62.兄の心妹知らず

 渋谷の一大勢力である東京卍會と、ぽっと出で勢力を拡大し続けている芭流覇羅が抗争をする──なんて言うから、当然、竜胆も連れて観戦に来た。
 この抗争に勝った方が東京のトップに近付くかもしれない──なんてことも、一応頭にはあったものの。そもそもの話、オレらの妹がオレらとの喧嘩をでっち上げてまで何かをしようとしているのが芭流覇羅なのだ。蓮が負ける心配はしていなくとも、多少気にはなるというもので。

 何なら、久々に大暴れしてくれそうな蓮の喧嘩を、安地から・・・・ゆっくりと観戦したいなんて気持ちもある。今の気分は正しく妹の運動会を見に来る呑気な兄そのものだった。
 ──まァ、妹の運動会など、本人がものすごく嫌な顔をする故に、一度も行ったことはないが。妹の真面目さと身体能力であれば、考えるまでもなく大活躍だろうに、なんて。その勇姿を見られないことは残念極まりなかったが、まァ、その話は良いのだ。勇姿など本気の抗争で見られればそれでいい。

「ア、」
「竜胆どしたー?」
「サブローからメール。行けたら行くってさ。朝言ったやつかな」
「は? なんだよそれ絶対来ねえヤツじゃん」
「いや……アイツがこう言うときは来る気はあるはずなんだけど……」

 苛立ち混じりに「つーかやっぱ話聞いてたんじゃん」と携帯を握る手に力を込める竜胆を見て、そういえばと今朝の様子を思い出して。そこで何かが引っ掛かった。
 元々静かに考え込んでいることが多い妹ではあるが、話を聞いているときはそれなりの返事をするのだ。そんな蓮がわざわざ抗争直前に、改めて連絡ができるほどに話を聞いた上で、今朝の竜胆にまともな反応を返さなかったとは。

 つまり蓮は約束ができなかった、或いはしたくなかったのではないか──そうして浮かんだ可能性に、思わず口元を押さえた。
 疲労で動けないことを見越したのか。──いいや、体力はある方な蓮に限ってそんなはずはない。だとしたら、数日は動けなくなる様な酷い怪我をすることも想定しているのか。それとも。

 ついでに今日は、普段は真面目ちゃんぶっている蓮が、仮病で学校をサボってまで顔を出す抗争なのだ。最近は特に、ずっと難しい顔で何かを考え込んでいたアイツが、だ。
 昨日の変に上機嫌だった様子も引っ掛かる。それがもしも、ケーキの日が近付いていることだけが理由ではないのだとしたら。

 ──順当に考えれば、蓮が何らかの行動を起こすなら今日しかなかった。

「なあ竜胆、アイツまさか……」
「兄ちゃんやめて」

 思わず竜胆にしようとした確認は聞きたくないとばかりに遮られる。次いで聞こえた「オレだって考えない様にしてんだから」の言葉にそれもそうかと思い直した。
 まァ、確かに。オレらがここで、色々考えたところで仕方がないのだ。

 喧嘩をでっち上げるために骨まで折らせたり、丁寧に手入れをして伸ばしていた綺麗な髪をバッサリ切ったり。変なところで思いきりの良い蓮は、頭のネジを派手にブッ飛ばしているところも含めてオレらにそっくりな妹なのだ。下手をしたら、オレらよりも向こう見ずなときもある程で。
 だからつまり、蓮は──大将に呼ばれた日どころか、明日すら満足に迎えられない最悪だって想定しているのかもしれない。

 ──それでも、最終的には約束を結んだのだ。だから明日は兄妹三人、ちゃんと揃って迎えられる。アイツが大好きな兄ちゃん達を置いて逝くことはない、と。
 オレらがそう願ったところで、あのじゃじゃ馬がその通りに動くわけではない。けれど──

「今日の主役共の登場だァ!!!!」

 未だに険しい顔で携帯を握り締める竜胆と二人、今日に限っては珍しく、パーカーのフードまで被ったサブロー・・・・を睨み付けて。頼むからそうであってくれと願わずにはいられなかった。


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