持ちも分かるのだ。現にテスト期間前半の私がそうだった。つまり、人のことはあまり言えない。

 「また遊んでくださいね!」と大きく手を振って塾に向かったヒナちゃんに、曖昧な笑顔で手を振り返して。ヒナちゃんが見えなくなってから、傍に停めてあった単車に跨った。

 嫌な予感がする──というか、タケミチ君が口を滑らせるならばそろそろなのだ。どうも最近のタケミチ君は、踏み絵となっていた金髪と仲良くしているらしいし。加えて、そろそろ一人で抱え込むことが辛くなってくる時期で。

 ブォンと軽くエンジンを吹かして、溝中から渋谷に向けて走り出す。タケミチ君を探しに行くにしても、どうせそう遠いところには居ないはずなのだ。


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