一虎に連れて行ってもらった芭流覇羅のアジトで──同じ苗字をフルネームとして名乗る不良が居るという噂だけは知っていたとて──心のどこかでは死んでいるかもしれないとすら思っていた幼馴染が顔を出したとき。
どうしてか──時間が
それでも、今でもずっと忘れられないガキの頃よりも背が伸びていて、昔にオフクロ達から言われていた様な取っ付き難さも、明らかに寝起きの状態で顔を出して以降は器用に誤魔化されていた。そんな姿を見て、ガキの頃に戻ったわけではなかったのかとも思えたのだ。善し悪しは別としても、タッパも中身も明らかに成長していたのだから。
その後は、気まずそうな一虎に「場地さあ、サブローに嫌われる様なことでもしたの?」と聞かれるほどには避けられていた中でも、一応のところは芭流覇羅のチームメンバーとして過ごしていた。
ようやく会えた大事な幼馴染に避けられる痛みも、いちいち蓮との距離が近ェ半間への殺意も、どうにか抑えて過ごしていたのだ。全ては稀咲を殺すために。
東卍も、一虎も、蓮も。オレにしてみれば、全部がそれぞれに譲れねえモンだ。蓮のオフクロさんが死んで蓮も消えた頃の、空っぽになった様な嫌な思いだけは二度としたくなかったから。だから──だから、稀咲を殺して、全部を守ろうとした。
抗争も佳境な頃、鉄パイプを手に、これ以上ないほどの殺意を込めて稀咲を殴り飛ばした。東卍に手を出し、一虎を唆して。挙句、よりにもよって
いや、蓮に関しては──まァ、アイツ本人が嬉々として喧嘩をしている以上、オレが喧しく言うべきではないのだろうけれども。それはそれ、これはこれだ。大事な幼馴染に手を出されて大人しくしていろという方が無理な話だった。何か着地ンときスゲー音したし。
そんな考えの元に、一度蓮が吹っ飛んで行った方に視線を向けて。改めて稀咲へと視線を向ければ、明らかにブチ切れている目でガンを飛ばされていた。
が、まァ、あんな奴から殺意を向けられたところで何とも思わない。どう考えても寝起きで機嫌も最悪なマイキーと蓮の方が怖ェし。何ならオフクロに泣かれる方が怖ェ。
それからは、オレを止めようと立ちはだかってきた千冬に道を開けさせ、諦め悪くも腰に巻き付くタケミチをブン殴って。苛立ちのままにしばらくそうしていれば──何かに、タケミチごと吹っ飛ばされたのだ。
吹っ飛ばされた先で顔を上げると、そこには蓮がオレを背に庇う様に立っていた。オマエさっきブッ飛ばされてただろとか、まさか跳んで戻ってきたのかとか、今の蹴りの威力じゃねえだろとか。何で──何で、オレを一虎から守るように立ってンだ、とか。
走馬灯の様に色々なことが思い浮かぶ中で──唐突に、いつかの記憶が蘇った。何度も夢で見た姿の蓮と笑う、夢では見たことがなかった平和な記憶だ。だからこそ、断片的な悪夢はただの夢ではなかったのだと、そう理解した。
最初は親父から逃げてきて、オレに助けを求めに来たとき。追いかけて来た親父に、オレの目の前で刺されて死んだ。
次は、蓮の伯母さんの協力もあって親父から逃げ切った先の、六本木での抗争で死んだ。
その次は、オレが先回りして抗争を潰した後で、一人で歩いていたとき。オレを盾に脅されて、マワされて死んだ。
その次はオレがソイツらを六本木で殺そうとして、返り討ちに遭いかけたとき。そのタイミングで乱入してきて──今日みたいにオレを庇って、それから死んだ。
最後は、三途まで使って渋谷に足止めして──そうだ、アレが最後だったはずだ。蓮が後悔を抱えて死ななければ、本当に最後だったはずなのだ。
蓮だけはどうしようもなく生きていてほしくて、何があっても生きてほしかったから。だから、最後になるはずだったあのとき──顔を合わせたときに譲ってしまったのだ。
姉弟同然に育った大事な幼馴染を──初めて、自分が死んでも守りたいと思った女を、何度も救えなかった後悔があったから。一応踏みとどまったものの、最後の最期では呪いを込めたメールまで送ろうとしたのに。
おもむろに一虎の耳元に口を寄せた蓮を呆然と見つめた。未だこちらには背を向けたまま、泣いているエマを宥めるときによくやっていた仕草で、そっと一虎の手を握る。視線を移せば──その手には剥き身のナイフがあって。
「……クソ、そういうことかよ」
千冬がアワアワとオレを心配する声を聞きながら、眉を顰めて下を向いた。まただ。またオレは──ずっと守りたいと思っていた奴に、手段は荒くとも守られてしまったらしい。
それまでの記憶からして、蓮なら、何があってもオレを庇おうとすることは分かっていたはずなのに。もっと早く思い出せていれば──いや、思い出していなくとも、蓮が自分を省みずオレを優先することは、知っていたはずなのだ。
また守られてしまった後悔と、一虎がオレを刺さなかったことで、これ以上苦しまなくて済みそうなことへの安堵と。その一虎すらも稀咲から守れていなかった不甲斐なさでしばらく顔を上げられずにいれば──やけに軽快な足音が聞こえてきて、顔を上げた。
あれだけ跳び回っていたくせの身軽さで、最近のスカした口調は綺麗さっぱり消えて。いつの間に持っていたのかも分からない東卍の旗を、正しく『誇り』だと呼んだ蓮は、ソレを千冬に
