積み重なった廃車の上──その低い位置に座り込み、タケミチ君の奮闘で次第に押されてきた戦況をぼんやりと眺める。この際だ、私もそろそろ駒としての仕事を果たすとしよう。稀咲の計画よりも少し早いが、まァ、仕方ない。
まずは、とゆっくり腰を上げ、すぐ近くに吹っ飛ばされてきた半間の意識が遠のいていそうだったからと、叩き起こすためにそちらへと向かった。
「半間ァ、まだ動けます?」
「ア゙ー……ったりめーだろ……」
私が脚で脇腹を小突いた衝撃で、未だ廃車に寝たままながら、辛うじて意識は戻ったらしい。それでも怠そうに「狙いは?」と声を出す半間に、マスクの下で少しだけ笑った。
くふくふと笑いながら「龍宮寺」なんて。半間がここまで飛ばされてきた元凶の名前を出すと──僅かに、半間の片眉が上がったのが見えた。
「10秒あれば戻れるか?」
「アタマ揺れてンだワ。流石に無理」
「へえ、どのくらいで戻れそう?」
「……1分はいる」
「20秒」
「…………50秒」
「30秒」
「………………40秒」
「OK、言ったな」
龍宮寺は女を殴らない。それが私にも適応されるのであろうことは把握しているとはいえ、流石に40秒以上も一方的に殴り続けるわけにはいかないのだ。東卍の士気のためにも、こんなところで私への誤解が解けてしまわないためにも。
「40秒で支度しろー?」と笑った私に、もう随分と付き合いも長くなってしまった男からは心の底から面倒そうな舌打ちも聞こえてきた。けれど正直、そんなもの知ったことではないわけで。
──さて、言質も取れたことだ。私の計画のために、ここでもう少し半間の体力を削っておくためにも龍宮寺に向かうとしよう。いつかの様に、大切なところで邪魔をされては敵わないのだから。
「……サブロー、オマエ何しに来た」
「はァ? ははっ、喧嘩以外ないだろ」
既に若干足元がふらついている龍宮寺に肉薄しつつ、耳の近くで「東卍に悪いようにはしない、40秒だけ合わせて」と呟いて。疑問符を飛ばしながらも手は出してこない龍宮寺の耳を掠るように拳を出し、鼻先スレスレに爪先を蹴り上げる。私が当てて来ないことを察し、本当に合わせてくれるらしい龍宮寺に目元を細めた。38──20、19──そろそろいいか。
それまでは一度も当てていなかった蹴りを龍宮寺の肩に落とす。驚いた様子を見せる龍宮寺の重心を下げさせ、次兄直伝の腕挫手固で気持ち軽めに拘束した。あとは少し腹に力を入れて、響く声を出せば。まァ、なるようになるのだ。
「期待外れだなァ! 副総長でコレか!?」
「ア゙!?」
「こんなモンかよ東卍!!」
時折聞こえてくる「マジで痛ッてえな……!!」なんて声の割に、私を
これで、元々稀咲から言われていた『可能な限り龍宮寺を抑えろ』なんて私の役目はとりあえず終わりだ。当然『可能な限り』は都合の良いように解釈させてもらった。ついでに芭流覇羅も煽ったのだから上々だろう。
これは受け身をマジでやらないと背中を打つ気がするなァ、なんて。空中で呑気にもそんなことを考えていたら、想定外のクッションに抱きとめられて──また笑ってしまった。どうやら、本当に40秒で支度をしてくれたらしい。
「煽った癖にブッ飛ばされてンなよ左衛門ー。腕鈍ったか?」
「ンなこと言われても……生憎こちとら堕天使らしいんで。地上に堕とされたら終いなンだわ」
「ばはっ! 今それやめろって。つーか散々地上で暴れ回ってたヤツが何言ってンだ」
「あ? 聞こえねーッスわ」
「ダリィ〜……しっかり聞こえてンだろ……」
「反逆者気取るンならとっとと
