玄関で会った蓮を敢えて誘わず、竜胆と二人で繰り出した六本木にて。今日の目的のために、いくつか既に見て回ることを決めていた良さげな店に入り、品物を吟味している最中のこと。竜胆の方から、小さく「やっぱさ、」という声が聞こえてきた。
「おー」
「今日アイツ、すげえ機嫌良かったよな」
「そーね」
「だよな!? オレの気のせいじゃねえよな!?」
竜胆の言いたいことは分かる。ここ最近は部屋に籠りきりで、リビングに居るときですら、難しい顔をしてずっと何かを考え込んでいた妹の機嫌が良かったのだ。考えごとに一段落ついたのか、それとも他の理由があるのか。
『他の理由』が、もしも本当にあるとするならば。それは例えば──
「あ? 待て、今日何月何日だ」
「兄ちゃんボケた?」
「ボケちゃったかもな〜……で、オマエ誰?」
「オレ、兄ちゃんのそういうノリ方すげえ嫌い」
自分で振った割に不貞腐れた表情を見せる竜胆の頭を撫で回す。それから、恥ずかしそうに「10月30日だよ!!」と喚く可愛い弟の頭を軽くはたいた。現実逃避ができるなら全力でしたいところなのだ。現実に戻すな。
「……え、待ってそういうこと?」
「そーいうこと。そろそろだよなァ、って」
「うげえ……」
この可愛い弟は、言葉少なな中でも気付いてしまったらしい。来たる11月3日──蓮の誕生日も一日過ぎたその日は、あからさまに楽しそうな蓮が、毎年手の込んだケーキを作る日であった。
料理上手な可愛い妹が作るケーキは、その辺の有名店で買うよりも美味かった。兄の欲目を抜きにしたとて、コレが本当に美味い。分けてくれるなら喜んで食べる。事実、毎年一切れずつオレらにも分けてくれるのだ。
──ただ、こればっかりは素直に喜んでいる場合でもなかった。
毎年決まって、オレらに分けてくれるのは一切れずつだった。つまり、そこそこデカいホールで作った豪勢なケーキの大半を、蓮が一人で食っているというわけだ。
楽しそうに作ったケーキの大半を、一人で嬉しそうに食う。そんな様子からして──理由ははぐらかされ続けていたとて──何かある日なんだろうなということは察してはいる。蓮にとっての特別な日なのだろうなということだって、当然、竜胆と二人して察している。
気が付いたときには始まっていたその恒例行事は、蓮本人に聞く限り、オレらがネンショーにブチ込まれている間も続いていたらしい。それほど執心することだ。あれでいて、かなり自分に興味のない蓮本人にまつわることではないのだろう──というのが、オレと竜胆の中での共通認識だった。
「気になるよなー……やっぱ」
「それな? 気軽に会えないけど嫌いじゃない奴の何かの日だとして……」
「ケーキ作るなら誕生日とか? どう見てもプレートないだけのバースデーケーキだしなー……」
「仲良かったらしい母親か……ダチか……」
「……半間ではねえっつってたな、確か」
「違うのかよ……!」
手に持っていた腕時計を棚に戻し、「もうせめて半間であれよ!!」なんてことを言う竜胆をチラりと見遣る。オレは半間であっても許さねえけど、なんてことは言わずとも構わないだろう。
何せ、蓮はあれだけつるんでいて、なおかつオレらと一切会わせようとしない程にはオレらから
──さて、何でここまで半間かそうでないかで荒れているのかといえば。竜胆と揃って口には出さずとも、どうしても考えてしまう可能性のひとつが関係してくる。
『仲良かったらしい母親か、ダチか』──竜胆はそう言ったが、竜胆とて別に本気でそう思っているわけではない。
大前提として、ダチなら一人でコソコソと作って食わずとも、本人に会って直接祝えばいい。つまりはもう会えない、もしくは直接祝うことが難しい人の誕生日だ。
だからこそもう会えない叔母さんだと思っていたが、これはお袋にメールで確認した限り違うらしい。叔母さんが違うというのならば、パッと思いつくのは──蓮が片想いしている人だった。本当に存在するかは分からないが、蓮だって年頃なわけで。
「……あ、この時計良くね? 強化ガラスだって」
おそらく同じことを考え、同じ様に思考を止めた竜胆が指で示した時計見る。強化ガラスで、いざとなればメリケンサックとしても使える。デザインも悪くない──どころか、蓮でもサブローでも着けられそうなデザインだった。
「……結構いーじゃん」
「コレ決まったな。あとは香水でも付ける?」
「そーね。そろそろ消臭剤を香水代わりにすンのやめさせねえとな」
「マジそれ。アイツ自分に興味無さすぎねえ?」
「今更だろ」
「それはそう」
あの消臭剤の香りが蓮に似合っていないとは言わないが、甘くないレモンよりも蓮に似合う香りはいくらでもあるのだ。重めのバニラでも良し、スパイス系でも、比較的人を選ぶ香りですらも似合ってしまうかもしれない。
「じゃー次はトムフォード?」
「その次はエルメスなー?」
「え、珍し。つーかいっそモンパリでも合いそうじゃね?」
「ばっかソレはマブすぎる」
それぞれが自分の香水を見繕う中で見つけた、これは蓮に似合いそうだなという香りを挙げつつ、ケラケラと笑いながら六本木を歩く。可愛い妹の誕生日プレゼントを見繕うことも、オレらにとっては毎年の恒例行事だったのだ。
「そういや兄ちゃん、明日の抗争行く?」
「当たり前だろー? 竜胆が行かなくてもオレだけで行くワ」
「や、オレも行くって」
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