67.スリーピーホロウに背を向けて

「……仲直りしたん?」
「誰」
兄貴・・。場地とは特に喧嘩してたワケじゃねーんだろ」
「あー……」

 廃車場の外に停めてあった単車と壁。それから、隣に腰を下ろした半間で完全に隠れる位置に座り込んで。それぞれに満身創痍なお互いが単車を転がせるようになるまでの一服をしていたら──これだ。私が半間の立場でも気になるだろうし、別に構わないのだが。
 煙と共に「ウン」だか「ウウン」だかの音を吐き出して、少し。今更誤魔化すのもなあと思って、少しだけ半間に乗ることにした。

 第一、圭介とは喧嘩したわけではなく、私が一方的に気まずくなっているだけとは言ってあるのだ。頭が回らなくて主語を求めてしまったが、本来であれば主語がなくても通じていたところで。

灰谷君・・・、気にしてなかったですよね」
「……おー、そう見えたな」
「なら多分、仲直りはしたはずです」
「フーン」

 紫煙を蒸しながらちらりとこちらを一瞥した半間には「元々こっちが意地張ってただけですからね」とだけ言っておいた。そもそも本気で喧嘩をしていたわけでもない。芭流覇羅は抗争に負けた。ならばこの喧嘩・・だって、もうおしまいにして構わない。
 元より、稀咲の計画ではこれから東卍に吸収される予定の、半間が実質トップでもなくなったチームに興味も用もないのだ。ハナから抗争に勝つつもりがあったか、ということは考えないことにする。それはそれこれはこれ、また違った話だ。

「じゃあ戻んの? 六本木」
「……ええ、そのつもりです。抗争中にはうっかり場地・・も蹴り飛ばしてしまいましたし」
「ばはっ♡ 気まずくなる原因増やしてんじゃねえか」
「いやー……あの後普通に動き出してくれて助かりましたよ。罪悪感が桁違い」
「はァ? オマエに罪悪感なんてあったン?」
「まァ……もうずっと押し潰されそうになるくらいには」
「……あーね、だから最近大人しかったのな」

 明らかに含みを持たせてそう言った半間の意図を、回らない頭で考えている最中にも──遠い目をしながら「ま、アレ喰らったのが稀咲だったら死んでたかもな」なんて声を聞く。

 シレッと話題を変えがてら、とんでもないもしもを言う半間に多少の抗議はしたくなったのだが。それはそれ、半間自身もあれだけの勢いが乗った私の蹴りの重さを正しく理解しているのだ。
 流石に半間にもあのままを喰らわせたことはないが、今までのお遊びタイマンでは普通に私の蹴りを受けているから。だからこその感想だろう。

 ぷかぷかと、輪っかの煙を吐くつもりで緩く口を開いて。「マジで一瞬、殺したかと」と零せば、隣からは「できてねえぞ」なんて軽い笑いが飛んで来た。うるさいな、人の失敗がそんなに嬉しいか。

「見りゃ分かりますけど」
「相ッ変わらず可愛くねーな……」
「はは、いつまで中身に可愛さ求めてるんですか」
「だりぃ〜、オレもうツッコまねえからな」
「外側はそりゃあ、言うまでもなくずっと可愛いので。何か年々堕天使っぽさも増してますよね」
「ン゙ェ、ゲホッ」
「……エ? 何で今笑ったン?」

 珍しくも咳き込む背に手を伸ばし、軽くさすりつつ。マジでツボ分かんねえな、みたいなことを考えて。どうも煙を吸い損ねただけではない様子で、息も絶え絶えに「マジで、煙吸ったときにボケんな」とか「顔面のこと外側って言う奴初めて見たワ」なんて吐き捨てる半間に、声を上げて笑った。

「……っし、そろそろ行くか」
「ン。どこ行きます? 今日は奢りますよ」
「やりぃ♡ ンなら……ニンニクマシマシのチャーハンでもどうよ」
「良いですね、米。だったらいつものところで?」
「そーだな」

 この後はいつもの町中華でチャーハンをたらふく食べて。順番を間違えたかな、なんてことを考えつつも、半間を病院に放り込んで。「階段の上の方から落ちた私を庇って下敷きになった」なんて理由の証人として、一通りの診察に付き添った。
 流石に検査室の中には入れないからには、外のベンチでぼんやりと待っていたわけであるが──ガラッと元気に検査室からでてきた半間はしかし、一瞬面食らった様な顔をした。

「……ばはっ♡ 情けねえカオ」
「エッ……や、だって、死神を殺した女とか言われたくないですし……」
「意地張ってンなよなー?」
「うるさ……」

 生憎、自分がどんな顔をしているかは分からない。それでも、あらゆる検査で異常なしを叩き出した結果に、心の底から安堵してしまったこともまた事実だったのだ。

「オレはあのくらいじゃ死なねーって」
「うわ、ちょっと。髪型崩れるンでやめてください」
「黙れよ万年ノーセットがよ」
「……ヘアミストくらいつけてますよ」
「急に女子っぽい感じ出すのやめろ」
「はァ? ……あァ、そういえばグリンカムビだったな」
「ア? 誰が鳥頭だふざけんな」

 ぐしゃぐしゃと頭を搔き撫でられ、ダラダラと軽口を叩き合いながらも、時間をかけて半間の言葉を反芻する。『オレはあのくらいじゃ死なねーって』──実感を伴ったその言葉に、私がどれだけ救われたか、なんて。きっと、察しのいい半間が相手であるとはいえ、その全ても伝わらないのだろう。

「……急にご機嫌じゃん?」
「ふふ、そう見えます?」
「やっぱオマエのツボ分かんねーな……」
「その言葉そっくりそのまま返すからな」

 ──ただ、それでも良かったのだ。


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