周囲の芭流覇羅メンバーを煽るように、少しだけドスを効かせて腹から声を出す。 総数で言えば東卍より多い、それでも雑魚を寄せ集めて作ったチームだ。飛び抜けて喧嘩ができるのは私と半間、あとは圭介と一虎くらいか。
ただし、現状では私以外の誰を頭数に入れることもできなくて。自分でこうなるように仕向けたとはいえ、本当に面倒な役回りだった。
さて、これが終われば私が稀咲から与えられた役割も終わる。丁次君の代わりにマイキーに向かって行って、そうして、マイキーを守りに来た稀咲に殴られる──ないし、東京卍會 現参番隊隊長 稀咲鉄太の手柄となる。稀咲との関係を悟られない様に立ち回るべし、なんてオーダーだったか。遠慮なくやらせてもらおうじゃないか。
──まァ、大人しく殴られてやる気なんてさらさらないのだが。
先陣切って廃車を駆け上がり、項垂れるマイキーの頭を狙った渾身の飛び蹴りは──ゴン、と鈍い音を立てて、流石に顔は庇う様に出された稀咲の腕に防がれた。
体重以上の勢いは乗せていない。加えて、その体重の掛け方もイマイチ。そんな蹴りも、純粋なパワーへのステータス振りを早々に諦めた割の威力が出たのではなかろうか。我ながらあっぱれ。
そうして、尻もちをつくことだけはどうにか耐えたらしい様子の稀咲を支点として、遥か後方に
傍から見たら「直前に稀咲に気が付いて体勢を整えようとしたが失敗した」みたいな感じに見えるように動いたのだ。オーダー通りに稀咲と私に関係があるようには見せなかったのだから、そんな顔をされる筋合いはない。
そもそもの話、メインの役割は稀咲が東卍で成り上がる材料になることだ。神に成れとまでは言わないが、自我を持ってしまった天使を堕とすことくらいはやってもらわなくては困る。
──いや、コレで笑ってくれる相手が近くに居ないジョークとか自分が辛いだけか。やめようこの話。
そうして大きく跳んだ先、丁度兄の座る廃車の山──その下方に着地した。稀咲を蹴って跳ぶときの力加減を誤ったのか、想像以上に派手な音が鳴ってしまったし、頭上からは小さくはない悲鳴も聞こえた気もする。おっかしいな、受け身を完璧に取ったのは見えていたはずなのに。
流石に少しは痛む背を片手で押さえ、脚と背中の動作確認をしながらものろのろと立ち上がる。一応の体裁として、既に切りかえて軌道修正を済ませた稀咲に中指を立て、視線のみで一虎の位置を確認し──それから、服の影で携帯を操作しつつ、観客席の後方にあるフェンス近くまで駆け抜けた。
「跳ぶから手伝って」
『は? 何、オマエ大丈夫なの?』
「大丈夫大丈夫。全力で背中踏み抜かれたくなかったら飛ばしてくれ」
尚も小声で『説明……!』と言う電話相手──次兄には、同じく小声で「できたら
タイミングは上々、助走距離も足りている。あとは今し方跳んだときの感覚からして、私のバネだけではどうにもならない部分をどうにかすれば。おそらく──いや、絶対に大丈夫にする。
ギャラリーの背後から廃車の山を駆け上がれば、完全に引いた表情の次兄が見えた。口元を引き攣らせた長兄からは「マジかよ」なんて声も聞こえた気がした。
──諦めてくれ。こちらとしては今までの人生すらを賭けてきた大一番なのだ。つまり、大マジ。
完全にハイな頭のままで、マスクで見えたものではない口角まで上げて。走り幅跳びの要領で踏み切った先、流石に背中を踏まれることは嫌がったのだろう彼らが出した手を、容赦なく踏み付ける。
そうして、跳ねあげられる感覚と共に──大きく、
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