ヒナちゃんに会うときには流石に脱いでいた芭流覇羅のウィンドブレーカーを着込み、ワルキューレに跨って渋谷を探し回る。今のタケミチ君がテストをフケてまでやりたいことといえば、どう考えてもひとつしかなかった。
当然ソレは、マイキーにも言われていた圭介の奪還に他ならない。基本は好きにしろと言った手間何も言えないが、圭介を前にした彼が余計なことを言わないかだけが気掛かりだった。あとは普通に、当日の釘を刺しておきたいのだ。
「どうか死なないで……悲しむ人がたくさんいるから」
「あ? 急に何言ってんだタケミチ」
「マイキー君とか、サ……蓮さんも」
「ハ……? 何、で……テメェがその名前を知ってんだ!!!」
ようやく見つけた黒服と白服から聞こえた単語に肝を冷やし──思わず、フルフェイスを被ったままで「楽しそうですね」と声をかけてしまった。一触即発、どころかタケミチ君は圭介に掴み掛かられている。
咄嗟に出た言葉の選択は最悪で、状況も考えうる限り最悪だ。正直、ものすごく見なかったことにしたい。できることなら今すぐにでも帰りたい。そもそも今はタケミチ君に釘を刺そうとしただけで、必要以上に圭介と関わるつもりなど微塵もなかったのに。
それでも。今見なかったことにして帰ってしまうと、タケミチ君が激昂している圭介にボコられるのは確実だ。未来を知る貴重な現役タイムリーパーが、抗争を目前にして再起不能にされる可能性すらあった。圭介ならばそれくらいは普通にやる。
加えて、おそらく私の
お前ソレは一応黙っとけつっただろの念を込めて、外からは目元が見えないミラーシールド越しにタケミチ君を睨んで。次いで、そのまま圭介に向き直れば──制御の効かない目元がじわりと熱くなった。ああクソ、だから、アレからもずっと避けていたのに。
この数日はどうにかやり過ごしていたとしても、圭介の姿を見たら前回を含めた圭介の最期がフラッシュバックしてしまうのだ。また死なせてしまったやりきれなさも。自分に抱いた怒りも、置いて行かれた虚しさも。血の気の引いた精巧な蝋人形みたいな肌も、虚ろな瞳も。その全てが、鮮明に蘇ってしまう。
人目と体裁をそれほど気にしなくても良い場所で、大した心の準備もできず。素のままで顔を合わせてしまえば、泣いてしまうことくらい想像するに難くない。それもあって、極力関わらないようにしていたのだ。
──そうは言っても、割って入った以上ずっと黙っているわけにもいかなくて。無理にでも切り替えるために一度強く目を閉じて、開いて。多分大丈夫だと思ってから「随分と古巣の方々と仲が良さそうですね。例の踏み絵は演技だったんですか?」なんて言って鼻で笑った。この言葉は流石に脳直ではなかったが、我ながら嫌な奴に変わりはない。
圭介はどうして、こんな奴のことをずっと気にかけてくれていたのか。そう思ってしまうことも仕方のない性悪さだ。
私の存在を認めた圭介は「……
声と喋り方が一緒だとはいえ、一度も見たことがないはずのフルフェイスを即座に私だと判断できた辺り、かなり怖い。喧嘩のやり方だけで私だと見抜いた半間と同程度には怖いだろ、コレ。
それはそれ、圭介の意識をタケミチ君から逸らすことができた時点で私の勝ちだ。気を取り直し、タケミチ君がこれ以上口を滑らせないように引き剥がすとしよう。──フラッシュバックも、きっともう大丈夫だ。ヘルメットを取らなければ表情がバレることもないのだから。
「じゃあほら、早く帰って明日に備えてくださいよ。君は芭流覇羅の大事な戦力なんですから」
「わざわざ言われなくてもわーってるっつの……タケミチ、マイキーは敵だ。明日オレが殺す」
「あいつにそう伝えろ」──そう言って踵を返した圭介を見送り、ついでとばかりに松野へと声をかける。「もう会えないかもしれませんけど、踏み絵君は追いかけなくていいんですか?」なんて煽ってしまえば話は早かったのだ。
行動からも煽る様にフルフェイスを傾けた私を少し低い位置から睨み上げ、踏み絵の彼はタケミチ君を置いて走って行く。──マジで噂に聞いた通りの忠犬だな。圭介もよくあの子のことを殴れたものだ。
現実逃避がてらそんなどうでもいいことを考え、深く息を吐き。それから、ここに来てからずっとズキズキと痛んでいた胃を押さえてしゃがみ込んだ。こうも時期が目前だということを自覚するとストレスがかかっていけない。
私が胃を押さえて黙っている間も、両手をワタワタとさせながら「サブロー君、あの」なんて。顔色をなくしているタケミチ君は、まさか私が乗り込んでくるとは思っていなかったのだろう。しかも、私が黙っていてくれと言ったことを漏らしたそのタイミングで。
