5.綺麗なままでは終われない

「──なァ、ピアス開けてくれよ」

 渋谷からこの六本木までひょっこり顔を出した幼馴染から、唐突にそんなことを言われた。個性的な抜き方をした髪色でも似合うとかやっぱりすごいな、みたいなことを思っていたらコレだ。
 つい先程までは一度も染めていない私の髪辺りをじっと見つめて「染めねえんだな」みたいなことを、小さく呟いていたというのに。何の脈絡もありはしない。

「急に何?」
「なんとなく」
「もっと詳しく」
「……気合い入れてえだけだワ」
「それはもう『なんとなく』じゃないだろ」

 少し続けた問答では、結局何の為に気合いを入れたいのかも分からなかった。それでも、「どうせ痛えンなら蓮にやってほしい」なんてことを言われてしまったからには──まァ、開けないわけには行かないというもので。

 内心、我ながらチョロいなとは思いつつ。ぎゅうっと目を瞑る幼馴染の耳にピアッサーを添えれば、これでもかという程にビビり倒していて笑ってしまった。
 肝の座った不良のくせに、しかもこの前一人で渋谷のチームを潰してきたとか言っていたくせに。そんな奴でもピアッサーは怖いらしい。そんなことを考えつつも穴を開けて、金属的な音の大きさに揃って肩を跳ねさせた。コレは、結構な。

「……痛そうな音したな」
「や、音の割に……けど地味に痛え」
「ふーん……」

 一度は『音の割に』と否定したはずが、次いで出て来たのが『地味に痛い』。その感想に少しだけ気になったから、その辺から安全ピンを持ち出してきて自分の耳にも開けてみた。
 途中で察したのか、少し焦った様子で「安ピンはやめとけ」なんて声も聞こえてきたが、躊躇なくブッ刺す方が早かったのだ。
 ──でもまァ、なるほど確かに。コレは地味に痛い。しかも少し熱い。

 小さく「じんじんする」と零せば、呆れを隠さない声で「だからやめとけって言っただろ……」とも言われてしまった。仕方ないだろ、気になったんだよ。

「考えなし」
「うるさ」
「……でもま、コレで頑張れるワ」
「何を? 勉強?」
「ナイショ」
「ははは、可愛い言い方しても誤魔化されないからな。何?」
「強いて言うなら蓮の……や、オレのための、みたいな?」
「なるほど、全然分からん。圭介のための何?」
「だー! あんま気にすんな! 今度こそ・・・・失敗しねえから!」
「マジで何の話?」

 と、まァ、そんな感じで。少しは聞いたものの、本人が言いたくないのであれば無理に聞くのもな、とも思って。ざっくりと後ろで括った私の髪で三つ編みを始めてしまった幼馴染の可愛さに免じて、その場では誤魔化されてあげたのだ。
 妙にぽかぽかとする心地に首は傾げたが、まァ。このときは間違いなく幸せだと思えたから、それで良かったのだ。





 翌日、その幼馴染にメールで渋谷まで呼び出されて。待ち合わせ場所に来たのはもう一人の元気な幼馴染だった。
 目元・・の傷を僅かに引き攣らせてまで不機嫌な顔をする春千夜によると、急用ができた圭介の代わりに来させられたのだと。なるほど、つまりは私との約束よりも優先すべきことができたらしい。珍しいこともあるものだ。

 不機嫌な顔もそのままに「つーか生きてたのか」なんて失礼なことを言う春千夜と一通り喧嘩をして、それから少し話をして。結局、圭介は私と春千夜を会わせたかっただけなのか? と首を傾つつ、六本木に帰ってみれば──圭介は死んでいた。少し前に私が潰したチームの残党に、六本木でリンチされて。

 どうやら、まんまとしてやられたらしい。誰に嵌められたのかといえば、この場合は圭介なのだろう。私を渋谷に足止めするために、メールで断りを入れるのではなく、顔を合わせればそれなりの時間を喧嘩に費やしそうな春千夜を寄越したと。
 と、まァ。冷えた頭で昨日に聞いた要領の得ない言葉とよく分からない決意を思い出して、そう考えることができたのは──携帯に掛かってきた警察からの電話のせいで、ただの数分もなかったわけだ。

 警察からの電話は、圭介の携帯で最後にやり取りをしていた人だとして話を聞きたいなんて内容だった。とりあえず指定された警察署に行ったまでは良かったのだけれども。何を聞かれても、何も知らないのだから答えられることも多くなかった。
 そうでなくとも一度現実逃避を止めてしまった頭では何も考えられなくて、碌な答えも返せない。そこそこに回ると自負していた頭と口すら使い物にならない自分が心底嫌で、そんな私に向けられる、担当警察官からの悼まし気な空気が心底気持ち悪かった。

「……あなた宛の未送信メールがありまして」

 事情聴取の最後で、言外に「確認しますか?」と聞かれたメールは、結局のところ送られなかったモノなのだからと断った。担当警察官は「そうですか」と一度は引き下がってくれて、しかし後日、やはり最期の言葉だからとして見るように言われて。ダメ押しとばかりに「ご遺族の意向です」とも言われれば──私にも良くしてくれた涼子さんの顔が浮かんでしまって、断れなかったのだ。

 未送信メールの内容は『生きろよ』──それだけ。どの口が言うのかと眉を顰めて、それだけではない感情でぐちゃぐちゃになって。私と圭介がつるんでいたことを知っている兄達からの、気遣わし気な視線が酷く煩わしくて。二人何も悪くないのに、間違いなく大好きな兄相手に一瞬でもそう思ってしまった自分が、殺したくなるほど嫌だった。

 開けたてのピアス穴のような、鈍くて熱い痛みが嫌いになったのは──多分、このときからだ。


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