今まで避けられていたことは何だったのかとも思う程にあっさりと差し出された手を見て、正直、ほんの少しだけ躊躇してしまった。オレがこの手を取れば、蓮はまた死んでしまうのではないかと、そう思ったからだ。
それでも結局、もう一人しか呼ばない名前で呼ばれてしまったから、まァ良いかと手を取ったのだ。ここまで背が伸びた蓮と肩を並べることは初めてだったし、コレは蓮がやりたくてやっていることだし。何かあれば、今度こそ掬いあげればいい。
そうして掴んだ手は、オレより少しだけ小さくて──冷たい、革の感触がした。
抗争の後半ではアレだけ普通に言葉を交わしたにも関わらず、抗争が終わってからはオレの方を見ることもなく。キッチリ血も繋がっているらしい兄貴達と少し喋ってから、相変わらず距離の近い半間を背負って撤収して行った。
マイキーにブッ飛ばされたときは流石に血の気が引いたが、ドラケンと半間に庇われていて心の底から安堵したのだ。蓮は死ななかったし、今の蓮にはいつかの様に、良いダチも居るのだと思えたから。
半間がヤベー奴であることはさておいても、芭流覇羅のアジトで半間が言っていた様に、半間と蓮は親友で間違いないのだろう。それで言うなら、蓮だって大概ヤバい部類に入るのだから。
ただ──まァ、その関係性には思うところもある。また助けられなくて、また助けられてしまったオレが何を言ったところで、という感じではあるが。
「場地さん、やっぱあの人と知り合いなんスか」
そんな、間違いなく
声のした方に視線を向けると難しい顔をした千冬と、そんな千冬に困惑しているタケミチが居て。確かに、千冬がアイツの噂を知っていればそんな顔にもなるかと一人納得したのだ。
少しの間慣れない頭を回して。頭の回る蓮だったら即答もできんのかな、なんて現実逃避をした。何せ、どう説明すれば良いのかが分からないのだ。
タイムリープの記憶は、既に能力を蓮に譲った以上あまり言うべきではないことは分かる。保育器から姉弟同然に育ったとて、そもそも姉弟ではない。仮に色々思い出していなくとも、ただの友達だとは言いたくない。
ぐるぐるとそう考えてから発した「幼馴染」なんて声は──情けなくも少しだけ震えていた気がした。
オレの言葉を聞いて、千冬はこれでもかという程に目を見張る。反対に、少しだけ目を伏せたタケミチは──このことを知っていたのだろう。
蓮が話したのかとは思えど、千冬も居るこの場で詳しく問い詰めるわけにはいかなくて。心の内に溜まるモヤモヤとしたドス黒い感情も、ひとまずは無視することにしたのだ。
「"堕天使"って言えば、あの……物騒な噂
「アー……まァ、」
堕天使といえば『小学生の身で灰谷兄弟不在の六本木を制した』なんて話が一番有名だった。が、しかし。あくまでも噂の域に留まっているものとしては、もっと他にもあるのだ。
問題は六本木を制したその後だ。曰く、勧誘に来たチーム全員の肩を外した挙句、その全員を殺しかけたと。相手は歳上の中学生、しかも複数人相手で
最悪なことに、そんな噂もひとつやふたつではなく。似たようなものがいくつもある。
当時に見ていたらしい
──が、まァ。芭流覇羅で蓮と再会して以降、その噂の持ち主がやはり、他でもない蓮本人だと理解して。蓮ならやるよな、と思えてしまったこともまた事実なのだ。
昔からマイキーとタメを張れるくらいには強ェし、細かい根回し──ひいては、喧嘩相手の懐柔すらできてしまう頭もある。ついでに言えば、苦いタイムリープの記憶を思い出したことで、それはより確実になった。
元々、容赦のない手を使う奴だったのだ。金的上等、捨て身上等、根回し上等。加えて、喧嘩仲間と相手の研究も怠らない。負けず嫌いも相まって、平気でエグい作戦も練る。喧嘩に熱中するとトぶことだってあった。
だいたい途中で蓮本人の集中が切れて完遂はされなかったものの、ガキの頭ながら「諦めの早さをカバーする
まァ、オレがタイムリープを繰り返していたときのことを思い返してみても、六本木で普通に抗争をしていたわけであるし。しかも兄貴も連れずに、基本は一人で。
だから死んだのだ、なんてどうしようもない恨み言はもう考えないことにした。あのときのことはオレ以外に誰も知らないのだから。
──それでも。その噂を持ち出した千冬に、それが蓮だと分かった上ですぐに否定できなかったことにも理由はある。何せオレは、今の蓮をほとんど知らなかったのだ。
これまでは基本的に一匹狼だった奴が、どんな理由があって、今、半間とつるむようになったのかも
ずっとチームに入っていなかった情報屋が、どんな理由があって、芭流覇羅に入ったのかも知らない。
オフクロさんが殺されたあの日以降の蓮が、どこで、どう生きていたのかも知らない。
傍目から見ても仲の良かったオフクロさんを亡くした、寂しがりなアイツが──ひとりで何を考えていたのかも
「場地さん、手……」
「…………悪ィ千冬、今日はもう帰るワ」
情けなくも眉を下げ、血が滲む程に強く拳を握り締めていたのは──完全に無意識での行動だった。
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