それでも。小さく聞こえてきた「本当にすみませんでした」の声を聞いてしまえば、ここから更に詰ることなどできるはずもなかった。元より、好きに動けと言ったのは私なのだから。ここで私がキレるのは話が違う。
「……まァ今回は、考えがあるのは流石に分かりますし、大丈夫です。他で言ってたらちょっと考えますけど」
「他では言ってないです!!!」
食い気味の返事にガリガリと首の裏を掻いて。投げやりに「なら構いませんよ。ちょっとびっくりしましたけど」と言えば、少しばかりマシな表情になった。
元よりそんな顔をするくらいなら、誰かに聞かれて困るようなことをこんな場所で話すなとも言いたい。言いたいが、まァ、アレは彼なりに圭介を引き留めたいと思った行動なわけで。その行動原理に対しては感謝こそすれ、完全に否定してしまうわけにはいかなかった。
「こちらこそ、邪魔してすみません」
「や、それはもう良いんですけど……もしかしてサブロー君、場地君と会いたくなかったんですか?」
「エ……わかります?」
「そりゃあ、なんとなくですけど」
何をどう話そうか考えている間にそう聞かれて、飾り立ててもいない素直な言葉が口から滑り出した。既に諸々の話を聞かせている以上、私のことに関しては特に取り繕う必要もない。
曰く、踏み絵の日の圭介は私が芭流覇羅に居ることを知らなさそうなところに引っ掛かったらしい。幼馴染であれば知っていてもおかしくないのに、と。
その後言葉を交わすこともなく寝に行ってしまったことと、松野を追い払った後で胃の辺りを抑えていたのを見て、もしかしてとも思ったのだと。大正解なのでフルフェイスごと頭を縦に振っておいた。──いや、重いな。分かってはいたが。
「まァ、顔突き合わせての強制仲直りはさせられたンですけどね」
「強制仲直り……」
「あまりにも避けてたモンだから、そろそろなんとかしろってことらしくて。それからも普通に避けてますけど」
「エ……理由って聞いても良いやつですか?」
「元気に動いている姿を見たら絶対に泣くから……とかですね。何度も死なれたの、流石に結構なトラウマらしくて」
「それは……確かに。オレも戻ってきてアッくんに会ったときはちょっと泣きましたね」
「……はは、やっぱ泣きますよね」
今のは明らかに「未来でアッくんは何度も死んでいる」みたいな口ぶりだったものの。私が知らないことである以上は無理に聞き出す気もない。
連絡先を交換してからというもの、毎日の様にほのぼのとしたメールを送ってくれる可愛い友人が死んでしまうことは悲しいが、だからといって私が死んだあとのことまではどうにもできないのだ。しかもどうせ稀咲絡み、そう簡単に手が出せる領域ではない。
あとは、少し茶化して「生きてるうちに失恋なんかしたらいよいよ死にかねないですし」なんて。今のところ誰も死んでいないにも関わらず、お通夜みたいになってしまった空気をどうにかしたくて、冗談めかしてそう言った。当然、普通に冗談だ。
関わらないに超したことはないのだから、その過程で昔の純粋な恋心が死のうが、私が少し苦しくなるだけで。言ってしまえばどうでも良いことなのだから。
それでもしばらく「いや、」とか「え……?」みたいに首を傾げ「流石に今すぐソレはなくないですか……?」なんて言ったタケミチ君には、それらしい例を出した方が早いと思って。「昔、ギャン泣きしてたら『泣き虫は嫌いだ』って言われたンですよね。アレは結構死にたくなりました」と返した。無論、ここに嘘はない。
今では言葉のあやだと分かるそれは本当に言われたことであるし、タイムリープもしていない当時の私は軽く死にたくなったのだ。我ながら、スレてしまった今では考えられないくらいに可愛らしい。
──いや、今も面と向かって言われたらそれなりのダメージは受けると思うが。それはそれ、これはこれだった。
本格的に「場地君何してんの……!?」と頭を抱えだしてしまったタケミチ君を少し眺めて。それから、そろそろ本題に入ることにしようかと頭を切り替える。周囲を見渡しても、普通の声量で話す声が聞こえる位置に人は居ない。今更場所を変えることも面倒だ。
「さて、タケミチ君」
「はい! あ、そういえば何でここが……?」
「……ヒナちゃんの顔を見に行ったらタケミチ君は休みだって聞かされまして。嫌な予感がしたンで探してみたら、って感じですね」
「マジですみません……ってか本当にヒナと仲良いんですね……」
「はは、そうですね。買い物帰りにカフェで恋バナを聞かせてもらえるくらいには仲良くしていただいてます」
おそらく無意識でなぜなに期に入ってしまったタケミチ君は、全てを答えるまでは本筋に戻らないだろうと思ったからこそ軽く乗って。苦笑混じりにそう言えば、思わずといった風に聞こえた「恋バナ……」の声には、フルフェイスの中で声を上げて笑った。心配しなくとも、ちゃんとタケミチ君の話だったよ。
──さて、そんなことよりも。邪魔な二人の背中も見えなくなったことであるし、タケミチ君からの質問攻めも収まったことだ。そろそろ本当に話を進めなければ。私だって芭流覇羅のウインドブレーカーを着ている以上、東卍の特服を着たタケミチ君と長時間居たいわけでもないのだから。
「本題に入りますね。明日のことなんですけど」
「あ、ハイ」
「前にも言った通り、当日の協力はできません」
その言葉に、目の前の少年は僅かに目を見開いた。せっかく協力できそうなのにどうして、なんて顔だ。
仕方ないだろう。今朝になって、稀咲から『立ち位置を変える』なんて計画変更のメールが届いていたのだから。タケミチ君とはハナから協力する気はなかったが、こうなれば本格的に表立っての協力ができなくなる。邪魔をされるわけにもいかない。
何でも、割と重要な立ち位置で動く予定だった丁次君が、数日前に単車で事故を起こしたらしいのだ。原因は単車の整備不良、急な坂道でブレーキの効かなくなった単車から慌てて飛び降りた丁次君は、右脚を含めた諸々の骨を折ったのだと。短く見積もっても全治3ヶ月程であるらしい。
──と、まァ。つまり私が聞かされていた丁次君の役割は、直前に動き方が変わってもやりきってくれると信頼されているらしい私に回ってきたわけだ。その辺りの細かい内部事情を伏せて喋ったところで特に問題はないだろう。少なくともタケミチ君が知ったところでどうにもできない情報であるし、私の計画にも支障はない。
「抗争中に私が何をしようと、邪魔はしないでください」
「それは……稀咲の駒として動く、ってことですか」
「ははは。なので今日みたいに名前を叫ぶとか、道を塞ぐとか、とにかく本当に邪魔だけはしないでください。それ以外は好きに動いてくれて構いませんので」
「……サブロー君は、本当にそれで良いんですか?」
「当然。策をちゃんと練り直した上でのコレですからね」
手をヒラヒラと振って「心配しないでください」と言っても、タケミチ君の難しい顔は崩れなかった。おそらく彼は、私の策が稀咲の策に上を行かれることを懸念しているのだろう。明言しておらずとも、私と稀咲の関係は勘付いている様であるし。それでも──大丈夫なのだ。
タケミチ君に言った通りに策は練り直した。稀咲絡みで邪魔が入る可能性、圭介本人から遠ざけられる可能性、偶然が重なって身動きが取れなくなる可能性、その全てにおいて回避する目処は立てた──というか、
芭流覇羅が勝って東卍を吸収することになっても、東卍が勝って芭流覇羅を吸収することになっても稀咲の目的は達成される。正直、これに関しては邪魔をする方が不可能に近いのだ。流石の神童、計画に隙がない。
加えて、本来であれば圭介の殺害は稀咲の主目的ではない。聞かされている範囲での計画から組み立てた稀咲の意図から考えても、今回でより精度を高めた稀咲の人間性についての考察から考えてもそれは同様だ。
稀咲の一番の目的は、一虎にマイキーを煽らせ、マイキーに一虎を殺させること。性懲りもなく暈されているそのきっかけは、丁度良く加入してきた圭介だった。
ただ──ソレは圭介でなくとも構わない。
何せ現状の稀咲は、自分を嗅ぎ回る圭介のことを察して、その上で鬱陶しいと思っている一方で、現段階でわざわざ殺すべきだと判断する程の脅威だとは思っていない。マイキーと一虎、その両方と関わりがある人であれば誰でも良い。
だからこそ圭介が刺されることを防ぐためには、圭介を刺すための丁度良いタイミングと丁度良い駒をその場で排除してしまえば問題はなかった。物理的か精神的かはともかく、その丁度いい駒が動く気力もなくなるまでボコボコにしてしまえばいいのだ。
もしも万が一、その想定の程度が足りず、最後の最後で裏をかかれたとき。その場合は潔く、ターゲットを私に変えてしまえば良い。
これは稀咲からの言質も取ったことであるが、私は元々、東卍への揺さぶり要因として引き入れられた。圭介が自ら手中に飛び込んでこなければ、確実に私で良かった話なのだ。
元より、稀咲に忠誠を誓っているわけでもない私には『マイキーを孤立させる』以上の何も聞かされていないが──稀咲が腹の中で立てている計画なんて、どうとでも知ることはできる。
少し前、半間から倫理観の有無を聞かれた。理由ははぐらかされてしまったが、半間が稀咲の立てた計画を私以上に知っているであろうことを考えれば、察することは容易だ。
つまりは、とりあえずと当たりを付けて、丁次君と濱田君の周辺を探れば話は早かったわけで。
最も都合が良いのは、一虎に圭介を刺させること。タイミングが合わなければ、一虎に刺させるのは私でも構わない。"左衛門"は羽宮一虎に刺された程度では死なないし、最悪堕天するかもしれないが、その場合は半間を抑えとして使う──概ね想定通りだった。
まァ、信頼されているのかいないのかが微妙なラインだったが。半間に対しては、マブを刺させる案にそう簡単に頷くなよとも思ったが。そんな話はどうでもいいのだ。どうせアイツはトんだ私と喧嘩がしたいだけなのだから。
しかし第一に、稀咲は便利だと理解している駒に関してはどうでもいいところであっさり手放す人間ではない。この辺りは半間が良い例だが、まァ、私は半間ほど従順でもないから。少し危害を加えたところで、明確に殺すつもりも、手放すつもりもないのだろう。
とはいえ──流石に。私ですら知らないはずの計画を抗争相手にペラペラと話すことはできないし、私も死なせないと言ってくれたタケミチ君に、「私が刺されたら万事解決」とは言えないわけで。
未だに揺れるタケミチ君の瞳をシールド越しに覗き込んで「今度こそ失敗しませんよ」と言えば、渋々ながらも納得してくれたらしい。その辺りの信用が本当になさそうな辺りが悲しいところだ。何でだよ。タケミチ君からの好感度は謎に高いはずだろ。
「じゃあ、それだけです。明日気を付けてくださいね」
「……場地君にも言いましたけど、サブロー君もどうか死なないでください」
「あは、どっかのバカが死に急がない限りは死なないつもりですよ」
「ッ、さっきの様子見てましたよね!? 後追いとか身代わりとか、そんなこと絶対に考えないでくださいよ!?」
「……いや、死に戻り勢に何言ってるンですか?」
「ぐぅ……確かに、それはそうなんでしょうけど!! そうじゃなくて!!」
地団駄まで踏みそうな勢いで、私への心配を色濃く滲ませたタケミチ君を宥める様に「分かりましたって」なんて言って。わざわざシールドまで上げて、少しでも安心して貰えるように目元のみを細めて見せる。
タケミチ君は忘れていたらしいが、私はこれでも何度も死に戻っているタイムリーパーなのだ。絶対に前回のようなヘマはできないとして、起こりうる色々な事態だって既に何度もシュミレートした。今日みたいにタケミチ君が口を滑らせることだって、一応は想定の内で。
大前提として慢心はすべきではない。一方で、本当に最悪の場合は私が圭介の代わりに刺されればいいことに変わりはないのだ。圭介さえ生きていてくれれば、その後なんてどうにでもなる。
そもそも、一度腹を刺されたくらいでは──ナイフを抜いてバカみたいにそのまま動き回らない限り、そうすぐに死ぬことはできない。
知らされていない計画で
あとは、圭介を刺す予定の一虎には、私は必ずしも味方ではないと伝えてあるし──ウン。内緒にされている稀咲の計画通り、一虎のヘイトを私に逸らすことは可能だ。
あの不安定に歪んでいる
今度こそ「じゃあね」と言ってタケミチ君と別れてからも、ずっと上がったままだった口角がどうにも下がらなくて。たまたま玄関で会った、今から揃って家を出るらしい兄達には変な顔をされてしまった。
けれど正直、その程度のことはどうでもよかったのだ。だって──だって、本当に。面白いくらいに上手く行ったのだから!
「……あはっ♡」
「蓮、今日めっちゃ機嫌良くね……?」
「んふ、気にしないで。今日は六本木だっけ? 行ってらっしゃい」
「おー……?」
私が丁次君の単車にした
丁次君
つまり、明日は遠慮なく動くことができる──これで笑うなという方が無理だった。
緩む頬はそのままに、最早毎年恒例になってしまった製菓の材料ストックを確認して。今年はどんなケーキを作ろうかと考えるほどには浮き足立っている自覚もある。
でも、まァ。それもこれも──11月3日まで生きていられたら、の話ではあるのだが。
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